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日本時代の記念碑撤去で国民党が狙うもの 台湾研究フォーラム会長 永山英樹 (転載)

日本時代の記念碑撤去で国民党が狙うもの


                台湾研究フォーラム会長 永山英樹

台北市北部の丘陵、芝山巌が、日本時代に台湾教育の聖地とされていたことは、日本人であれ台湾人であれ、当時を知る者なら誰もが憶えている。

日本の台湾領有以前、山岳の原住民地域を除けば、島内には清国の政令が及ぶ地域と及ばない地域があり、後者は匪賊に支配され、治安は確立されていなかった。明治28年の日本領台当時、台北城外の芝山巌の一帯はまさにそのような地域であり、現地の匪賊は日本軍の討伐対象となっていた。そうした中、総督府学務部は敢えてこの危険な地を選び、住民感化のために島内初の学校を建て、教育普及の理想に燃える7名の学務部員が赴任した。だがその内6名は翌年元日、匪賊集団の襲撃を受け、抵抗むなしく惨殺された。彼らは後に「六氏先生」と讃えられ、そして戦後日本人には想像も及ばないことだが、その台湾の教育に賭ける犠牲精神は芝山巌精神と呼ばれ、総督府が多大な力を注いだ近代的国民教育政策の上での最高の指針とされたのである。

かくしてこの地は聖地となり、島内で殉職した教育関係者を祀る芝山巌神社が創建された。境内には6名を合葬する墓石が一基あり、また社殿の前には6名の記念のため伊藤博文が「学務官僚遭難之碑」と揮毫した高さ数メートルもの碑が建っていた。

もちろん日本人の聖地であるがゆえに、神社は終戦後、国府の日本色一掃政策の中で破壊され、それに代わって本殿跡には国府の特務の親玉である戴笠の顕彰碑が建てられた。そして「遭難之碑」は横倒しにされてベンチと化した。だが民主化時代に入ると、心ある台湾人たちの手によって朽ち果てた墓石は再建され、そして史跡保存の目的から、陳水扁市長当時の台北市によって「遭難之碑」も建て直され、今日に至っている。

ところが先月来、再び国府の思想統制時代に逆戻りするかのような政治的動きが、この芝山巌を巡って見られるのである。つまり国民党主導の台北市が、「遭難之碑」を撤去する方針を固めたと言うのだ。

これについて同市の文化局長は、「明らかに殖民政府による台湾の義民抑圧の記念碑だ。これが建っていることは殖民政府が歪曲した誤った歴史観に同意することになる」と説明している。つまり日本人が匪賊と見做して討伐した台湾人は、実際には「義民」「抗日英雄」であり、英雄を弾圧、殺害した日本人を許してはならないと言う訳である。「遭難之碑」は撤去後、日本の殖民地支配の証拠文物として他所で展示するのだと言う。

まさにこれは、現在国民党が推進する、日本時代の「抗日英雄」の顕彰キャンペーンに沿ったものである。その狙いは、台湾人の「英雄」を讃えることで、国民党は中国統一を目標に掲げながらも、台湾もまた愛していると言うことを有権者に宣伝するとともに、その一方で台湾人もまた、「大陸同胞」とともに抗日に立ち上がった中華民族であると強調することにある。要するにこれは歴史問題、学術問題と言うよりも、明らかに政治の問題なのである。中国人にとって「歴史」は、すべて「政治」の道具にしか過ぎない。だから政治に奉仕させるためなら、歴史を歪曲、隠蔽することなど、中国人にとっては常識中の常識なのだ。

同局長はさらに、「大勢の台湾人は近代化建設のレールを敷き、新式教育を施行したとして日本時代を懐かしがっているが、日本はただ台湾人を奴隷化しようとしただけだ」と、いかにも中国人的な歴史観を語るとともに、市が史跡指定を予定する白色テロの総元締めで独裁支配者だった蒋経国の住居「七海官邸」については、「蒋経国先生は偉人であるばかりか、台湾の近代化、民主化を推進した。一刻も早く史跡にするべきだ」との見解を示している。七海官邸の史跡指定は国民党主席でもある馬英九市長の指示とされるが、何もかもが政治優先の国民党史観に則っている。

もちろん台湾人の学者の間からは、歴史の政治問題化に反対し、「遭難之碑」の現地保存を求める声が上がって論議を呼んでいるものの、すでに市政、そして国政において勢力を挽回している国民党の中国人が、今さら台湾人の言論などに耳を傾けるだろうか。中国人たちはこれからは、やりたいことをやるだけだ。

今回の「遭難之碑」撤去の動きは、先日の高砂義勇隊記念碑の撤去騒動に次ぐ、国民党による日本色一掃政策の一環である。そしてその目的は、台湾人の感情を親日から反日、抗日へと変えることで中国人意識を再扶植し、自分たちの順民にすることである。これは国府時代以来変らない、中国人の伝統的な台湾政策だ。

台湾の民主化とは文字通り、台湾の民が国の主になることを意味している。だからこそ民主化時代に至り、「六氏先生」をはじめとする日本時代の歴史に対する冷静で客観的な再検証、再評価が行われ出したのだろう。よってそれを公権力で許そうとしない国民党のやり方は、同党がいかに反民主的な政治集団であるかを象徴的に物語っていると言える。

台湾人は今回の一件を、決して単なる記念碑の問題などと考えてはならないのである。(18.4.20)



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