background movie
HOME ブログ翻訳
powered by 3ET
powered by 電脳PC生活
プロフィール

阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

Author:阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。
図4
台湾旗


よろしければクリック!


おすすめ書籍
李登輝 本
お申し込みはhttp://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0028.reg


おすすめ書籍
李登輝先生
HPからお申込み送料無料でお届け
http://www.ritouki.jp/


おすすめ書籍
りん先生
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4890632018.html


おすすめ書籍
永山
http://books.livedoor.com/item_detail/niitaka161208/524b&isbn=9784944235384.html
定価1680円(税込み)。版元の「まどか出版」へ「著者のブログで見た」と書いたメールで送ると、「送料無料+後払い」でお買い求めできます。(住所、名前、電話、書名、冊数もお願いします)(まどか出版)
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/この本の著者のブログ



メルマガ「台湾の声」の購読を!
台湾・日台関係情報のほか、日本における台湾独立建国運動や台湾防衛運動の情報を毎日配信。
http://www.emaga.com/info/3407.html

最近の記事 最近のコメント 最近のトラックバック 月別アーカイブ カテゴリー
ブロとも申請フォーム HS月別アーカイブ

青森李登輝友の会ブログ

日本李登輝友の会の青森県支部です。略して「青森李登輝友の会」です。 皆様宜しくお願い申しあげます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【論説】ラファイエット事件(4) アンディ チャン

【論説】ラファイエット事件(4)


        アンディ チャン

           4.尹清楓殺害事件

尹清楓殺害事件はいろいろ不可解な介入があり、名前もたくさん出
てくるが、関係者は真相を喋らない。名前が出ても真犯人ではない
かもしれない。知っている事だけ述べるのが一番よいと思う。

殺害された理由は諸説紛々、贈収賄に関係があるのは確かだが、ど
の計画のリベートかも不明だ。一説には掃雷艦の購買、一説にはラ
ファイエットのリベート、また一説にはラファイエットの「付属武
器」計画だったという。付属武器とはつまり武器を中国に渡したの
で新しい購入計画を立てる必要があったことで、これに絡んだ贈収
賄が最も有力である。しかし後述するように掃雷艦のれビートにも
関わっていた可能性もある。

●異常な予算増加

武器購入計画は「ラファイエット附件計画」と呼ばれるが、予算は
650億元である。喝采作戦の最終契約は980億元で、本来は武器系
統を含んだ予算である。ところが「付属武器系統」の予算は650億
元だから喝采計画の3分の2である。船と武器を併せて980億かか
るのが武器だけで650億とは恐ろしく高い、高額なリベートを含ん
でいることがわかる。

尹清楓が死んだので、彼が清廉だったから殺害されたような印象を
受けるが事実ではない。尹清楓は89年当時からラファイエット計画
が異常な値上がりを続けているのを知っていたし、喝采作戦は1991
年8月にサインされたもので、尹清楓が殺害されたのはその時から
二年半も経過しているので、リベートに反対でなく、リベートを取
らなかったのでもない。

●尹清楓が反対した艦砲系統

喝采作戦の契約にサインする前後、海軍は既に付属武器の計画を始
めていたはずだ。この計画が1993年になっても実現しなかったのは
どんな武器を何処で買うかということだろう。

ソナー、レーダーの自動処理系統、魚雷、艦砲、弾薬などのうち、
ソナーの有効範囲が従来の10メートルから50メートルに変更され
て、海軍は古いシステムを買わされたという説もある。しかし事件
が起きたのはドイツ製の艦砲だったことがわかっている。

ラファイエット艦の艦砲はドイツのL工廠(名前は不明)製で、こ
の艦砲は90度の仰角まで上げる能力があったという。普通の艦砲は
90度の垂直まで上げて撃つ必要はないので仰角が90度と言うのは
特殊設計と言われる。

尹清楓はドイツのL工廠が異常な高値を提示したので反対した。
1993年8月に台湾からラファイエットと武器についてフランスを訪
問したグループのうち、尹清楓と郭力恆、謝聰敏なども参加してい
た。報道によるとこの訪問の際に尹清楓が特に質問したのは武器系
統の三種類、特にL工廠の艦砲の値段にあったといわれる。

