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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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青森李登輝友の会ブログ

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台湾からみた日本の精神と文化 黄 文雄/評論家 2003/03/03

台湾からみた日本の精神と文化
 
黄 文雄/評論家

この講演録は『不二』平成15年1月号(不二歌道会発行)からの転載である。
――本稿は平成十四年十一月二十四日、三島由紀夫・森田必勝烈士精神恢弘委員会主催で、さいたま市埼玉共済会館に於て斎行された三島由紀夫・森田必勝烈士三十二年祭の記念講演録である。文責は編輯部にある――

私は平均して毎月数回講演してゐますが、このやうなテーマをいただいたのは初めてです。実は今年一月『中華思想にはまつた日本』といふ本を出しました。その主な内容は日本の精神と文化ですが、戦後の日本人は日本の精神と文化に誰も関心がない。「日本の精神と文化」といふ題名では本が売れない、といふことで一寸変つた題名にした、といふ経緯がありました。もう一つ、『台湾は日本がつくった』といふ題名の本を出しましたが、この中には日本の精神と文化、特に明治時代或いは戦前の日本の伝統文化とはどのやうなものであるか、といふことについて詳しく書いてをります。日本人の精神と文化、或いは台湾からみた日本の精神と文化は私個人からみた場合は非常に主観的になる。だから私個人の意見だけではなく、台湾では一般的にどういふ風に日本の精神と文化が認識されてゐるかといふことについてお話させていただきます。

本題に入る前に二言だけ申上げたい。

一つは李登輝訪日の件に関して。李登輝前総統が来日、慶応義塾大学で講演を行ふことになつてゐたところ、慶応義塾の特に中国専門家の教授たち、或いは慶応出身の政治家たちが圧力をかけた。更に中国外務省のスポークスマンが反対を表明した。反対する理由として上げてゐるのは李登輝は売国奴だ、公然と尖閣列島は日本の領土だと主張してゐる、といふことです。日本政府は中国政府の許可がなければ李登輝訪日が決められない。日本政府が李登輝訪日を認めないといふことは、中国政府の「尖閣列島は中国領土である」といふ主張を公然と認めたことになる。我々のグループの会合でこの問題が論議された。私は何人かの専門家に「国際法的に日本政府が尖閣列島は中国領土であると認めたといふことになるか」と聞いた。「いや、それは外務省独自の判断で決めたことであつて、尖閣列島とは関係ないといふことならば、或る程度は論争になる」といふことでした。

竹島は韓国が実行支配して完全に韓国のものとなつてしまつた。北方四島は日本の政治家を見る限りは利権にしか関心を持つてゐないから、全く取り返す気がないと思ふ。戦後の日本人は竹島、尖閣列島、北方四島など、隣国と争ふ気がない、と我々は見てゐます。結論として、国家とはどのやうなものであるかといふことを、多分皆様以外の一般日本人には関心がない、といふ風に私は考へてをります。これは一つの問題提起です。

もう一つは、思想とか文化といふもの、或いは価値観といふものは、日本独自のもの、ユニークなものは何もないのではないか、全て中国、韓国から来たものではないか、といふ考へ方が一般的です。中国人、韓国人にもそのやうに主張してゐる者が非常に多い。

三島由紀夫烈士は陽明学を高く評価しましたが、江戸時代日本に先に入つてきたのは朱子学です。朱子学は日本ではあまり定着したとは言へませんが、韓国では非常に根強く定着し、韓国人は朱子学の影響が非常に強かつた。朱子学は一種の反体制の思想で宋の時代に生れ、韓国に入つてから韓国人の排他的な思想と社会にもの凄い悪影響をもたらした。陽明学は日本に入つてきて革命思想につながり、或る面では日本の風土に定着したが、中国では殆ど定着してゐない。多分日本の風土には合ふけれども中国には合はなかつた、とも言へる。このやうに中国で生れた儒学思想も日本に入つてから中国、韓国とは違ふ独自の思想を形造つてゐます。

■日本と台湾五つの共通課題

台湾と日本は精神と文化が非常に近い、或は共通の{閲~と文化を持つてゐることを知つてゐる方は少ない。例へばグローバル的に見た場合、台湾の政治と経済システムは日本と共通するところがあり、殆ど日本と区別がつかないくらゐ似てゐる。しかも、社会と文化の方はそんなに違ひはない。精神的文化的擬似性の中で共通の課題としても非常に近い。だから一つの運命共同体的なところもあります。

海のアジアと陸のアジアと考へる場合、地政学的にも日本と台湾は一蓮托生の関係にあるのではないか、とみられてゐます。日本と台湾はどのやうな共通の課題を持つてゐるか、日本と台湾の関はつてゐる社会問題はどういふところが似てゐるのか、五点だけ取り上げたいと思ひます。

