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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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青森李登輝友の会ブログ

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【論説】ラファイエット事件(5) アンディ チャン

【論説】ラファイエット事件(5)


         アンディ チャン
          

 5.黒い金の流れ

金の行方を追っていると呆れたり憤慨したりだが、ラファイエット
事件では関与した人間が不可解な死に方をすると恐怖を覚える。今
回は金の流れを追及するが、あるエピソードから始める。

●ジョウル・ブシェー(Joel Bucher)の台北赴任

ジョウル・ブシェーがフランス銀行(Banque Societe Generale)の
台北支店総経理として赴任したのは1987年7月のことだった。台北
の松山飛行場に近い場所にある、フランス銀行は回収不能の債権が
山ほどあり、パリ本行では損失の多い支店として撤退を考得ていた。
当時ブシェーはスランス銀行のアブダビ支店の総経理だったが、自
ら志願して営業不振の台北支店に転任したと言われている。彼は銀
行家に向かない、あくどい儲けが好きな山師ともいわれている。

赴任して間もない9月のある日、銀行の貸し出し部門の柯と言う台
湾人の職員が入ってきて、二人だけで話がしたいと言った。彼は船
舶関係、ことに中国造船廠(中船)の貸付け部門の責任者だった。
「話とは何だね?」
「ご存知のように、当銀行には回収不能の貸付けがたくさんありま
す」
「それで?法院に訴えるというのか?」
「いえ、実は台湾では専門に取り立てをする組織があるのです」
「ふーん。どんな組織かね、知っているなら話してみなさい」
「竹聯幇と言う名前の組織です」
ブシェーは黙って職員の顔を見つめた。
「彼らに頼めば、金は確実に戻ります。しかし、条件として取り立
てた金の半分は彼らが貰う、半分が銀行に戻るのです。これ以外に
まだ個人の取り分があります」
「個人の取り分だって?」
「はい。つまりお金が戻ってくると、報酬(紅包)として貴方が2%、
私が2%を貰うのです」
「それは汚職じゃないか」
「とんでもない、報酬だと言っているのです」
「ふむ。竹聯幇と言うのは、ずいぶん怖い手口を使うらしいね?」
「そうでもありませんが、もし債務者が言う事を聞かなければ、彼
らを怒らせることになります」
「……で、足にセメントブロックをつけて海に投げ込むとか」
「いやいや、ブシェーさん。それでは“見せしめ”になりません。
彼らは相手を高所の窓から投げ落とすだけです。このやり方が彼ら
の“見せしめ”の特徴です」

そこまで聞いて、ブシェーは落ち着いて柯職員に言った。
「わかった。でも、私にはこの瀕死の銀行を救う別の方法がある。
それから、二度と竹聯幇のことは口にしないように」
この事があってから数年たって、フランス銀行のビルの外側にある
歩道で柯職員が墜死死体が発見された。

ヤクザと言えば酒とバクチと女、麻薬、ショバ代などと思っていた
が、クリーンで大きな金儲けは借金の取立てで半額の報酬、そし
て見せつけに特徴ある殺しをするのだった。

●ブシェーの活躍

1987年からブシェーの大活躍が始まった。銀行とは借り手と貸し手
の仲介と便宜を図り、利息をとる事だが、この外に外国企業と取引
きするには外貨の取り扱い、リベートの出入り、違法な金を合法的
に操作するなどがある。大抵の外国銀行には暗い部分があるはずだ。

ブシェーが注目したのは企業や資産家を酒と女で手懐けること、そ
して外国、ことにフランスから一儲けしようとやってくる大企業の
責任者、マトラ、カルフール、液化石油、エアバスなどの帳簿の操
作、金の出入りに「便宜を図る」事だった。やがて国際金融はフラ
ンス銀行を通すのが最も便利といわれ、ブシェーは「銭大爺」とい
う綽名を頂戴するまでになった。

しかしブシェーが他の銀行家より優れていたのは「情報蒐集」にあ
ったと言う。彼は台湾の大企業、政府要員、党の高級幹部などを酒
と女で招待して、彼らの仕事関係、家族関係、人脈などを調べ上げ
て克明に記録し、定期的に更新できる資料(データベース)を作っ
た。この資料をディスクにしてフランスからやってくる商売人に提
供して(売りつけて)いたと言われる。お陰で赴任二年後、フラン
ス銀行・台北支店は年収10億ドル以上の売り上げを記録するように
なった。

●リベートの行方

ブシェーは90年代に台湾を離れたが、新聞の報道では彼がパリ法廷
で証言台に立って、「ラファイエット事件のリベートはパリで支払わ
れ、米国経由で(つまりマネー・ローンドリング)台湾に還流され、
150人ぐらいの軍部と国民党高官に分配された」と述べた。報道に
よると、ブシェーは台湾でリベートを受けた150人の高官の名簿を
持っていて、銀行本部に公開するよう要請したが、本部が拒否した
と述べた。しかし彼が銀行に資料を渡したかどうかも不明である。
ブシェーは資料を高値で売ろうとしたと言われる。

同じくデュマ外相もラファイエット事件のリベートは5億米ドルほ
どで、フランス側では44人に分配され、3億2千万ドルが台湾側に
渡されたが(一説では4億ドル)、この内の一部は中国高官に渡され、
台湾に還流した金は国民党秘書長、そして中国では共産党中央部に
渡ったとフィガロに語った。

フィガロ(1999年11月5日)の資料では、デュマの談話とは別に
パリの法廷資料から裏付けを取っていると報道している。(デュマは
2000年3月1日に正式に辞職した)。

