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アジア太平洋の平和のためにも、台湾国憲法が必要である 宗像隆幸 2004-12-13

アジア太平洋の平和のためにも、台湾国憲法が必要である 2004-12-13 12:49:27
宗像隆幸
群策会「台湾新憲法国際シンポジウム」論文 2004年10月31日

国際社会は中華民国を主権独立国と認めていない

 台湾では、「中華民国は主権独立国家なのか、否か」という点で見解が対立している。しかし、「国際社会において、中華民国は主権独立国家であることを認められているか」という視点から見たら、論争の余地はないはずだ。

 台湾で「主権独立国家」と呼ばれているのは、「国家主権を持つ完全な独立国家」という意味であろう。国際社会ではこのような国を一般に「主権国家」と呼んでいるから、以後は「主権国家」と書くことにする。国際法によって、全ての主権国家には、「独立権」と「平等権」が認められている。「独立権」とは、独立国家として国際社会に参加することを認められる権利であり、「平等権」とは、国家の大小等にかかわらず、独立国として国際社会で平等に扱われる権利である。この権利に基づいて、全ての主権国家は、世界の国々と相互に承認して国交を結び、国際連合をはじめとする国際機関にも参加している。しかし、中華民国は、世界の大多数の国々から承認を得られず、主権国家であることを参加資格とする国際機関への加入も認められていない。

 このような情況が生じたのは、国際社会が中華民国は主権国家ではないと認定したためであり、決して中国(中華人民共和国)の圧力によるものではない。米国は半世紀にわたりキューバを国際的に孤立させようと努力してきたが、他の国々にキューバと断交させることはできず、キューバを国連から追放することもできなかった。米国の力をもってしても、そんなことは不可能なのである。中華民国の国際的孤立化を決定づけたのは、1971年のことであった。当時の中国は現在よりはるかに経済的には弱体であり、しかも国内は文化大革命で混乱していたから、中国は大きな国際的影響力を持っていたわけではなく、中華民国は自らの外交的失敗で国際的に孤立したのである。

蒋介石と米国の失敗で、中華民国は国連から追放された

 国連憲章第23条には 5つの安保理常任理事国の国名が書かれているが、現在も「中華民国」と書かれたままであり、「中華人民共和国」の文字はどこにもない。それなのに中華人民共和国が安保理常任理事国になっているのは、「中華民国は中華人民共和国に継承されて消滅したので、国連憲章に書かれている中華民国の文字は中華人民共和国を意味する」と解釈されているからである。これを見ても、中華民国の国名を用いている限り、台湾が国際社会に参加できないことは明白であろう。このようなことになったのは、1971年10月25日に国連総会が第2758号決議案を可決したためである。

 1949年10月 1日に中華人民共和国が成立すると、ソ連とソ連圏諸国はただちに中華人民共和国を承認し、ソ連は1950年 1月13日の国連安保理事会で、中華人民共和国を中華民国に代えて国連に加盟させ、安保理常任理事国とすることを提案したが、この提案は米国などの反対で否決された。そのことに抗議してソ連が安保理を欠席していた間に、北朝鮮軍が韓国に侵攻して朝鮮戦争が始まった。朝鮮戦争が始まったのは1950年6月25日であり, 6月27日に国連安保理は「韓国を支援して北朝鮮軍を撃退することを国連加盟国に要請する」米国案を採択した。ソ連は安保理を欠席していたために、拒否権を行使してこの提案を葬ることができなかったのである。こうして史上初めての国連軍が編成された。米軍を主力とする国連軍が北朝鮮軍を撃破して中国との国境近くまで追いつめた10月19日、中国は北朝鮮を助けるために軍事介入し、中国軍は国連軍と戦うことになった。中国は国連の敵になったのである。中国と戦うことになった米国では、中国の共産化を許した過去の対中国政策が厳しく批判され、中国軍との戦いで多数の犠牲者を出したために、米国民も厳しい反中国感情を抱くことになった。このような情況を背景に、米国は「中国封じ込め政策」をとり、中国の国連加盟を阻止する手段として、中華民国の国連における地位を擁護した。