一つは教育に関して共通の悩みを持つてゐます。台湾の場合、教育・教育権に関しては一〇〇%近く反台湾の中国系の人が握つてゐる。日本の教育もほゞ百%近くの反日日本人が教育・教育権を握つてゐることは、皆様ご承知のやうに、去年「新しい歴史教科書」の採択に関して〇・〇三パーセントでした。そのやうな現実からみた場合、台湾と日本は非常に近い。共通の悩みを抱へてゐる。

二つは台湾のマスメディアの大体八〇%か九〇%以上が反台湾の中国系の人が握つてゐます。その点に関して日本も産経新聞、或いはたまに読売新聞以外には殆ど反日日本人が日本のマスメディアを支配してゐるのではないか。勿論NHKもさうだし、特に共同通信社は殆ど日本の地方の言論を統制支配してゐる。

三つは司法です。日本の司法は非常に公平ではないかといふ印象を今迄持つてゐましたが、最近は見方が変りました。台湾の方は司法が非常にをかしい。台湾の法体系は日本とやゝ違つて、もともと法治思想に弱いところです。表面的には三権分立ですが実は五権です。一例を上げますと大きな事件は裁判所が決められない。政府の命令によつて判決する。中くらゐの事件はお金を多く出す方が勝つ。法によつて裁く事件はコソ泥とか普通の小さい事件です。李登輝夫人が総統選挙の後で、お金を持ち逃げした、と中国系の反対派が騒いだ事件があつた。完全にでたらめででつち上げでしたが、裁判で嘘をついた方は無罪でした。公正ではない。何故かといふと司法も殆ど中国系が握つてゐるからです。

日本も近頃反日日本人司法官が多くなりました。特に地裁は非常に危ない。さういふところが、日本の司法はたしかに台湾よりは公正ではあるが、やはり問題を抱へてゐるのではないか、と私は思ひます。

四つは主権問題です。日本は果して独立国家主権国家であるか、どうか。例へば皆様ご承知のやうに教科書問題にしても靖国神社参拝問題にしても、全ての面で外国の命令、或いは許可がないと日本政府独自の判断が出来ないといふやうな現状です。台湾の場合は日本よりもう少し良いところがあるが、主権独立国家と主張しながら、中国に脅威しながらやつてきた。日本はその点に関して台湾以上に強いとは思へません。

外国の日本の主権に対する干渉は政府だけでなくて企業に対しても細かく干渉する。例へば中共政府は本拠が岡山にある中国銀行に対して、日本の外務省を通じて名前を変へてくれと申し入れてきた。若し日本政府が中国に言はれると怖いから「変へませう」といふことになれば、中国地方、中国新聞、中国山脈、中国自動車道も変へなければならないことになる。また中共政府は例へば或るホテルに対して中華民国の旗を掲げてはいけない、とか台湾人の集会にホテルを貸してはいけない、といふやうに企業から個人まで干渉するのが現状です。日本は果して独立主権国家であるかどうかといふことに関して、台湾も同じ課題をかかへてゐるのではないかと思ひます。

五つは戦後日本の大きな特徴として、現在日本人は例へば日本民族のアイデンティティーとか、国家のアイデンティティーとか、或いは文化のアイデンティティーとかいふ共通のアイデンティティーを持つてゐないのではないか、といふことです。特に文化のアイデンティティーがどこまで分裂してゐるのかと言ひますと、戦後半世紀以上にわたつての日本の平和運動や市民運動などは、殆ど日本の伝統文化・伝統的価値観否定の運動であつて、日本の素晴らしい伝統文化を守る人はむしろ少数ではないのかと私は心配してゐます。台湾も共通のアイデンティティーを持つてゐません。以上教育、マスメディア、司法、主権、アイデンティティーの五つは日本と台湾が共通に抱へてゐる課題ではないか、と私は思ひます。

