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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

Author:阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。
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青森李登輝友の会ブログ

日本李登輝友の会の青森県支部です。略して「青森李登輝友の会」です。 皆様宜しくお願い申しあげます。

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日本の鏡・台湾 2004年10月28日 栃木にて

西部 今日は「日本の鏡・台湾」という題目で林建良先生に講演して頂きます。
林先生は台湾から来られて東京大学の医学部を卒業され、今は栃木県の病院でお
医者さんをやっておられる。と同時にというか、それ以上に林先生が著名なのは
台湾の独立運動の闘士としてでありまして、特に李登輝先生のいわば懐刀とし
て、独立運動の日本本部国際部長の立場にあられる。台湾独立運動といっても色
々と幅のある運動なんでしょうが、そのなかでも過激……と言っては失礼でありま
すが(笑)、もっとも一貫した言動をなさっている方だと聞き及んでおります。
 私が今日、先生をお呼びしたについては、「日本の鏡・台湾」というところに
意味を込めたつもりです。
 ちょうど戦後六十年になりますけれど、日本はサンフランシスコ講和条約で独
立したと言いながら、実質上その独立は形骸と化しておって、アメリカの属国と
言われても詮無いような姿を徐々に強めているぐらいの状況です。
 そして台湾はというと、国際社会は強かれ弱かれ「一つの中国」││台湾は中国
のものであると公に認めていて、今のアメリカのように、台湾は中国のものだけ
れども現状変更は好ましくない、といった現状追認が精一杯である。
 「アメリカと日本」「中国と台湾」というのは、ほぼ相似の関係におかれてい
ると言えるのではないか。もちろん台湾のことそれ自体にも小さくない関心があ
るわけですが、特に日本のことを考えたときに、その関心は強まりこそ弱まるこ
とはないわけです。