 しかし、中国大陸の寸土をも統治していない中華民国が中国代表として安保理常任理事国のポストを占めているのは虚構であり、異常であった。年月がたつに従って、次第に中国の国連加盟を支持する国が増えたので、米国は「中国代表権問題」を国連憲章第18条に規定されている「重要問題」に指定する政策を採用した。国連総会の過半数で「重要問題」に指定できるが、「重要問題」に指定された問題の可決には、国連総会の 3分の 2以上の賛成が必要である。1970年の国連総会では、中国の国連加盟を支持する国が51票で、初めて反対の49票を上回ったが、重要問題に指定されていたために、この提案は否決された。

 1971年 7月、ヘンリー・キッシンジャー米大統領補佐官が訪中し、翌年にニクソン米大統領が中国を訪問することになったと発表された。米国は「中国封じ込め政策を」を放棄したのだ。ベトナム戦争の泥沼にはまり込んでいた米国は、北ベトナムと和平協定を結んでベトナムから撤兵するために、中国の協力を必要としたのである。米国の政策転換によって、1971年秋の国連総会で中国が国連に加盟することは決定的になった。

 米国は、中華人民共和国を安保理常任理事国として国連に加盟させ、中華民国は1加盟国として国連に残す方針を発表した。中華民国が国連に残ろうと思えば、安保理常任理事国のポストを返上するだけでよかったのである。そのとたんに、中国を代表するのは中華人民共和国か中華民国かという、「中国代表権問題」は消滅する。そうなっていれば、国連加盟国の除名には安保理の勧告が必要であり(国連憲章 6条)、さらに国連総会の3分の2以上の賛成が必要だから(同第18条)、安保理で米国が拒否権を行使するだけで、中華民国の議席は守れたのである。

 米国政府は、安保理常任理事国のポストを放棄するよう蒋介石を説得したが、彼は「中華民国が中国の正統政府である」という主張を曲げなかった。しかし、これは独裁者の面子を守るための建前論であり、蒋介石の本音は別だったと思われる。周書楷外交部長(外相)は、国連総会に出席するために訪米する前の 9月13日に、蒋政権の幹部を集めた会合で、「国連総会に残ることが重要であり、総会に残れば、北京は入ってこないかもしれないし、たとえ北京が国連に加盟したとしても、我々は総会にとどまることが必要だ」と語ったと言われている。また、 9月15日の『聯合報』は、社説で「国連は我々にとって非常に大きな財産であり、固守するに値する陣地である。」と書いている。蒋介石の許可なしに、周書楷がそのような発言をできるわけはなかったし、台湾の新聞がそんなことを書けるはずもなかった。当時の中華民国は、米国と国交があり、米国と安全保障条約も結んでいたのだから、「中華民国が国連から追放されたら、いずれ米国は中華民国と断交せざるを得なくなり、安保条約も廃棄せざるを得なくなる。米国案が国連で通ったとしても中華民国は安保理常任理事国ではなくなるのだから、国連の一般議席を確実に守る為に、常任理事国のポストを返上せよ」と、米国が強く蒋介石に迫っていれば、彼にはそれを受け入れる以外に選択の余地はなかったはずだ。ところが米国は、蒋介石の建前論を簡単に信じてしまい、「国民政府の国連代表権剥奪をもたらす如何なる提案も国連憲章第18条に基づく重要問題である」という重要事項指定案を国連総会に提出して過半数を取れず、第2758号決議案が可決されてしまい、蒋政権は国連から追放されてしまったのである。

