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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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【読者反響】もっと歴史を知りたい

【読者反響】もっと歴史を知りたい

「殺人魔を聖人にした日本の蒋介石神話」について

             読者 

戦後教育で、蒋介石なる人物は心の広い中国人と先生から教えられ

日本を救った恩人と信じていた。

いままで悪魔を信じていた俺が馬鹿だった!。

どないしてくれるんや!

日本人も外国人も本物を見分ける力をつけよう!

世界の平和はこの力から生まれる!

もうすぐ俺は65歳になる。もっと歴史を知りたい

**********************************

【嘆】殺人魔を聖人にした日本の蒋介石神話

日本李登輝友の会メルマガ日台共栄より転載

1>> 台湾の国史館館長らが2・28事件の「元凶は蒋介石」とする報告書を公表
2>> 蒋介石神話の創造-蒋介石の聖人伝説ほど矛盾に満ちた話はない【宗像隆幸】


1>> 台湾の国史館館長らが2・28事件の「元凶は蒋介石」とする報告書を公表
   タブーだった蒋介石責任論を陳水扁総統も支持

 昨2月28日は台湾の228事件記念日だった。この事件のことは、日本でも中学校の歴史教科書である扶桑社の『新しい歴史教科書』に登場したことがあるが、昭和11年(1936年)2月26日に陸軍の青年将校らがクーデターを起こした「2・26事件」があるので、混同している向きも少なくないようだ。

 これは、1947年(昭和22年)2月27日夜、台北市内の闇たばこ取り締まりをめぐる市民殺傷事件を発端に起こった、国民党による台湾人虐殺事件のことである。日本の2・26事件と区別するために「2・28台湾人虐殺事件」とでも命名したいところだ。

 それはともかく、これまで台湾ではこの事件の首謀者は誰かを口にすることはタブーだった。まだまだ戒厳令下で特務機関が目を光らせていた時代の記憶が色濃く残っているのである。

 最近、『漫画 台湾二二八事件』と『台湾二二八の真実』の著者である阮美[女朱]さんを招いた講演会で阮さんと黄文雄先生がトークショーを行ったが、そこで黄文雄先生にして「今でも恐怖感がある」と吐露されたことに驚かされた。日本人にはわからない恐怖感である。しかし、台湾の人々にとっては、228事件やその後に続く白色テロ時代の記憶は未だに生々しいようである。

 だから、この事件の責任者が誰なのかを口にすることは憚られてきた。タブーとなっていた。知ってはいても公言することはできなかった。公言すれば、暗殺されるかもしれないという恐怖感があったためであるという。

 事件から59年目の今年、台湾総統府の歴史研究機関「国史館」の張炎憲館長らが、「事件の元凶は蒋介石」とする報告書を公表し、陳水扁総統も支持した。

 台湾人はなぜ228事件の元凶が蒋介石だと判っているのに、その責任を追及しないのかという疑問の声を聞く。怠惰であるということさえ言う日本人がいる。しかし、台湾の戦後史をよくよく知れば、日本人にはその恐怖感はよくわからないかもしれないものの、一知半解の台湾理解からは抜け出せるだろう。

 台湾の戒厳令は1987年(昭和62年)7月15日にようやく解除された。まだそれから18年しか経っていないのである。米軍の占領から50年以上も経つのに、未だにウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの桎梏から抜け出せない日本なのである。同じ苦悩を有する台湾がようやく歩みだそうとしていることを、しっかりと目に焼き付けて欲しいものである。

 その点で、未だに蒋介石が日本を救ってくれたという「蒋介石神話」を信じている日本人がいるが、これこそ目覚めて欲しいものだ。

 ここに、本会理事でアジア安保フォーラム幹事の宗像隆幸氏が2002年に発表した「蒋介石神話の創造」を掲載し、その資としたい。
                  
(メールマガジン「日台共栄」編集長 柚原正敬)
--------------------------------------------------------------------
2・28事件「元凶は蒋介石」、台湾総統府機関が報告書
【2006年2月28日付 読売新聞】

 【台北=石井利尚】国民党軍が1947年に台湾住民を武力弾圧した2・28事件について、台湾総統府の歴史研究機関「国史館」の張炎憲館長(58)ら民進党に近い学者グループが、「事件の元凶は蒋介石」とする報告書を公表した。