尹清楓は同じような90度の仰角を持つ艦砲はイスラエルも作って
いるので、L工廠から買わないでイスラエルの艦砲を買えと主張し
たらしい。

L工廠の艦砲をラファイエット艦のその他の武器購入に付属させる、
すべてをトムソン経由で購買すれば劉莉莉、汪伝浦などのブローカ
ーがリベート分配をするので台湾、中国の授受がスムースに行く。
これを知ったL工廠が砲の原価に高額なリベートをつけ、それにト
ムソンが更にリベート(つまり二重)を追加したので余計に高くな
り、尹清楓はこれに反対したのではないか。あくまで憶測である。

●鄭春菊とアルベサール

それだからドイツ側のブローカー・鄭春菊が台湾で交渉を始め、ト
ムソンのアルベサールも加わって海軍に圧力をかけたのではないか。
これが殺害原因に繋がると思われる。

尹清楓は12月9日の早朝、アストリアホテルに行って鄭春菊に会見
を申し込んだが断られた。そのあと尹清楓は台北・内湖にある豆乳
店で郭力恆大佐と会い、翌日死体となって発見された。鄭春菊は当
日9日にアストリアホテルからシェラトン・ライライに移ったが、
これは郭璽の通報を受けたから行方をくらませるためにホテルを変
えたといわれる。鄭春菊は翌日死体発見の日に台湾を離れた。

調査では9日の朝8時(9時とも言う)に豆乳店内で郭大佐と会っ
た後「角型の海軍の車」の乗り込んだことがわかっている。もう一
つの情報ではこの車中にアルベサールも同乗していたという消息だ
が、アルベサールも翌日午後に台湾を離れた。

つまり、尹清楓は車に乗り込んだあと、どこかで殺害され、着てい
た背広が「拷問で豆乳を吐いたので汚れた」。そこで尹清楓の寝室か
ら着替えを取り寄せたと新聞は報道している。衣類を取りに言った
のは陳禄曾だったと言う。

しかし尹清楓は太ってしまい、古い海軍ズボンはボタンをかける事
ができず、そのまま車で死体を蘇澳の海軍軍港まで運び、そこから
海軍のカッターで沖へ出て死体を遺棄したという。ところが翌日に
なって海流の関係で死体が蘇澳港に漂着した、そして軍服のズボン
の名前から尹清楓の身元が判明したのだった。

身元が判明すると同時に、犯人は尹清楓のオフイスに出入りする、
寝室からズボンを取り出すことの出来る人間であった事もわかった
ので、郭力恆の逮捕となったのだった。

●尹清楓の秘密録音

なぜ尹清楓は殺害されたかということだが、尹清楓は「証拠集めと
秘密録音」をしていたので、郭力恆とアルベサールが証拠とテープ
を渡すよう拷問をやり過ぎ、死亡したという。しかし拷問したあと
で殺したとも考えられる。尹清楓のテープが手に入れば殺さないで
も済むかもしれない、しかし口を封じるなら殺害しなければならな
い。郭力恆が喋らないので真相は不明である。

調査で判明しているのは、郭力恆とアルベサール(?)が拷問に掛
けて資料を取り返した際、オフイスの王萬瑩少尉を呼び出し、「尹清
楓の机の抽斗にある資料を入れた封筒と録音テープを一個」取り出
した個がわかっている。ところが郭力恆はその後また王萬瑩に電話
して、「寝室の壁に罅があって、その罅の隙間にもう一つの録音テー
プがある」から取り出せと命令したこともわかっている。

つまり尹清楓は郭力恆が係わっている事も知っていて、万一の場合
に備えて録音した二つのマイクロカセットのうち、一つを壁の隙間
に隠したのである。

取り出したカセットテープに彼らの欲しい資料が入っていないこと
から別のカセットがあると判って拷問した。そして第二のカセット
を手に入れた後も更に別の資料がある疑いから拷問を続け、最後に
口封じのために殺したのが真相に近いだろう。