■台湾六つの文化層

台湾の政治、経済、社会、文化の点で日本と共通性、類似性がある、或いは多いのではないかといふ理由は、どこから来たかと申しますと、台湾の文化の中に大陸文化と違つて日本と共通の海洋文化を持つてゐることです。さういふ歴史的背景だけではなく台湾文化の特色は日本と似てゐるところがある。台湾文化の特色は多様性と多層性です。台湾文化は大体六つの層に分けられる。数万年、数千年前、台湾の文化も日本の縄文時代或いは弥生時代と似てゐるところがある。台湾は山が多く三千㍍以上の山が二百四十くらゐある。だから地形が非常に複雑で、地形の高度によつて気候的にもいろいろな気候帯があり、文化も非常に多様性・多層性がある。台湾も日本の古代と同じやうに森の民、海の民、或いは畑を耕す田の民もあつたといふことは一つの原始的な文化層があつたといふことです。その文化層の中で約二千年前から南から入つてきた、いはゆる黒潮文化の洗礼を受けた。これが第二の文化層です。台湾が海の彼方から流れてきた新しい文化を受け入れたのは、実は約三百数十年、或いは四百年前に南方からきたスペイン文化、オランダ文化のいはゆる南蛮文化・第三層です。そ・u桙フ後オランダ人が台湾開発に於ける労働力不足のため、大陸から受け入れた、いはゆる漢族季節労働者とともに中国文化・漢文化が入つてきた。これが第四層です。そして今日の主題である日本文化との関係である台湾に大きく影響した第五の文化層として、百余年前、日清戦争の後で日本文化が入つてきた。その後、戦後に国民党・中国の文化が入つてきたけれど、その間でも日本の技術と資本の移転によつて日本文化の流入は続いてゐます。

台湾人はたしかに中国の方からも影響されてゐるけれど、台湾人の文化面或いは精神面で日本からの影響が強く、非常に日本と共通するところが多い。台湾と中国は社会構造も文化構造も非常に違ふ。なぜさういふ風に中国と異なる文化現象が出てきたかといふと、日本の影響もその一つの理由ではあるけれどそれだけではなく、台湾には多層の文化層があるからだといふことです。

たしかに台湾と中国とは共通の文化要素と基層があるけれども、台湾文化の仕組みは日本と同じです。台湾と中国は多くの文化的要素は共有してゐるけれども、台湾と日本は文化の仕組みは同じだから、中国からの影響よりも日本からの影響が強いといふ面があります。

■武士道精神と冒険精神

明治維新以後の日本の文明的現象は、簡単な言葉で表現すると文明開化と殖産興業です。その波及的効果として台湾に強く影響を与へ、台湾文化は日本の第二の文明開化として日本文化との類似性が出てきたのではないか。特に精神面では日本から非常に強い影響を受けてゐます。

台湾人の精神史を分けると前近代と近代とに分けられる。前近代の台湾人と近代の台湾人とは、精神面では全く違ふ人種であると言へるほど異なると私は思ひます。台湾でおぢいさんの代と孫の代といふのは、精神的に或いは文化的に強い断絶があるのではないか。

本日のテーマに関して六つの視点から日本の精神と文化を取り上げたいと思ひます。日本文化に関しては非常にユニークな、外国人が解り難いものとして、もののあはれとか、わび・さびとか、或いは日本人独特なけじめ、思ひやり、いさぎよさ、とか、或いは生きざまといふやうないろいろなものがありますが、わかり易いところから話を進めたい。

台湾で日本と言つて連想するのは武士道です。台湾は武士道にあこがれてゐる。十年くらゐ前、台北市議会で或る汚職事件に絡んだ議員が議会に刀を持つて登壇して「もし私があの事件に関係したことが事実とすれば切腹する」と言つた。台湾で切腹するといふこと、或いは武士道といふことは一つのプラスの価値として認めてゐる。日本では武士道を言へば右翼ではないかとみられる。武士道に関しては台湾の方が日本以上にプラスの価値としてゐる。勇気と決断、死と生とを見つめるといふ一つのシンボルとしてゐます。さういふ考へ、価値観といふやうな文化は何時ごろから台湾に定着したかといふと、台湾には昔もあつたらしい。全ての台湾人がさういふものを持つてゐるものではなくて、原住民の一つであるタイヤル族は昔から持つてゐたらしい。タイヤル族は日本人と共通する武士道{閲~を持つてゐるから、台湾で一番激しく日本統治に抵抗した。大正の時代に入つてからやつとタイヤル族が平定されたのは、第四代総督佐久間佐馬太大将の時代でした。大東亜戦争当時一番勇敢に戦つた高砂義勇隊にはタイヤル族が多かつたし、戦後戦死しなかつたタイヤル族の志願兵が村に帰つ・u桙トきた時、村の女性は「一たん戦場に出たのになぜ生きて帰つてきたのか」といふやうな抵抗が強かつたといふ。といふことはタイヤル族の中に武士道精神が残つてゐた、と言はれてをります。