 事件当時、蒋介石は国民党総裁として南京にいたが、報告書は!)台湾情勢を把握していた!)援軍を台湾に派遣した-などとした。

 国民党政権下で「蒋介石責任論」はタブーとされてきており、陳水扁総統は「人々が心の中で感じていた真相が表に出た」と述べた。これに対し、国民党は、「政治的な動きだ」「台湾内の対立をあおるもの」などと強く反発している。
--------------------------------------------------------------------
『蒋介石氏元凶説』陳総統が支持-1947年の台湾人虐殺事件
【2006年2月20日付 東京新聞】

 【台北=佐々木理臣】台湾の陳水扁総統は十九日、台北市内で演説し一九四七年の国民党政権による台湾人虐殺事件「二・二八事件」に関し、当時の国民党最高権力者、蒋介石氏が事件の責任者であるとする研究報告を支持する姿勢を示した。
 
「蒋介石元凶説」を、総統が支持したのは初めて。同事件五十九周年を前に、政府系外郭団体が十九日の集会で「蒋介石こそ事件の元凶。最大の責任がある」との報告書を発表。従来、責任を負わされていた陳儀・行政長官らより責任が重いとしたことに、集会に参加していた陳総統は「責任の所在を明確にすることが民主を成熟させる道だ。歴史を歪曲(わいきょく)することはできない」と述べた。

 台湾政府は九五年に当時の李登輝総統が事件について公式に謝罪。被害者や遺族への補償も始まった。だが真相は解明されておらず、与党・民進党を支持母体とする陳総統は「蒋介石元凶説」への支持を打ち出すことで、蒋氏と関係深い野党の国民党をけん制したものとみられる。

◆メモ <2・28事件>

 1947年2月27日夜、台北市内の闇たばこ取り締まりをめぐる市民殺傷事件を発端に、中国からの外来政権、国民党が全島的な武力弾圧を開始。戒厳令が敷かれ数万人の犠牲者が出たとされる事件。戦後、大陸から来た中国人に対する台湾出身者の根強い不信感の原因になっている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2>> 蒋介石神話の創造-蒋介石の聖人伝説ほど矛盾に満ちた話
はない【宗像隆幸】
 
  あれほど同胞の中国人や台湾人を殺戮した蒋介石が、日本に対するときだけは、まるで夜叉が菩薩に変じたように、慈悲深い態度をとったというのは信じられる話ではなかろう。

台湾独立建国聯盟ホームページより転載
http://www.wufi.org.tw/jpninitl.htm--------------------------------------------------------------------

蒋介石神話の創造
(2002年9月21日)
           アジア安保フォーラム幹事・本会理事 宗像隆幸

 一九四五年八月十四日、日本は御前会議でポツダム宣言の受諾を決定し、ただちに連合国に通告した。世界大戦が終わったのである。

 日本軍の包囲下にあった重慶も、勝利の喜びでわきかえった。国民党の宣伝機関はさっそく、軍事的天才・蒋介石総統の「日本とアメリカを戦わせる戦略が功を奏したのだ」と、蒋を持ち上げた。

 しかし、蒋介石としては、喜んでばかりはおれなかった。中国にいた日本軍の将校たちの間では、「降伏反対、断固戦い抜く」という声が圧倒的だったからである。太平洋で米軍と戦った部隊と違い、中国軍と戦って勝ち続けてきた彼らには、敗戦の実感がなかったのだ。

「百万の精鋭健在のまま敗戦の重慶軍に無条件降伏するがごときは、いかなる場合にも、絶対に承服しえざるところなり」と、岡村寧次支那派遣軍総司令官は述べた。まさか支那派遣軍だけで戦争をつづけるつもりではなかったであろうが、激昂している部下をなだめるために、岡村大将はそう言わざるをえなかったのであろう。

 八月八日、日本に宣戦したソ連は、怒涛の勢いで満州になだれこんでいた。早く日本軍に重慶の包囲を解かさなければ、中国共産党軍がソ連の助けを借りて支配領域を拡大するのを、指をくわえて見ていなければならないことになる。

 蒋介石は、八月十五日重慶放送を通じて日本軍に降伏を呼びかけた。このとき彼の吐いた名セリフが、「徳を以て怨に報いる」というもので、後に「以徳報怨」演説として広く知られることになる。