台湾人は漢民族ではない

林 私は学者でもなく政治家でもありません。独立建国運動に参加する一人の台
湾人としてここに参りました。もし皆さんが格調高い知見や客観的な評論を期待
されていたらがっかりすると思いますので(笑)、あらかじめご承知ください。
 台湾という国を、日本の皆さんは知っているようで知らない。多くの日本人
が、どうせ中国と同じ民族なんだから仲良くやればいいじゃないか、と言われ
る。一般の日本人ばかりではなく、台湾について勉強している学者・研究者でさ
え、そういうことを言います。つまり台湾人は、二%の原住民、一三%の外省人
(つまり蒋介石と一緒に台湾にやってきた人間)、残り八五%の本省人(戦前に
台湾に移住してきた人間)で、要するに九八%はもともと漢民族ではないかと。
 これは、かなりの誤解なんです。ほとんどの日本人が、台湾人は漢民族である
と考えている。何より我々、戦後の台湾人もそのような教育を受けてきた。お前
たちはもともと中国人なんだと。
 台湾という国が歴史のなかに出てきたのはつい最近で、十七世紀になってから
です。ではそれ以前、台湾にはほんの一握りの人間しか存在していなかったか。
そうではありません。台湾が歴史に登場したのは一六二四年で、オランダがアジ
アとの貿易をするうえでの中継点としてでした。ご承知の通り当時のオランダ
は、非常に航海技術が優れていて、貿易が盛んだった。今の会社の原型といわれ
る東インド会社も彼らによってつくられた。当時の彼らは、西洋のものを日本や
中国に売り、あるいは東洋のものをヨーロッパに売ったりしていた。オランダは
その中継点として、台湾と中国のあいだにある小さなZ型の島で大きさは新潟県
の佐渡島の約五分の一ぐらいの澎湖島という島を選んだ。当時の明朝はその島を
めぐってオランダ軍と戦い、結局は和解したわけですが、明朝の条件としては、
澎湖島は返してもらう、その代わりに台湾をあげるからというものでした。台湾
は中国にとって、そのくらい無用なものだった。そして一六二四年、オランダ人
が台湾を統治することになった。それが台湾人の体験した初めての国家としての
権力であったわけです。
 当時の台湾の人口は五〇万でした。つい十年前まで、台湾では原住民のことを
山胞つまり山に住んでいる民族と呼んでいましたが、確かに三分の二は山でも三
分の一は平野です。住みやすい平野に人が住まなくて山にばかり住んでいるなん
ていうおかしなことはない。当時の台湾人のうち二〇万は山に、三〇万は平野に
住んでいた。ちなみに当時の台湾でいちばんの資源は鹿でした。台湾産の鹿の皮
がとっても綺麗だったので、日本の武士は兜のお飾りにしていたわけです。
 オランダ人は台湾を統治するために、中国から労働者を輸入します。その数は
七?八〇〇〇人。五〇万のなかの八〇〇〇です。
 鄭成功が清に負けて台湾に逃げてきたのが一六六一年ですから、オランダの統
治は三十八年間つづきました。今、台湾人が中国人の子孫であり後裔であるとい
う根拠は、鄭成功がたくさんの中国人を連れて海を渡ったというところに求めら
れている。しかし一六六一年の台湾の人口は六二万であり、中国からやってきた
鄭成功一族と彼の軍隊はそのなかのたった三万人なんです。
 その一族が二十二年間台湾を統治して、清朝に滅ぼされた。当時の台湾の人口
