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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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台湾の旅―この国をもっと知るために(3)西江智彦 (転載)

台湾の旅―この国をもっと知るために(3)
台北市編その2
(文/西江智彦)

Tiong-cheng
中正

台湾の首都機能が集まる中正区

首都・台北(Tai-pak/タイパク)市の中でも、政府関係の首都機能が集まる中心に位置するのが中正(Tiong-cheng/テョンチェン)区。中華民国亡命政府を台湾に持ち込み、死ぬまで大統領(総統/chong-thong/ツォントン)の地位を放さなかった独裁者・「中正」こと蒋介石(Jiang Jie-shih/チャン・チエスー、台湾語ではChiuN Kai-sek/チウカイシェク)の名がいまも区名として使われている。

桃園(Tho-hng/トーフン)県の中正国際空港から国光(kok-kong/コッ
コン)客運バスで台北市内に向かうと、その終点が台北駅。台湾を訪れる観光客なら、一度は訪れる場所だ。

台鉄・台北駅は1980年に地下化された。宮殿のような駅舎の中は吹き抜けになっていて、開放的な空間だ。ホームは地下2階で、南側2面が新幹線(高鉄)、北側2面が在来線の台鉄が使用している。地下鉄は台北車站(Tai-pak-chhia-cham/タイパクチアツァム)という駅名で、地下3階に板南線ホームがあり、地下4階には南北に淡水線のホームがある。忠孝西路(Tiong-hau-se-lou/テョンハウセーロオ)と市民大道(Chhi-bin-toa-to/チービントアトー)にはそれぞれ台北地下街があり、淡水線沿いにも台北車站駅から雙連(Siang-lian/シャンレン)駅まで中山地下街が続いている。

台北駅の西側は芝生の公園になっているが、将来は桃園県中[土歴]から
中正空港鉄道が乗り入れる計画がある。重慶北路(Tiong-kheng-pak-lou/テョンキェンパクロオ)周辺に高速バスのターミナルがあり、基隆(Ke-lang/ケーラン)、中正空港(Tiong-cheng-ki-tiuN/テョンチェンキー
ティウ)、桃園(Tho-hng/トーフン)、新竹(Sin-tek/シンティェク)、台中(Tai-tiong/タイテョン)、嘉義(Ka-gi/カーギー)、台南(Tai-lam/タイラム)、高雄(Ko-hiong/コーヒョン)方面へ長距離高速バスが発着している。

台北駅南側の日本時代の表町だったところには、いま台北で二番目に高い新光三越摩天楼ビルがある。下のフロアには新光三越百貨店もあり、いつも人でにぎわっている。ここから二二八公園までのエリアは予備校街で、学生がいつもたくさん集まるので、マクドナルドや吉野家などのファーストフード店もある。新光三越ビルの隣のビルにはK-Mallというパソコン関係のお店が集まるデパートがある。このビルの地下には2005年に台湾故事館(Tai-oan kou-su-koan/タイワン コオスウコワン)という40~50年前の懐かしの台湾の町並みを再現したテーマ館があり、中には台湾料理のレストランや、台北市の歴史資料を展示するコーナーなどもある。

台北駅南の忠孝西路、中山南路(Tiong-san-lam-lou/テョンサンラムロオ)、愛国西路(Ai-kok-se-lou/アイコクセーロオ)、中華路(Tiong-hoa-lou/テョンホアロオ)に囲まれたところがかつての台北の城内(SiaN-lai/シヤライ)で、清の時代まで城壁や城門があった。日本時代は、後藤新平による都市計画で、城壁が取り払われ、いまの中山南路や愛国西路に三線道路と呼ばれる緑豊かな広い道が造られた。城門については、西門(Se-mng/セームン)は取り壊されたが、北門(Pak-mng/パクムン)、東門(Tang-mng/タンムン)、南門(Lam-mng/ラムムン)などが残っている。

城内は日本時代には、明石町、表町、本町、京町、大和町、栄町、文武町、書院町、乃木町など日本風の地名が付けられ、文武町に台湾総督府が置かれた。台湾総督府は、戦後は中華民国総統府(Chong-thong-hu/ツォントンフウ)となり、総統府前の道路は蒋介石総統の長寿を祝う介寿路(Kai-siu-lou/カイシウロオ)と名づけられた。民主化後、民進党(Bin-chin-tong/ビンチントン)の陳水扁(Tan Chui-piN/タン・ツイピイ)市長が誕生すると、介寿路は台北に住む先住民のケタガラン族からとったケタガラン(凱達格蘭/Ketagalan)大道に改められた。総統府の建物は日本時代の1919年に建てられたものがいまも現役で使われている。総統府前の広場には、国民党時代は「統一中国」というスローガンが大きく置かれていたが、民進党に政権交代してから撤去された。ケタガラン大道と中山南路が交わる東門には、総統府と向かい合うように中国国民党(Tiong-kok-kok-bin-tong/テョンコクコクビントン)の本部があったが、移転することになった。

