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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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青森李登輝友の会ブログ

日本李登輝友の会の青森県支部です。略して「青森李登輝友の会」です。 皆様宜しくお願い申しあげます。

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李登輝氏が懸念する台湾と日本の安全保障 ~日本の最大の理解者の声に耳を傾けよ!~

「nikkeibp.jp SAFTY JAPAN 2005」サイトより転載
http://nikkeibp.jp/sj2005/column/i/09/・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小森義久氏コラム〝外交弱小国〟日本の安全保障を考える
~ワシントンからの報告~

第9回
李登輝氏が懸念する台湾と日本の安全保障
~日本の最大の理解者の声に耳を傾けよ!~

                       10月27日公開

“民主主義の闘士”李登輝氏の切実な訴え

 「台湾はいま中国の強大な軍事脅威にさらされています。その台湾の安
全保障は日本の安全保障とも密接につながっています。台湾や日本の安全
保障の危機は民主主義の危機でもあるのです」

 ふつうに聞けば、まあ当然だろうと、つい聞き流しになりがちな、こう
した言葉も台湾の李登輝前総統の口からとなると、ぐっと真剣に受け止め
てしまう。ましてその李登輝氏の言葉が流暢な日本語となると、その内容
にはことさらの重みを感じてしまう。私がワシントンでの李氏の演説や談
話を何度か聞いての感想の一端は、以上のような点だった。

 台湾の総統を1988年から2000年まで務めた李登輝氏がこの10月、アメリ
カを訪問した。中国からは「台湾独立を推進する分裂主義者」とか「売国
の徒」とまで攻撃される李氏は周知のように台湾の自立を強く唱えるリー
ダーである。台湾では国民党の独裁下にあった統治を民主主義へとみごと
に切り換えるという歴史的な実績を残した。

 だが中国からみれば、李氏は「一つの中国」を否定する反逆者となり、
北京政府は氏の諸外国の訪問にはたとえ私人の資格であっても激しく反対し
てきた。京都大学出身の李氏が日本への訪問を切望し、なんとか二度ほど
実現はしたものの、日本政府はそのたびに中国の激しい妨害工作を受けて
ぐらぐらと揺れたことも、すでに広く知られている。

 しかし李氏の今回のアメリカ訪問は画期的だった。まず期間が10月11日か
ら23日までと、ほぼ2週間という長期だった。しかも訪問先がアラスカから
ニューヨーク、フィラデルフィア、そして首都のワシントン、ロスアンジェ
ルスと主要都市を網羅した。とくに首都ワシントンは中国がもっとも激しく
反対してきた訪問先であり、李氏にとっても1988年の総統就任以来、初めて
の来訪だった。

 今回の訪米の目的は「アメリカの議会や財界、学界、台湾系米人社会など
の古い友人知人と再会して、友好を再確認する」と説明されていた。だが、
より具体的には台湾の民主主義の確立を強調して、共産党独裁の中国とのコ
ントラストを鮮明に描き、アメリカ側に広くアピールして連帯を求めるとい
うのが李氏の活動の主眼であることが明らかだった。だから訪れる先もアメ
リカの民主主義のゆかりの地が優先して選ばれていた。そして李氏の民主主
義の強調の背後にあるのは明白に台湾の安全、さらには東アジア全域での
日本やアメリカの安全保障をも含む平和と安定への深刻な懸念であるように
みえた。


日本精神の精華を究めた見識と人格

 李登輝氏にワシントンで会えることは私にとって特別の意味があった。私
事ではあるが、私自身が個人として実際に李氏に何回も接し、その見識や人
となりにすっかり魅せられていたからだ。そこには以下のような経緯があっ
た。

 国際報道に長年、かかわってきた私は中華圏での取材や報道はわりに遅く、
1997年7月の香港返還が最初だった。このとき香港に1カ月以上、滞在して多
数の人に会い、多数の記事を書いた。そのなかには日本と中国との絶望的
なほどの断層について説明した「日中友好という幻想」というタイトルの
雑誌論文もあった。この論文を読んで筆者に関心を抱いたという李登輝氏か
ら仲介者を通じて「台湾にきて、お話をしませんか」という呼びかけがあっ
た。かりにも事実上の一国の現職元首からの招きである。産経新聞のインタ
ビューということにしてもらい、ワシントンからすぐに台北に飛んだ。97
年12月のことだった。

 当時すでに総統在職十年近くを迎えていた李氏は私邸で会見に応じてくれ
た。台湾や李総統について無知だった私はこの会見で衝撃的な体験をした。
まず李氏は日本の基準でも平均よりずっと流暢で格調の高い日本語を自在に
話した。外国の国家元首に匹敵する最高指導者が日本語を母国語のように話
すことに私は仰天した。しかも李氏は自分が日本での教育を人格形成の基盤
にしたことをごく自然に告げて、日本の台湾統治はよかったとまで明言した。
「日本精神」などという言葉を口にして、「他者との約束を守り、ウソをつ
かず、人間として清く正しく生きる精神のことですよ」と、淡々と語るのだ
った。