は七二万で、そのとき清朝が連れてきた軍隊はほんの数千人です。なぜ中国人が
台湾に行きたがらないかというと、当時の台湾は瘴癘[しょうれい]の地だっ
た。瘴癘とは風土病のことで、マラリアをはじめ猩紅熱、腸チフス、百日咳……あ
りとあらゆる伝染病が台湾に蔓延していた。外部からやってきた人間は、当時の
中国の諺として「台湾に十人行けば七人死んで一人逃げ帰る。残るのはせいぜい
二人」というのがあったほどです。
 実際、清朝は二〇〇年のあいだ台湾を統治するわけですが、その間、統治者は
三年交替だった。三年交替の統治者で生きて中国に帰れたのはほんの数人、十人
を超えていないんですよ。もちろん統治者としてやって来るわけですから、いち
ばん良い食事、いちばん良い環境、いちばん良い住まい、つまりいちばん良い衛
生状況のはずです。その彼らがほとんど台湾で死んでしまうくらい、台湾の風土
病は怖かった。
 そして一八九五年に日本が台湾を領土にしたときの人口二五〇万のうち清朝の
人間は、ほとんど中国に引き揚げた。だから、我々が漢民族であるということは
間違っています。
 清は、いろんな階級に分けて台湾人を統治しました。漢人つまり漢民族しか苗
字を持っておらず、原住民のことは、野蛮人を指す「蕃」を使って生蕃・熟蕃と
呼んだ。この戸籍制度は、日本の統治時代まで使っていましたが、熟蕃というの
は漢民族と一緒に住んでいる、人を殺さない野蛮人を指す。山に住んでいる台湾
人は首を狩るんです。そのことを我々は出草といいます。自分が一人前の男であ
ることの証明として人の首を狩り、狩った首はお飾りとして自分の家の前に並べ
ておく。この首の数が多ければ多いほど立派な男ということになる。私のなかで
ときどき血が騒ぐのは、その遺伝子のせいかも知れません(笑)。
 生蕃には重税が課せられ、熟蕃はやや軽い。漢人はいちばん軽い。そうする
と、熟蕃は競って漢人になろうとする。当時の清朝としても、じゃあ、あなたの
媽媽名前は林にしましょう、あなたは王にしましょうと苗字を与えた。もともと
苗字のない人間が苗字をもらって漢民族になろうとしたわけです。生蕃もできる
だけ熟蕃になろうとした。ですから台湾人は漢民族であるというのはつくられた
虚像で、要は統治者の都合でそうなったわけです。
 台湾人の人口は、一六二四年の五〇万から一九四五年にはざっと六〇〇万にな
りました。環境などを考慮すると、その成長率は非常に合理的な数字です。清朝
統治の二〇〇年間には、台湾に渡るなという禁止令があって、それは台湾が非常
に長いこと海賊の巣になっていたのて、人が増えることは好ましくなかったから
です。できるだけ台湾に渡らせないようにしようというのが清の姿勢だった。日
本が接収した当時の人口は二五〇万で、もちろん日本統治の五〇年間に中国から
台湾に移住してきた中国人はほとんどいなかった。正常な人口の成長で、五十年
間で六〇〇万になったんです。一九四五年に台湾から引き揚げた日本人が四〇万
いますから総数として六四〇万ということになります。そのなかにもし中国人が
いたとしても、ほんの少数です。統計的にもそうだし、台湾の馬偕記念病院の血
液学の教授、林媽利先生が、人間のリンパ球の遺伝子を調べて、台湾人と漢民族
の遺伝子がまるっきり違うことを証明しています。台湾人は漢民族ではないのです。

