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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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【論説】ラファイエット事件(7) アンディ チャン

【論説】ラファイエット事件(7)


       アンディ チャン

           7.ThomsonとMATRAの闘争

これまで「喝采作戦」(Operation Cheer)と書いたのは中国語からの訳語で、フランスのコードネ-ムはブラボー(Operation Bravo)でした。それで以後は【ブラボー】と変更します。なお、
以前の記事は単行本にする際に変更します。國際記事を書くときは訳語から別の言語へ翻訳する際に間違いが起る。ラファイエット事件の資料は主に台湾からだが、フランスで起きた事件を調べる時はフランス語、英語の記事を探す必要があり、日本語で記事を書けばもう一回の訳語が必要で間違いが起きる。

ラファイエット事件は台湾で起きた事件だが、フランス側も追及しなければ國際スキャンダルの実態は見えないので、フランス国内で起った事件や、スイス法廷の仲裁裁判なども書くことにした。

●台湾の支払いが始まった

【ブラボー】がサインされたのは91年8月31日、その一ヵ月後の91年9月26日に台湾側は中国國際銀行(ICBC)を通じて第一回の支払い、7億5千萬ドルをIndo Suez銀行のトムソン社帳簿に払い込んだ。支払いは米ドルもあり、フランで支払った時もあるが、全部で79回、細かく258回に分けて送金された。台湾の送金を受け取ったあと、トムソンは約束どおり仲介人の帳簿にリベートを払い込んだ。この作業は最後の一回、1999年7月6日まで続いた。

●トムソンがエルフのリベート要求を拒絶

【ブラボー】の契約がサインされた一ヵ月後にエルフ社のシルバンはトムソンに対し、約定どおりFrontier社を通じて顧問料を支払うことを要請した。シルバンの役目はエドモン・クァンを通して中国と話をつける、ジョンクール夫人を通してデュマに話をつけることだった。当時のパリではすでにジョンクール夫人とデュマの噂が立ち、シルバンの金使いも噂となった。これに反し中国側の進行についてトムソン社はエドモン・クァンからの報告は一度もなかった。

この事実に基づいてトムソン社のアラン・ゴメスはラファイエットの總責任者ブリヨンと相談した結果、エルフのシルバンは【ブラボー】の契約について何ら貢献がなかったと認定して支払いを拒絶した。さらにゴメス総裁は二週間後に總責任者のブリョンを解雇した。

●シルバンがトムソンを告訴

シルバンはトムソンから1億6千万フランのリベート支払いを拒絶されたので、数回の交渉のあと、ジュネーブの商業仲裁法廷に提訴し、トムソン側はシルバンがこの契約で貢献がなかったとしてシルバン、ジョンクール及びエドモン・クヮンを商業詐欺で告訴した。

この告訴がなければ【ブラボー】契約にリベートが明記されていた事は明るみに出なかったかもしれない。トムソンが支払いを拒絶したのは自殺行為に等しかったわけである。

しかしジョンクール夫人はシルバンの方から6千万フランを約束されていたものの、法廷証言に出ればデュマとの関係が明らかになるので証言を避けたい。そこでシルバンと相談した結果、ジョンクールの名前を伏せてギルバート・ミアラ(Gilbert
Miara)を連絡人として立てることにした。ミアラはもとAVビデオなどを製作していた男で、その関係で女性下着のモデルだったジョンクールと知り合ったのである。

●シルバンの勝訴

1993年7月にジュネーブで開かれた仲裁法廷で、エドモン・クヮンとミアラ、シルバンなどが証言台に上った。彼らの証言は一貫してトムソン社の【ブラボー】計画が中国の介入でストップされ、エルフ社のシルバンは「好意からトムソンの契約を手伝う」ことで契約を結び、中国側との折衝にエドモン・クァンが尽力したと述べた。一説には(Tierryの本)エドモン・クヮンが実際に折衝したのは当時シャンハイ市長をしていた朱熔基と言う。

フランス国内の折衝について、シルバンはデュマと関係が良好で少なくとも毎月一回は会見していたと証言した。デュマの名前を出して法廷に圧力を加え、一方ではデュマも奇麗事ではすまされないと言う警告の意味もあった(デュマは法廷証言をしなかった)。

トムソン側の主張は、(1)エドモン・クヮンは仲介の貢献がなかった、(2)この契約はリベート契約で、フランス法律ではリベートを禁止しているから契約は無効であるというのだった。

結果はトムソンの敗訴となって、その後トムソンはスイスの民事法廷に上告したが数年後に敗訴となり、Frontierに対して2500万ドル及び利息、及び法廷、弁護士費用を負担する羽目になった。

しかし、その後の調査が進むにつれてデュマとジョンクールの関係が明らかになり、ジョンクールの生活資金やデュマに対する豪華な贈り物などが贈賄の疑いで討論され、さらに資金提供者がシルバンで、実際にはトムソンの資金で賄われていたこと、シルバンの偽証(Miaraを証人に仕立てた)などが追求され、シルバンは国外逃亡、やがて逮捕されて有罪判決を受けた。

●ウイリアム・リー事件(Lee Affair)