 こんなことがあるはずがない、と耳を疑った。日本の戦前、戦中のアジア
での行動はすべて悪として現地では嫌われ、憎まれているはずではないか。
日本の台湾の植民地支配がよかったなど、そんな邪悪な認識があるはずがな
い――と、私はまじめに思った。ところが李総統はごく真剣に日本への信頼
と親近感を表明し、日本の歴史や伝統、文化などへの賞賛さえ述べるのだっ
た。普遍的であるはずがない日本の古くからの価値観が台湾の多くの人たち
にはきわめて肯定的に受け入れられた、ということなのだった。これまた、
戦後の日本の伝統否定教育を受けて育った私にとっては信じられないほど
意外だった。

 李氏はそのうえで台湾の伝統やアイデンティティー(自己認識)の重要性
について熱心に語った。台湾の価値観が民主主義という普遍の理念と一体と
なったことを強調し、一党独裁の中国とはあくまで異なることをも力説し
た。結局私のインタビューには4時間をも費やしてくれた。私はそれからち
ょうど1年ほどして、北京駐在となったこともあり、台湾はわりに頻繁に訪れ
るようになり、李登輝氏にもそのたびに面会した。李氏だけでなく台湾社会
全体の日本に向ける温かいまなざしを知り、私は日本にとっての台湾の貴重
な価値を心から意識するようにもなった。


毅然として日本と台湾の立場を弁護

 今回、アメリカを訪れた李氏とは同氏が首都ワシントンに着いた10月17日
の夜に顔を合わせた。曾文恵夫人を含め、ごく少人数での食事会に加わる機
会を得たのだった。久しぶりの再会を顔をほころばせてよろこんでくれた李氏
は82歳という年齢を感じさせない情熱で台湾の安全と危機を語った。もちろ
ん日本語だった。冒頭の「中国の強大な軍事脅威」も、そのなかの言葉だっ
た。李氏は中国には厳しく、小泉純一郎首相のその日の靖国神社参拝への中国
からの非難については「一国の政府の長が戦争で死んだ自国民の霊に弔意を
捧げるのは当然であり、他国から命令を受ける必要はないでしょう」と明言
した。李氏はまた「中国が日本に対し日本の首相の弔意表明のあり方につい
てあれこれ命令することは、おかしいです」とも語った。心強い日本の味方
という姿勢だった。

 アラスカ州のフランク・マカウスキー知事の招待で訪米した李氏は表面的
にはアメリカ一般に対する「民主主義への共感の訴え」を主要テーマにした
ようだった。アラスカからニューヨーク入りしたあと、17日朝は車でアメリ
カ民主主義発祥の地のフィラデルフィアに向かい、独立記念堂や「自由の
鐘」などを見学した。同じ日の昼、ワシントンに着いてからも、まず国立公
文書館で寄贈をして、民主主義を讃える演説をし、その後は独立宣言を起草
したアメリカ第三代トーマス・ジェファーソン大統領の記念堂をも訪れた。


 翌18日には李氏は大手研究機関のヘリテージ財団に招かれ、民主主義促進
の功を讃える表彰を受けた。そこでの演説も台湾の民主主義の広がりについ
てだった。19日にはアメリカの連邦議会での歓迎式に出て、台湾とアメリカ
とが民主主義政体同士で緊密な連帯を保っていくことへの希求を強調した。
議会側は「台湾議員連盟」を中心に上下両院議員合計25人が出席し、「李総
統は中国からトラブルメーカーと呼ばれるが、アメリカの初代大統領のジョ
ージ・ワシントンもイギリス植民地軍からみればトラブルメーカーだった」
(デーナ・ローラバッカー下院議員)というような激励の言葉を送った。

 李氏は議員たちへの挨拶の演説で「中国の軍国主義や膨張主義の危険」を
も訴えたが、そこでも「台湾の民主主義」の防衛を大前提としてうたってい
た。こうした民主主義ずくめのアピールの圧巻が二十日のナショナルプレ
ス・クラブでの演説だった。李氏は「台湾の民主主義への道」と題するこの
演説で次のような諸点を熱っぽく説いたのだった。

 「新時代の台湾人には中国人と異なる台湾人アイデンティティーが強まっ
てきたが、この認識が民主主義と組み合わさって強まっている点が重要だ」

 「将来のいつか、台湾は完全な民主主義国家になるという目標に向かい、
より着実な措置を取る道を進むだろう」

 「台湾はすでに事実上の独立と主権を有しているため、独立を宣言する必
要はないが、その事実上の独立も民主主義の確立が前提となる」

 李氏のこうした民主主義の連呼はアメリカ側に対し同氏自身を「台湾の民
主主義の顔」としてみせる効果をかなり広範に残したといえよう。李氏の民
主主義の強調には民主主義の全世界的な広がりを対外戦略の柱とするブッシ
ュ政権も確実に前向きの対応を示すだろう。台湾が民主主義体制をきちんと
保持する限り、中国の軍事脅威から台湾を守ろうとする姿勢を崩さないだろ
う。李氏側にもその期待が強いわけだ。




『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html『台湾の声』バックナンバー http://taj.taiwan.ne.jp/koe/『日本之声』http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe Big5漢文
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