台湾を見捨てた日本

 「日本の鏡・台湾」という今日のテーマには、一台湾人として非常に恐縮して
います。しかし鏡というのは良い意味でもあれば悪い意味でもある。台湾と日本
は、歴史の巡り合わせで少なくとも五十年間、共通の記憶を持ってきた間柄で
す。その事実は、いかに政治的な思惑や教育によって消そうとしても、事実とし
て存在する。ただし、戦後の台湾は、まるで日本に忘れ去られたような存在に
なったわけです。
 日本人は一九五一年のサンフランシスコ条約によって、台湾を放棄しました。
台湾人が最初に経験したまともな国家、まともな民族、台湾を近代国家としてま
ともに建設しようとしたのは、オランダでもなく鄭成功でもなく清朝でもない。
それは日本だった。オランダの統治はせいぜい台湾南部の一カ所で、鄭成功も同
じです。清朝の統治は目的がたった一つ、台湾が海賊の巣にならないようにでき
るだけ抑えこむことだった。だから、台湾をようやく一つの省にしたのは統治し
て二〇〇年も経った一八八五年で、まともに統治に取り組んだのはせいぜい十年
間だけなんです。
 その十年後、日本がやってきた。日本は数万人の兵力を台湾に投入し、そのう
ち一六四名が戦死しましたが、マラリアに罹って亡くなった人の数が四千人以上
にのぼった。二,三百人が死んでしまった。それでまず、衛生環境の改善に手を
付けた。日本政府が統治の象徴として建てた総督府は二五〇万円かかってます
が、台湾の医科学校建設のためには二八〇万を投じます。自分の領土として真剣
に統治しようと思ったネイション・ステイツとして台湾人が初めて経験したの
が、日本だったんです。
 それでも、台湾を平定するまでに二十年も掛かったのはなぜか。台湾人は十
七、十八世紀には、国家だの民族だのという概念を知る由もなかった。清朝のと
きまで国家という概念が、国家らしい体制が、まるっきりなかったからです。盗
賊・山賊があちこちにいたのが当時の台湾の状態でした。その台湾をちゃんと教
育しようとする初めての国家体制、西側文明、これはどこでもなく日本だったん
です。
 日本は五十年間、台湾人を我が子のように教育した。インフラ整備について
は、東京にすらなかった下水道を台北でつくり、李登輝さんの講演によって有名
になった八田與一の烏山頭ダムをはじめ、道路・港湾・鉄道や灌漑用水なども全
部、日本人がつくって未だに台湾はその恩恵を受けている。
 しかし一九四五年以降の台湾がどうなっているか。日本は八月十五日に敗戦に
なったわけですが、中華民国政府がマッカーサーの命令によって台湾を接収した
のは二カ月後の十月です。二カ月のあいだ、いわば無政府状態といってもいい状
態だった。
 当時の日本国内では、一夜のうちに日本国民から戦勝国の人間になった朝鮮人
が非常に威張って、汽車のなかでも席を取ったりと日本人を苛めていた。しかし
台湾ではその二カ月間、日本人を苛めたり財産を略奪したりということはほとん
どなく、むしろこれから別れることを悲しんだ。
 日本人が引き揚げた後は悲劇でした。蒋介石の軍隊がやって来て、強姦・略
奪……ありとあらゆることをやった。これはなぜか。理由は簡単です。民度の低い
国が民度の高い国を統治しようとすればそうなってしまう。しかも中国は現代化
した軍隊は持っておらず、実際、台湾の軍は、戦後に旧日本軍の軍人が白団とい
う顧問団を組織して指導したものです。現在の台湾軍をつくったのは旧日本軍
だったんです。
 中国の軍人はほとんどが強制的に軍に入れられていて、その給料は、戦いに
勝ったら征服した村の財産をすべてやる、ということなんです。上の人間がたく
さん取って、下の人間はそのこぼした分を取る。男はすべて兵隊に入れて、女は
ぜんぶ自分のものにする。それが中国式の給料なんです。当然、彼らが台湾を
取った以上は、台湾のものは俺のものだということになる。今の台湾の国民党が
世界一金持ちの政党と言われているのは、取れるものは全部取ったからなんです。
 そして日本の教育を受けた者は、一夜にしてその知識が無用になった。北京語
が分からなければ、どんな知識のある人間、どんな腕の良い医者、どんな腕の良
い弁護士、どんな見識のある教育者でも、役に立たないものになってしまう。
 一九四五年から四七年までの台湾のインフレ率は実に四万倍です。戦争中、日
本に米のなかった時代でさえ、台湾人は飢えた経験は一度もなかった。戦争の末
期、日本に物質が足らない状態であっても、台湾にはまだ輸出する力があった。
その後たった二年間で四万倍に物価が上がって、人民は食べ物もなく、飢え苦し
んでいるんです。
 そして一九四七年の二月二十八日に、いわゆる二・二八事件が起こった。これ
は中国人官僚の凶暴な圧政にたいする反抗で、一カ月のうちに二万八〇〇〇人が
殺されました。それからいわゆる白色テロが二十年、三十年も続くわけです。そ
のあいだ日本人もしくは日本政府は、かつて自分の同胞であった台湾を見ようと
もしなかった。
 日本人はよく「昔は台湾と国交があった」と言う。つまり七二年までは蒋介石
政権と国交があり、その後あと国交断絶したことを指しているわけですが、これ
は我々台湾人からみれば、非常に皮肉な現象です。というのも日本政府は七二年
まで、台湾の中華民国政府がいう「我々こそ中国の正式の代表である」という主
張││台湾が全中国を代表しているという神話を認めていただけで、そこに台湾人
の存在はなかった。中国の代表という一点が重要だったわけです。
 そして七二年以降、日本政府は一転してもう一つの神話に乗り換えた。「台湾
は中国の一部である」という中国政府の言い分を理解し、それを尊重する││日中
共同声明のなかにそう謳っている。五十年にわたって台湾を我が子のように教育
しながら、四五年以降の戦後の日本は一転して台湾を無視し続けた。国交があっ
たかどうかは関係なく、台湾の存在を無視し続けた。
 私がこれを言うのは、何も日本を批判するわけではありません。我々台湾人は
現実として、そういうふうに経験してきた。だから台湾人の作家である呉濁流
は、「台湾人はアジアの孤児」と表現しています。まさにその通りなんです。台
湾は常にどこかの統治下にあって、独立した一つの国であった試しが一度もな
い。その何らかの権力のなかでいちばんまともな権力は日本政府だった。だから
戦後六十年が経っても熱い眼差しを日本に向けているけれども、それでも無視さ
れ続けている、これが我々の現状です。しかし、それを日本や中国やアメリカの
せいにしては、台湾人は永遠に国をつくれません。現実は現実として我々は直視
する必要があります。