●少将昇進と中傷

尹清楓は本来なら1993年12月、少将に昇進するはずだった。とこ
ろが同年夏にフランスを訪問して武器購入に反対したので、秋にな
ると昇進は難しいというニュースが入った。そこで尹清楓は昇進が
遅れた理由を突き止めるためいろいろ聞きまわった。そうして浮き
上がったのが「海軍総司令部に中傷した奴がいる」と言う事で、自
衛のため証拠集めに奔走するようになり、関係者の秘密録音や資料
集めをしていたらしい。

中傷の理由は尹清楓が「軍の機密を漏らした」疑いであるという。
当時の新聞は高雄にある海軍総司令部の誰かが、わざわざ彼を台北
から高雄まで呼び寄せ、司令部の建物の前で秘書官が封筒を手渡し
た写真を撮り、機密漏洩の証拠にしたという。しかしこの海軍中傷
説はその後報道されなくなった。つまり「司令部發の中傷」なら脅
迫から死に至らしめた軍官の名前や、海軍がドイツ製の艦砲を買お
うとしていた証拠となるからもみ消したらしい。

もう一つの司令部中傷説は、尹清楓が「掃雷艦の購入計画」で賄賂
を取ったというもので、このため当時のブローカーだった単亦誠が
台湾の戻って尋問を受けた。だが単亦誠は非常に不思議な人物で、
彼が洪門会または青幇のような秘密組織の会員である事や、海軍に
は青幇のメンバーが多数いること、秘密組織の宣誓式などを新聞に
披露したほかは何も提供しなかった。

とにかく、尹清楓は郭力恆やその他の武獲室の同僚を尋問した会話
をテープに取っていた、そして彼を中傷したのはドイツL工廠のエ
ージェントであるトゥ夫人(鄭春菊)の仕業だと認定して、殺害さ
れる数日前に郭力恆にそれを喋ったという。それで郭力恆が鄭春菊
に通報してテープを取り戻そうとした。殺害された当日の朝、尹清
楓はアストリアホテルに行って鄭春菊を呼び出そうとしたが拒絶さ
れた。その後で郭力恆らと会合したのである。

●録音テープと三枚の写真

もう一つの疑惑説は尹清楓が妻でない女性と性行為をしている写真
が三枚彼に届けられ、(三人ととも別の女性と言う説もある)購買に
同意しなければ写真を公開すると脅したという。その後の調査では
この説が有力となっているが、スキャンダル説は司令部中傷説を否
定するので海軍に有利である。スキャンダルの中傷したのは鄭春菊
だったという。

尹清楓が拉致されたあと、郭力恆は武獲室の王萬瑩少尉を呼び出し、
机の抽斗から封筒に入った資料と「三枚の写真」を取り出して、ど
のような経由かは不明だが郭力恆に渡した。しかしその後で再び王
萬瑩を呼び出して、寝室の壁の隙間にあるテープを取り出したので
ある。その後の調査では王萬瑩はこの写真を見、テープも聴いたこ
ともわかっているが、審問記録は公開されていない。

ところがその後の調査では録音テープが部分的に磁気消音されてい
たのが判明した。つまりテープの内容が部分的に消去され、重要関
係者の名前が判らなくなった。だから郭力恆が逮捕された後でテー
プを押収した海軍調査部、或いはもっと上層部の「証拠隠滅」的な
介入があったという証拠である。

新聞では尹清楓が殺害された後、寝室から彼の衣類を取り出したの
は王萬瑩ではなく、(彼女の証言によると)海軍総司令室の随員室主
任、陳禄曾というが本人は否定した。彼は既に海外移住している。

●郭力恆の黙秘

最近の報道ではドイツ製の艦砲契約を通すため、汪伝浦が郭力恆の
銀行口座に2000万ドルを送金して尹清楓の買収を図ったが、郭力恆
はこの金額の中から2000万元だけを尹清楓に渡し、拒絶されたと言
う。ドルと元では当時の比率で約40分の一だから、郭力恆がサバを
読んだので尹清楓が首肯しなかったと言うのだ。それはともかく、
政府側はその後郭力恆に500万元の賞金で告白を呼びかけたことも
あるが、郭力恆は拒否した。2000万ドル貰ったのなら、たかが500
万元で真相を喋るはずがない。(以下次号)




『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html


『日本之声』  http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe  (Big5漢文)
スポンサーサイト

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

プラグインの説明
このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。

←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。

このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れませんし、無いかも知れません。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。