台湾が始めて武士道精神を見たのは明治時代です。十九世紀の末頃(明治二十八年、日清戦争後)から日本の兵士だけではなく技術者、医師、学校の教師、警察官が台湾にきた。日本人は清国人とは全く違ふ人種であるといふことを台湾人は直感した。さういふ当時の教育を受けた方々は、やはり戦後教育を受けた方々とは全く違ふ。李登輝前総統は辞めてもまだあれほど元気で、あれほど思想の一貫性を主張してきたのも、教育背景が違ふのではないか、と思ひます。

昨年、戦後最大規模ともいえる国会議員三十数名を含むある大訪問団が訪台し、李登輝と会見したことがありました。その会見の場に臨席した某氏から聞いた話ですが、李登輝は八十歳くらゐの歳であるのに、きちつとした姿勢で話をしてゐたが、同会議員たちは足を組んだりだらしない格好で見られたざまではなかつた、言葉づかいもめちやくちやで恥さらしだと怒つてゐる。最近出た石原慎太郎氏の『日本よ』にありましたが、石原氏が平成十二年五月、台湾の政権交代で陳総統の就任式に出席した時、李登輝が演説の後壇上から下りる顔を見て「あのさはやかな表情を私は忘れられない。あれはまさしく侍の顔、心ゆくまで戦ひを終へた侍の澄みきつた清明な表情だつた」と書いてゐます。やはりさういふやうな顔から出てくる精神、或いは元気さといふのは、戦後の日本にだんだん消えてゆくのではないか、と私は思ひます。

二番目に、日本人の精神と文化の中で特に台湾で注目されるのは、知らない事への探求の精神と冒険の精神です。これは台湾から見れば非常に珍しいことで台湾には無いことです。例へば台湾で一番高い山は新高山で戦後は玉山と名前を替へましたが、一番最初に登頂したのは日本人です。山に登つて探求する冒険的精神、或いは開拓精神といふのは当時明治時代にもそれ以後も日本人が持つてゐた。台湾開拓史を見ますと台湾の開拓だけでなく、朝鮮でも満州でも同じなのですが、日本人村を作つて植民地にする、といふやうな話ではない。いかに未開の土地を開発するか、といふことです。当時の日本人にはさういふやうな人が多かつた。

台湾に対して一番貢献したのはどういふ方々かといふと、当時の動植物学者、地質学者たちです。さういふ方々が山の中に入つて調査し、開拓の基礎を築いた。当時の山々と今の山々は全く違ひます。昔の山といふのは首狩族がゐて、山に入ればいつ首を取られるかわかりませんから、山の中に入つて調査するのは、台湾人からみればバカではないかと思ふことでした。蝶々といふのは何のために調査するのか、或いは数週間も数ヶ月も山の中を歩き続けて動物、植物の調査をやつてゐる。しかし、その成果は非常に大きい。例へば一匹の害虫の研究に成功しただけでも、台湾のサトウキビとかいろいろな農作物の収穫が三~四倍増えた、といふ貢献もある。さういふ未知への探求の精神は当時の日本人に強かつた。

当時の日本人の冒険的精神に多少触れましたが、戦後はそれがだんだん見えなくなつた。戦前戦後の日本の変化を見ながら、私は拓殖大学で百年史の編集のためにいろいろな昔の人の日記とか回顧録を見ましたが、一番感動したのは明治維新前後に生まれた人たちの生き方です。明治時代の人たちは軍人だけではなく、教師も医者も労働者も国家といふものを持つてゐた。戦後になると国家といふ意識がだんだん薄くなり、或いは消えて、昭和から平成になると今の若い奴は何を考へてゐるかさつぱり分からない、といふところがあるやうになつた。

■素晴らしかつた日本の教育

台湾領有が始まつた当時の日本人の調査は非常に緻密なものでした。日本の調査隊が初めて発見した、台湾で非常に有名な阿里山の原始林ですが、百六十平方キロの中の木を一本づつ数へてゐる。又、当時の日本人はいかに記録を大事にするかといふ点を申しますと、後藤新平民政長官時代から始まつた台湾の医学年史は、毎年欠かさず終戦まで書いてきた。台湾に関する調査で非常に細かく書かれてゐるものとしては、第一代目総督樺山資紀海軍少佐時代当時の調査記録があります。日本人の調査能力と正確さ、特に時間の正確さ、特に時間の正確さは世界無比です。

さういふ正確さといふのは日本人の近代人としての精神の一つの所として、日本の近代化に対して大きな影響を与へたのではないかと思ひます。特に、アジアの国々の中でなぜ日本だけが近代化に成功したのかといふと、私は二つの理由があると思ひます。