国連も台湾の法的地位が未定であることを認めた

 1971年10月25日に国連総会が採択した第2758号決議案には、「中華人民共和国の代表が、国連における中国の唯一の合法的代表であり、蒋介石の代表を国連および全ての国連機関から即時追放する」と書かれている。これはアルバニアを通じて国連総会に提出されたので、アルバニア決議案と呼ばれているが、中国の周恩来総理の苦心の作であった。

 中国は、安保理常任理事国として国連に加盟すると同時に、中華民国を国連から追放したいと強く望んでいた。中国が安保理常任理事国なっても、中華民国が一般議席に残れば、国連が中国と台湾に異なる国家が存在する事実を認めたことになり、中国と台湾の問題は国内問題ではなく、国際問題になってしまう。国連憲章第2条4項は、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、如何なる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他の如何なる方法によるものも慎まなければならない。」と定めている。中国と台湾の関係が国際関係と認定されたら、中国は台湾に対して武力で威嚇することも武力を行使することもできなくなり、中国による台湾「統一」は不可能になるのである。

 第2758号決議案に「中華民国を国連から追放する」と書けば、国連加盟国の除名になるから、そのような決議案が国連で採択されることはありえない。そこで周恩来は、「蒋介石の代表を国連から追放する」と書いたのである。中華民国は主権国家ではないから、国連で中華民国代表と名乗っているのは、単なる蒋介石の代表にすぎない、という意味なのだ。

 主権国家として認められるためにどうしても必要な条件は、国民と領土と、それを統治している政府が存在することである。当時の台湾には約1,500 万人の国民が存在し、中華民国政府がこの国民を統治していた。国民と政府の存在は否定できない現実だったから、台湾が中華民国の領土であることを認めると、3条件が揃って中華民国を主権国家と認めざるを得ない。戦争の結果に基づく領土変更は平和条約によって決定されるのが原則であるが、1951年に締結された「日本国との平和条約」(サンフランシスコ平和条約)は、日本が台湾と澎湖島を放棄することを決定しただけで、その帰属については何も決めなかった。台湾の国際法上の地位は未定であり、中華民国の領土ではないのである。国際法で認められた領土を持っていない中華民国には、主権国家の資格がないことになる。周恩来が目をつけたのは、この点であった。中華民国は金門と馬祖を領有していたが、これらの島は中華人民共和国の領海の中に存在しているから、主権国家として認められるために必要な領土には相当しない。中国大陸の領土を失った時点で中華民国は、消滅して中華人民共和国に継承されたのであり、中華民国を名乗っているのは、台湾を占拠して中国への叛乱を続けている蒋介石の徒党にすぎない、というのが中国の解釈であった。中国は、カイロ宣言とポツダム宣言で台湾と澎湖島は中華民国の領土になったのであり、中華民国は中華人民共和国に継承されたから、台湾と澎湖島は自分達の領土であると主張しているから、第2758号決議はこの主張と矛盾している。しかし、これ以外に中華民国を国連から追放する手段はなかったのである。

 第2758号決議案が採択される直前の1971年10月21日、周恩来は 2回目の訪中を行ったキッシンジャーに対して、「もしこれが通れば、台湾の地位は未定ということになります」「もちろん、アルバニア決議案を支持する国々は、このような側面について考えたことはないでしょう」と語っている。台湾の法的地位が国連で問題になることを恐れた周恩来は、米国が台湾の法的地位未定論を持ち出さぬよう、キッシンジャーに何度も念を押している。『周恩来 キッシンジャー 機密会談録』(岩波書店、2004年発行、 159ページ参照)

 現実は周恩来の思惑どおりに進行した。アルバニア決議案に賛成した国も反対した国も、中国を代表するのは中華人民共和国か中華民国か、という点だけに気を取られて、台湾の法的地位については論議されることなく、第2758号決議案は可決されたのである。しかし、大半の国々が気づかなかったにせよ、第2758号決議によって、国連は台湾の国際法上の地位が未定であることを認めたのであり、それ以後、国連はこの見解に基づいて台湾に関する事務を処理している。