同じ頃に起きた、フランスで「ウイリアム・リー事件」と呼ばれる事件はまことに複雑怪奇である。アメリカとフランスの武器の販売競争、トムソンがマトラを潰すために仕組んだ事件、台湾のリベートの流れ、中国マフィアの介入などがあった不思議な事件である。台湾ではあまり報道しなかったが、ワシントンポストとル・モンドには詳しく報道された。ここでは台湾に関連のある部分だけを書く。

●アメリカとフランスの武器販売商売

要点は1992年にフランスのマトラ(MATRA)社が台湾に960基のAAミサイル(MICA)及び480基のMagicミサイルを売った契約で、この商売はトムソンの【ブラボー】計画、6艘のラファイエット巡洋艦をはるかに上回るものだったので、(1993年ごろには財務困窮していた)トムソンの競争心と嫉妬を煽る結果となった。

一方、マトラ社も財政困難に陥って、アシェー(Hachette Publishing)というメディア会社と合併して新たにMatra-Hachette会社を作ることとなったのである。

ところが1993年6月にウイリアム・リーという弁護士が92-93年のマトラとアシェーの合併案の際、マトラが台湾のミサイル契約を財政報告書に入れていなかったので、マトラ社の株主が損害を蒙ったとして、リーは株主總代理としてマトラ社を告訴したのである。

そこで起きた疑問は、リー弁護士とはどんな人物で、何を要求しているのかということだが、いくつか違った疑惑説が出てきた。有力説はリー弁護士がアメリカCIAの工作員で、フランスがサウジへの航空会社の売り込み60億ドルとブラジルに対する監視系統14億ドル売り込みをアメリカが妨害したというのである。

しかし1994年夏になるとリー弁護士はマトラ社に3千万ドルの和解金を要求したので、マトラ社はこれを恐喝行為として拒絶すると共に公開した。でも、これでアメリカ陰謀説が消えたわけではない。アメリカ情報部は93年から94年にかけてブラジルで情報収集に力を入れ、フランスがブラジルのミサイル販売でリベートを支払ったと言う情報を得ていると発表した。

1994年9月になるとリー弁護士は、マレン(Jean-Pierre Malen)というフランス会計士の名前で、マトラ社がミサイル契約で多額のリベートが台湾の政府高官に入り、フランス側にも還流されたという手紙を台湾総統に送り(註:当時は李登輝)、コピーをフランス政府にも送りつけた。

●フランス政府の抗議

こうなるとフランス政府も調査に立ち入らざるを得ないので、フランス情報局(DST)はリー弁護士の調査に入った。

1995年1月26日になるとパスクア内政部長は米国のパメラ・ハリマン大使を呼びつけてアメリカのスパイ活動を抗議した。ハリマン大使はクリントンを支持したお陰で駐仏大使になった富豪で、外交など全然わからない。そこでCIAが替わりにリー弁護士はアメリカのスパイでないとフランス側に説明した。後年になってリーはトムソンの回し者だったとわかり、CIAスパイ嫌疑は晴れ、パスクア内政部長はCIAスパイ説を撤回した。

2月22日、ル・モンドはCIAの否定を報道したがリーの名前は報道していない。また、2月23日にフランスの新聞リベラシオン(Liberacion)がウイリアム・リーはCIAのスパイだったと報道した。ヌーベル・オブザーバーも記事を出してアメリカの販売競争の汚い手口を報道した。

●リー弁護士に懸賞金

1995年1月になるとパリではリーに懸賞金が掛けられたという噂が流れた。フランス情報部によると、疑惑説は三つあり、第一はフランスの暗黒組織がリーを元ソ連の地域に誘い込んだあとで「事故死」させる、第二は台湾のグループが三合会(註:洪門会の別名)を雇ってリーを殺害する、第三はCIAがダメなスパイを消すというものである(これは始めから信憑性が薄かった)。

困ったのはマトラ社の方で、リーが殺されたら真っ先に嫌疑がかけられるので、すぐにリーの安全を保護するような措置を取った。被害者側が加害者を保護するのは皮肉というより他ない。一方アメリカ大使館はリーを召喚して即刻アメリカに帰るよう勧告し、リーは1994年4月アメリカに戻った。

●トムソンの「翼を切る」陰謀

やがて調査が進むにつれて判明したのが、トムソン社がマトラ社を潰す、「翼を切る」オペレーションにリーを雇ったというのである。つまりマトラ社がミサイル販売で台湾から多額のリベートがあったことを公開してマトラ社を潰すのだという。

リーは2001年6月にパリの金融犯罪調査室の尋問で、トムソン社に使われてマトラ社を潰す計画を自白した。またリーの元秘書も、パーキング場でトムソン社の者からリーに渡す現金を受け取った事が何度もあったと供述した。

これら一連の不思議な事件がやがて繋がりを持ち、次回に述べるデュマ事件からシルバンの不正資金(トムソン社の)、ジョンクールの贅沢な生活、デュマに対する高価な贈り物などで収賄罪を問われることになった。また、シルバンも偽証罪、トムソン社の資金乱用などの罪に問われ、国外逃亡、やがて逮捕されて断罪されたのである。

(以下次号)



『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html


『日本之声』  http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe  (Big5漢文)
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