一つは、当時資本蓄積できるアジアの国々は日本を除いてどこにも全くできなかつた。もう一つは技術開発力で、技術開発は日本人以外にはどの国の民族でもできなかつた。だから明治維新以降、日本人独特の資本蓄積と技術開発によつて、その技術と資本の移転によつて、台湾も朝鮮も、満州も、それ以外の東南アジアの国々も近代化ができた。さういふ細かい所から分析してゆくと、やはり日本の貢献が大きい。明治時代からの日本人の物事に対する観察力と徹底した綿密な厳格な調査の精神、或いは時間を守る精神といふのは、台湾人に大きな影響を与へたのではないかと思ひます。

もう一つは、いはゆる公の精神です。戦後日本人はだんだん公よりも個、つまり個人、私人、私の方を大事にするやうになつた。戦後の日本人は国について本当に真剣に考へてゐるのは非常に少ない。国会議員の中でも実際国について考へてゐる者は一人か二人くらゐで後は殆どゐない。彼等が一番欲しいのは利権です。戦後の日本の政治家の一つの特徴は国といふよりもお金、といふのは悲しいけれど現実です。なぜさういふやうなものになつたか、といふと教育ではないかと思ひます。

日本は台湾の教育に大変な力を傾注した。台湾領有当時の台湾の教育水準は非常に低かつた。台湾関係の本で当時の教育を受けた人口、いはゆる読み書きのできる者は全人口の二%と書いてある本があるが、これは嘘です。私はいろいろ資料を調べたが二%といふ高い数字は出てこない。明治三十年に発表した台湾の書房、日本で言へば塾ですが、そこでの就学率は〇・六%だつた。百人のうち学校に行つて勉強するのはまだ一人になつてゐない。日露戦争の前後になつて、いろいろな統計数字が出てきますが、やうやく二%になつてゐます。一〇%に入るのは大正末期です。台湾人はあんまり勉強したくないから生徒を獲得するのに大変な苦労をした。説得したり、生徒に給料・給食が支給される。教師の給料が十五円で生徒は十円です。そこまで一生懸命に教育の普及に努めた。その教育の内容は公が基本で、いかに国民として公に捧げるか、といふことでした。そのやうな当時の教育は素晴らしかつた。戦後日本の教育とは全く違ひます。

最期に二つだけ強調したい。台湾が持つてゐるのは頑張る、一生懸命といふことです。この頑張る、一生懸命といふのは、アジアの国々で農民は大抵さういふ精神を持つてゐますが、台湾で頑張るといへば、「パーピヤ(打拚)」で、台湾で一番はやつてゐる言葉なのです。台湾はこの言葉を一般的によく使はれてゐる。この頑張るの精神は一体どこから来たのかと言ふと中国には在りません。私は十年前に『それでも日本だけが繁栄する』といふ本を出しました。その中で日本の様と中国の神様とは大変違ふ、といふことを書きました。例へば天照大御神でも機を織つてをられる。勿論水の神とか畑の神とかをられて、神様は遊んでをるのではない。作る、働く、神は人とともに働く、これは日本の神様なのです。中国の神様といふのは働かない。働かないのが神様で、いはゆる仙人です。神仙といふのは朝から晩まで雲に乗つて遊んでゐるだけです。これは中国の人間の最大の願望といふのは仙人になるといふことです。中国の仙人といふのは死なないで生命の無限の延長・長寿が仙人になるといふこと。要するに「遊ぶ」といふのは中国人の願望であつて、日本人は「一生懸・uハ燭貌・・廚覆里任后・世・蘰・・鎖世・世鵑世鷯辰┐罎・伴匆颪和面椶砲覆襪掘・餡箸眤面椶砲覆襦・気Δい娑貔厳燭貌・・萃イ訐鎖澄△い呂罎襦崑・・Γ乙外胸」の精神は台湾でも受け継いでゐます。

最後に申したいことは、だんだん変はつてきたのは、かつての日本人は「全て水に流す」といふ考へ方であつたが、近頃それがなくなつてきた、といふことです。「過去にはとらはれない」とはどういふ意味かといふと、現在と未来が過去よりは大事だから、過去は問はない、といふ意味です。しかし最近だんだん違つてきて、さういふやうな水に流すといふやうな考へはなくなつて、伝統的価値も伝統文化も否定されて今日に至つてゐるのではないかと危惧されます。

私は日本に来てから今年で満三十九年、来年は四十年になります。どちらかといふと台湾人といふよりも、だんだん日本人的になつてきて、物事の考へ方も行動のパターンも日本人に近づいてきた。この四十年間だけでも、日本のいろいろな伝統的な美徳、或いは伝統的文化と価値観、特に伝統精神がだんだん消えていつてゐる姿をみると、将来の日本は一体どうなるのかと非常に心配してをります。



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World United Formosans for Independence

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