台湾中華民国領論は、中国を利するだけ

 台湾ではいまだに「カイロ宣言を根拠として台湾は中華民国の領土になった」という解釈がまかり通っていることは、不思議でならない。カイロ宣言を一読するだけで、その中の台湾条項が国際法上の効力を持たないことは明白だからである。「カイロ宣言」と大げさな名称で呼ばれているが、これは条約でもなければ共同声明でもなく、第2次世界大戦中の1943年11月に、ルーズベルト米大統領、チャーチル英首相、蒋介石中華民国総統の3同盟国首脳がカイロで会談を行った後、報道関係者に配布されたニュース・リリースにすぎない。そのなかに3同盟国の目的の 1つとして、「満洲、台湾および澎湖島のような日本国が清国人から盗取した全ての地域を中華民国に返還する」と書かれている。台湾と澎湖島は日清戦争の結果、国際法に基づく平和条約によって清国が日本に割譲した領土であり、日本が盗取したわけではない。台湾と澎湖島は米国のものでも英国のものでもなかったのだから,両国の首脳にその処分権がないことも明白だ。しかも、それは「3同盟国の目的の1つ」として挙げられているだけだから、蒋介石に対するリップ・サービスにすぎず、平和条約で確認されない限り、国際法上の効力を持ちえないのである。

 1945年 7月に米大統領、英首相、中華民国主席の3首脳が連名で発表したポツダム宣言第8項に「カイロ宣言の条項は履行されるべきである」と書かれているが、これは日本に対する降伏勧告である。日本はポツダム宣言を受諾して戦闘は停止されたが、国際法上の戦争は終結したわけではなく、降伏勧告によって領土変更が行われることもない。交戦国間の平和条約によって、国際法上の戦争は終結するのであり、領土変更も行われるのである。

 サンフランシスコ平和条約に参加しなかった中華民国は、1952年 4月に日本と平和条約を締結した。蒋政権は、日本に中華民国の台湾と澎湖島に対する領有権を認めよ、と強硬に要求したが、日本はこれを拒否して、サンフランシスコ平和条約で日本がそれらの領土を放棄したことを再確認するにとどまった。

 1972年 9月に発表された日中共同声明によって、日本は中国と国交を正常化したが、この共同声明には、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第 8項に基づく立場を堅持する」と書かれている。日中共同声明が発表された翌10月、大平正芳外相は「日中国交正常化交渉を終えて」と題する講演を行い、「台湾の領土権の問題。中国側は『不可分の一部』と言い、日本はこれを『理解し、尊重する』といった。『承認』するとは書いていない。台湾は……サンフランシスコ平和条約で放棄した所。……日本としても、棄てたものは誰々のものとは言えない立場にある。」と語り、日本は台湾の領土問題に言及する立場にないことを確認している。日中共同声明は妥協の産物であり、あいまいな表現が多いので、誤解を避けるために大平外相はこのような説明を行ったのであろう。

 台湾が中華民国の領土であるという主張には、何ら国際法上の根拠がないばかりでなく、台湾側がそう主張すると、「中華民国は中華人民共和国に継承されたのだから、台湾も中華人民共和国の領土である」という中国の主張を勢いづかせるだけなのである。

台湾国憲法によって、台湾の法的地位の確定と法的民主化を達成できる

 それでは、帰属未定の領土の帰属を決定する権利は、誰が持っているのか。第二次大戦後、人民自決の権利が国際法として確立されたので、今日ではその土地に住む人民だけが自分達の土地の帰属を決定する権利を持っている。

 国連憲章は第1条で「人民自決の原則」を定めているが、1960年の国連総会で採択された「植民地独立付与宣言」で、詳しく人民自決権の内容が規定された。それは1966年の国連総会で採択された国際人権規約に受け継がれ、その第 1条第 1項で次のように規定された。「すべての人民は自決の権利を有する。この権利に基づき、全ての人民は、その政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的および文化的発展を自由に追求する」。人民が自らの政治的地位を決定する権利を奪われることは、最も基本的な人権の蹂躙だから、国際人権規約は冒頭に人民自決の原則を掲げたのである。