1991年頃の国民党秘書長は宋楚瑜だったので、金は宋楚瑜によって
分配されたと言われているが、半分は軍部、半分は国民党がとり、
軍部に渡ったリベートはカク柏村が先取りして、残った部分を海軍
の高官が山分けしたとある新聞は報道している。また謝聰敏の話で
はリベートの動向は米国を経由したほかにも幾つかの経路があった
そうである。

●フランスの非協力

話は少し前に戻るが、喝采作戦が正式に契約を交わしたのが1991
年8月で、1991年11月にシルバンが代理店フロンティア社を通し
てトムソン社に契約金1億6千万フランの支払いを請求したが、ト
ムソン社のゴメス総裁は12月に支払いを拒絶したので問題がこじ
れた。別にシルバンは契約どおり翌年の1992年1月にジョンクール
夫人に報酬を払っている。フロンティア社は契約不履行でトムソン
社を告訴し、1996年8月にスイスの国際商業仲裁法廷で勝訴した。
トムソン社はフロンティア社に対し、1億5千万フランおよび利息
を支払えという判決がでている。

トムソン社はこれに不服で上告し、やがてジョンクール夫人が「共
和国の娼婦」と言う本を出版して、そこでトムソン社は1997年2
月には仲裁法廷に対し、シルバン、エドモン・クァン、ジョンクー
ルなどを詐欺容疑で告訴した。つまり、エドモン・クァンの中国に
対する遊説活動は全然やらなかったとして、シルバンその他6人を
詐欺行為で告訴したので、シルバンは逮捕を避けるため1997年フィ
リッピンに逃亡した。1997年11月にはジョンクール夫人が逮捕さ
れた。しかし、スイスの法廷は1997年1月29日に二審でフロンテ
ィアの勝訴を確認した。

尹清楓殺害の調査とシルバンの告訴、トムソン社の逆告訴などによ
ってトムソンの契約には違法なリベートが含まれていたこと、リベ
ートは台湾、中国、フランスの三国に行き渡ったのが明らかとなっ
た。1996年12月にフランス法廷はフランス銀行、パリ銀行とリヨ
ン信託などのトムソン社の帳簿を差し押さえた。(註:汪伝浦(Andrew
Wang)の銀行口座ではない)。

しかしデュマを始め政府高官はフランス法廷及び台湾側の調査に非
協力的だったので調査は難航した。台湾側の調査部員が入国するこ
とさえ拒否された。

●謝聰敏のフランス訪問

2000年に陳水扁が総統に就任したあと、尹清楓殺害事件とラファイ
エット事件の追求が活発になった。一方、フランスやスイスでも訴
訟が始まり、台湾側から謝聰敏、馬以工などのフランス訪問があっ
たがフランス政府は一貫して非協力的な態度を取り、台湾の法務部
長(FBIに相当する)陳定南が家族連れで観光ビザを申請しても拒
否するなど、「フランスの汚辱」がばれるのを極力避けて台湾側の調
査を妨げていた。

2001年1月にデュマ、ジョンクール夫人の軽犯罪法廷が開かれ、フ
ランスを訪問した謝聰敏は法廷に入って傍聴することさえ拒否され
た。憤慨した謝聰敏は法廷外で記者招待会を開いて、尹清楓殺害事
件とラファイエット事件で三国の高官が法外なリベートを取った事
などを暴いた。翌日フランスの新聞、リベラシオン(Liberacion)
は、「Taiwan Accuses」と言う大見出しで1ページから5ページま
での特集を組んだ。

この法廷でブシェーは1月30日、彼が台湾のフランス銀行で総経理
をしていた頃に、彼が喝采作戦の銀行業務、金の出し入れなどに携
わっていたこと、および巨額のリベートが流れ、国際商業の通常規
範を大幅に逸脱した行為があったなど証言した。

またブシェーは、スイス、リヒテンシュタイン、ドイツおよびイタ
リアなどの汪伝浦(Andrew Wang)と家族の凍結された銀行口座につ
いて、国際協力が得られれば事件解明も可能だと証言した。

フランスが非協力的なので、2001年7月にブシェーは台湾の特別調
査組から招待されて台北で質問に答えた。この際に「台湾に還流さ
れたリベートの動向、及び分配された高官の名簿は確かに彼が持っ
ているが、提供する事は出来ない」と述べた。謝聰敏はブシェーの
目的は資料を高金で秘密資料を売りたいのだと述べた。山師の本領
が見え見えである。ジョウル・ブシェーは現在アブダビに住んでい
るそうである。

●ラファイエット武器装備の行方

ここで特筆すべきことは、台湾とフランスの両側とも「ラファイエ
ットの武器装備は中国に渡された」と明言していないことである。

つまり国民党や軍部の高官は「武器を献上したというなら証拠を出
せ」と居直って逆告訴する可能性もあるということだ。

1991年6月に、トムソン社と台湾海軍の雷学明中将が「フランスか
らラファイエット艦を購入する」という備忘録を交わしたが、この
備忘録には「ラファイエット艦には武装を搭載しない」と明記して
いる。つまり武装のない船だけを持ち帰ると明記してあるのだ。

ところが喝采作戦の正式契約には確かに武装一切の金額を含んでい
る。そして台湾海軍はラファイエットの購買契約に正式サインした
前後には既に「新たな武器購入計画」を始めていて、この計画で尹
清楓の殺害事件が起きたのだった。つまりラファイエットの武装は
購入したが空船を持ち帰った。買った武器は何処に行ったのか?

中国はフランスから最新式巡洋艦の設計図その他96キロの資料を
只で貰い、これでハルピン艦を建造したが、「フランスから武装を買
った」事になっている。この武装がラファイエット艦のものである
ことは明白で、中国がフランスに「金を払った」証拠はない。中国
は無料で最新式の軍艦の設計図を貰い、台湾の新式武装を「鹵獲」
したのである。
(以下次号)




『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html


『日本之声』 http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe (Big5漢文)
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