 まさかこの演説が、日本人の間で蒋介石の「聖人伝説」をつくり出すことになろうとは、本人さえ夢にも思わなかったことであろう。一刻も早く日本軍が降伏して武器を引き渡し、中国から引き上げて欲しい、という一念から出たセリフだったに違いない。また、蒋介石の演説で日本軍がおとなしく降伏したわけでもない。

 同じ八月十五日、天皇の詔勅が放送された。それまで数多く出されてきた天皇の名による命令と違い、天皇自らが放送で日本人に降伏を命じたのである。天皇の軍隊が、この命令に背けるはずがない。全日本軍はただちに降伏を受け入れたのである。

 しかし、蒋介石神話の方は一人歩きした。ソ連が降伏した日本人六十万人を抑留して使役し、七万人も死なせたからである。「残酷なスターリンと寛大な蒋介石」という対比が、日本人の間で蒋介石の聖人伝説を生み出したのだ。

 それに気をよくした国民党の宣伝機関は、さらに三つの蒋介石神話を作り出そうとした。

 一つは、天皇が戦犯となるところを、蒋介石が救ったという神話である。ちょっと調べれば、それが嘘であることはすぐにわかることだ。蒋介石の軍令部が作成した戦犯リストのトップに、「日皇 裕仁」と書かれている。蒋介石大元師の許可なしに、軍令部がこの戦犯リストをつくれるわけがない。

 天皇の名の上には、「暫刪」(当分削除)と書かれている。米国の要求で蒋介石は天皇の戦犯要求を保留したのである。米国は戦争中に、戦後の日本統治に天皇を利用する方針を決定していた。だからトルーマン大統領は、「天皇を含む日本の政治機構を利用して間接統治せよ」と、マッカーサー元師に命じたのである。

 もう一つは、蒋介石がソ連による日本の分割占領を阻止したという神話である。

 一九四五年八月十六日、スターリンはトルーマンに電報を送り、ソ連軍が北海道の北半分と千島列島を占領するという意思を伝えた。二日後、トルーマンはスターリンに次のように回答した。「ソ連が全千島列島を占領することには同意する。しかし、北海道と本州、四国、九州はマッカーサー元師が占領する」。スターリンは北海道占領のための部隊を乗せた艦隊をすでに発進させていたが、やむなく艦隊に引き返すように命じたのだ。蒋介石が介入する余地などまったくなかったのである。

 スターリンは降伏した日本人を帰国させる予定でいたが、北海道北半の占領を拒否された腹いせに、日本人を抑留したのだと言われている。だとすれば、日本人六十万人の抑留と七万人の死という大きな犠牲を払って、日本は分割占領を免れたことになる。

 さらにもう一つは、蒋介石は日本に対する賠償請求権を放棄したという神話である。

 これも、蒋介石は賠償要求を出そうとしたが、強欲すぎる、とアメリカが拒否したというのが真相のようだ。

 蒋介石は満州をはじめとする大陸の膨大な日本資産と台湾を接収した。日本がインフラや重工業を建設したために、東北(旧満州)は中国で最大の重工業地帯となったのであり、台湾は文字どおり宝島であった。
 しかも、蒋政権幹部は接収した日本資産のかなりの部分を私腹したのである。

 日華平和条約(一九五二年締結)では、日本人が台湾に残してきた財産と台湾人の日本に対する請求権の問題は、特別取極で解決することになっていた。そのために日本政府は、蒋政権に対して、特別取極の交渉を三度申し入れたが、蒋政権は反応を見せず放置した。

 日本が賠償を支払うことになれば、日本の残置財産のリストをつくり、その評価額を定めて、賠償金に算入しなければならない。そうなると。蒋政権幹部が私腹した日本資産が暴露されることになる。だから蒋政権は、日本の交渉要求に応じられなかったのである。そしてもっぱら「日本への賠償要求を放棄した」と宣伝したのだ。

 だいたい、蒋介石の聖人伝説ほど矛盾に満ちた話はない。あれほど同胞の中国人や台湾人を殺戮した蒋介石が、日本に対するときだけは、まるで夜叉が菩薩に変じたように、慈悲深い態度をとったというのは信じられる話ではなかろう


『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html

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