 台湾人民が台湾の法的地位を決定する手段としては、台湾人民が自決権を行使して、台湾国憲法を制定するのが最適であろう。中国人のために中国人によって中国で制定された中華民国憲法が、台湾の基本法とされている現状は、法的には台湾がいまなお植民地状態に置かれており、民主化されていないことを意味している。民主主義の基本原理は、人民が自ら自分たち自身を統治することである。すなわち、民主主義とは、人民が直接に制定するか、あるいは自分たちが選出した代表を通じて制定した法に従うことである。従って、他人が制定した憲法に従っている限り、法的には台湾はまだ民主化されていないのである。台湾の主権者である台湾人民が、台湾国憲法を制定して中華民国憲法を廃棄すれば、台湾の法的地位を決定すると同時に、台湾の基本的な法的民主化も達成できるのだ。人権と民主主義を否定する者でない限り、台湾人民の基本的人権と民主主義に基づく台湾国憲法の制定に反対できないはずである。

アジア太平洋の平和と安定のために必要なことは、
台湾を国際社会に参加させることである

 現在、米国は台湾人が自分たちの憲法を制定することに反対している。このことが台湾憲法制定の最大の障害になっているが、米国は台湾の情況を十分に認識した上で反対しているわけではなかろう。

 現在の米国の台湾に対する態度を見ると、1971年の情況とよく似ている。あのとき、米国が蒋介石に安保理常任理事国のポストを返上させていれば、国連は中国と台湾に別々の国家が存在する現実を認めることになり、台湾問題は解決されていたのである。ところが米国政府は、ベトナム問題で中国の協力を取り付けることだけに気を奪われて、台湾の情況を十分に把握せず、台湾問題を解決する絶好の機会を逸した。現在も米国は、北朝鮮問題や対テロ問題で中国の協力を取り付けることだけを考えて、台湾問題をどのように解決するかということは念頭にない。

 例えば、この夏、ジョン・ケリー上院議員(民主党大統領候補)は、「1国2制度を香港のように台湾にも適用し、併合を進めるべきだ」(産経新聞、 7月12日)と語った。台湾が中国に併合されたら、2, 300万台湾人民は中国共産党政権の支配下に置かれて自由と民主主義を失うことになる。そうなると台湾海峡だけでなく、中国がすでに国内法で自国の領海と規定している南シナ海も現実に中国の支配下に置かれて、東南アジア諸国は中国の重圧に苦しむことになり、日本や韓国は生命線ともいうべき重要なシーレーンを中国に押さえられることになる。その結果、日米安保体制は崩壊して、アジア太平洋地域は大混乱に陥ることになろう。

 この10月に訪中したパウエル米国務長官は、「台湾は国家としての主権を保持しているわけではない」「誰もが望む統一という結果に疑いを生じさせるような単独の行動をとるべきべきではない」(産経新聞、10月27日)と語った。「誰もが望む統一」とは、どういうことなのか。前述したような結果を招き、中国が東アジアで覇権を確立することを、中国以外の誰が望んでいるのか。米国は、それを望んでいるのか。そんなはずはなかろう。
 ケリー上院議員やパウエル国務長官の発言は、米国の台湾に対する認識が如何に浅薄であるかを示している。もし、米国が再び台湾問題で大失策を犯したら,1971年のときとは比較にならない大惨事を招くことになるのだ。

 パウエル国務長官は、「台湾は国家としての主権を保持していない」といったが、それは事実である。台湾問題を解決して、アジア太平洋地域の平和と安定を確立するために必要なことは、台湾を主権国家にして、世界の他の国々と同じように、台湾を国際社会に参加させることなのだ。そのために、台湾は台湾国憲法を必要としているのである。



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