台大醫院(Tai-tai-i-iN/タイタイイーイイ)駅の西側にある二二八和平公園(Ji-ji-pat Ho-peng-kong-hng/ジージーパッ ホーピェンコンフン)も、陳水扁市長時代に台北新公園から改名されたもの。1947年のヤミタバコ摘発事件をきっかけに抗議した台湾人民が当局から機関銃掃射を受け、台湾人民が中華民国政府に対して抵抗を呼びかけ全土に広がった二二八事件(Ji-ji-pat su-kiaN/ジージーパッスウキヤ)のとき、台湾人が抵抗を呼びかけたラジオ局が二二八紀念館(Ji-ji-pat ki-liam-koan/ジージーパッ キーリャムコワン)になっていて、当時の時代背景や、二二八事件の実態、二二八事件後の国民党政権による白色テロと民主化運動などが展示されている。公園の中央には二二八紀念碑が作られ、毎年2月28日にはここで追悼式典が開かれる。

二二八公園内にある国立台湾博物館(Tai-oan phok-but-koan/タイワン ポクブッコワン)も、日本時代に建てられた重厚な建築。博物館の近くに、中山区の林森北路にあった乃木希典総督の母と明石元二郎総督の墓地跡から移設された鳥居があるが、説明板はない。

かつての明石町にあった台北帝大病院の建物はいまも台大医院の建物として現役で使われている。中山南路の東側にある立法院(Lip-hoat-iN/リプホワッイイ)、監察院(Kam-chhat-iN/カムツァッイイ)、中山南路と忠孝東路(Tiong-hau-tang-lou/テョンハウタンロオ)の角にある行政院(Heng-cheng-iN/ヒェンチェンイイ)はいずれも日本時代に建てられた官庁建築がそのまま使用されている。行政院は二二八事件のとき、台湾民衆に向かって機関銃が発砲された場所として知られている。

日本時代に本町だった重慶南路(Tiong-kheng-lam-lou/テョンキェン
ラムロオ)一段のあたりは、本屋と金融企業が多い通りとなっている。西門(Se-mng/セームン)駅の北、中華路(Tiong-hoa-lou/テョンホアロオ)の東側の日本時代に大和町と呼ばれたエリアには、日本時代に公会堂だった建物があり、いまも中山堂という名で使われている。日本時代に憲兵隊があった乃木町は、西門駅の南、中華路一段の東側で、英雄館、国軍文芸活動中心、国軍歴史文物館などいまも軍関係の施設が多い。

小南門(Sio-lam-mng/ショーラムムン)駅の南には植物園(Sit-but-hng/シッブッフン)や歴史博物館(Lek-su phok-but-koan/リェクスウ ポクブッコワン)などがある。植物園内には、日本時代に建功神社があったが、いまその遺構を見つけるのは難しい。

中正紀念堂(Tiong-cheng ki-liam-tng/テョンチェンキーリャムトゥン)は日本時代に旭町と呼ばれ、練兵場があったところ。蒋介石総統の功績を称えるために当時の国民党政府が建設し、1980年に完成した。国民党の青天白日旗をイメージした白い壁と青い屋根の建築で、中に蒋介石総統の大きな像があり、開館時間は常に憲兵が見張っている。その交代時の緊張感あるパフォーマンスが観光客の注目を集めている。中正紀念堂の1階は、中国大陸にあった時代の国民党軍の活躍の様子が展示されている。展示内容は独裁者・蒋介石を称えるものなので、二二八紀念館と合わせて見学すると、立場の違いがわかって客観的に台湾の置かれている状況が理解できるであろう。中正紀念堂前広場では、民主化されたいまでは、台湾独立建国を求める政党の集会やデモも行なわれるようになっている。

中正紀念堂はこのほか国家音楽庁や国家戯劇院などの文化ホールが併設され、広大な敷地の中正紀念堂広場はさまざまなイベントに使用され、民主化後は台湾独立派の集会にも使われている。また、中正紀念堂の向かいには国家図書館があり、中華民国に関する豊富な書籍が並べられている。

台電大楼(Tai-tian-toa-lau/タイテントアラウ)駅西側の汀州路(Theng-chiu-lou/テェンチウロオ)には三軍総医院や児童交通博物館があり、その北側のマンションには華人系のインドネシア留学生が多くみ、インドネシアの食品を売るお店もある。公館(Kong-koan/コンコワン)駅は台湾大学(Tai-oan-tai-hak/タイワンタイハク)の最寄り駅で、駅の西側は学生や若者向けの喫茶店や四川料理レストランなどが集まり、公館夜市や水源市場、浄水場、自來水(水道)博物館などがある。

                

『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html『台湾の声』バックナンバー http://taj.taiwan.ne.jp/koe/『日本之声』http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe

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