中国の圧力

 いったい台湾は、ひとつの国であるのか、ないのか。領土・国民・有効な政
府・主権という国家の成り立つ四大要素はすべて持っている。しかし台湾という
名の国は、どこにもない。一八九五年には、日本政府に対抗して清の官僚、劉永
福・唐景菘らが、台湾民主国をつくろうとした。実際につくったはいいが、数カ
月後に中国に逃げてしまった。台湾民主国としてその名前は数カ月間だけ存在し
た。しかし現在、台湾は事実上の国であっても、法律上の国ではありません。台
湾はdefactoであってdejureではないんです。
 我々が直面しているいちばん大きな問題は、対外的には中国の存在であり、対
内的にも中国の存在です。
 外部からの問題としては第一に軍事的な圧力。現に中国は六一〇基のミサイル
を台湾に向けていつでも発射できるようにしています。そして毎年、数週間から
数カ月にわたって福建省近くの東山島で上陸演習をやっています。また中国の潜
水艦は常に台湾の近海でうろちょろしてます。台湾の海域は決して広くはありま
せん。潜水艦が一二隻もあれば、台湾の海域ぜんぶを封鎖できるくらいです。こ
の前日本にやってきた原潜はあくまでも漢級というオンボロ原潜ですが、中国の
船がすべてオンボロかといえばそうではありません。中国は潜水艦を八六隻持っ
ていて、そのうちの四〇隻は非常に性能のいい潜水艦です。
 さらに今、ロシアから戦闘機スホイ二七、三〇型の技術を買って自分でライセ
ンス生産をしようとしている。それ以外にも核兵器、生物兵器を持っているのは
言うまでもありません。しかもあからさまに、武力を使って台湾を叩き潰す、と
言っている。
 第二の圧力は、国際的空間からすべて閉め出そうとしていること。国連はもち
ろんのこと、WHOもそうです。一昨年のSARS騒ぎのときは、台湾はWHO
のメンバーではないということで非常に情報が遅れて、被害が広がったわけで
す。台湾をWHOのなかにオブザーバーとして入れることには、日本もアメリカ
も賛成している。しかし中国は、猛烈に抗議しています。当のSARSを広げた
中国が、台湾の衛生管理は自分らが面倒みてやるからWHOに加入させる必要は
ない、ということなんです。
 そして今回の南アジアの津波被害。台湾は五〇〇〇万ドルを出した。民間でも
別に募金しています。が、これは金額の問題なんかではありません。お隣の国と
して、台湾人の気持ちとして、支援金を拠出し、レスキュー隊を派遣して、物質
はまた別に援助している。日本は五億ドルを出したわけですから日本の十分の一
ですが、援助している国々からすれば第十番目くらいの金額です。それなのに、
小泉首相も参加したジャカルタでの復興会議でどういうことが起こったか。台湾
は参加させろとはいわないけれども、隅っこでもいいから、オブザーバーとして
でもいいから、一応は人間も派遣しお金も出してることだから、それをどのよう
に使うのか聞こうじゃないかというのは当然ではないですか。しかしそれも、中
国の圧力によって、援助を受けたインドネシアに拒否された。お金だけならいい
が参加してはいけないということです。これが台湾の外交の現実なんです。
 三番めが経済の問題。現に台湾の中国への貿易依存度は三十六%です。商人に
は祖国なしという言葉があるように、人件費が安くて土地が手に入りやすくて商
売しやすければ、人間はどういうところでもそっちへ行く。しかし中国は意図的
に、いろんな優遇をして台湾の商人を誘致している。その結果、三六%という依
存度に至った。最大の輸出国はアメリカでも日本でもなく、中国なんです。一〇
万社以上の台湾の会社が中国に移転して、一〇〇万人以上の台湾人が中国で生活
しているわけです。
 彼らがもし、日本が中国に投資した理由で、つまりあくまでも外国人として投
資するならば、まだ問題は小さい。しかし中国は、一〇〇万の台湾人を一つの駒
として利用しようとしている。これは目に見えない縄が自分の首を絞めているよ
うなものです。もちろん、我が台湾人もしくは台湾政府の責任もあります。だか
らこそ自分たちでどうにかしなければいけないと思う。けれども未だに台湾の対
外投資の半分以上が中国に行っており、対中国の投資はすでに一〇〇〇億ドルを
超えている。敵に資金を援助して、技術を投入して、敵をますます大きくしてい
るのです。
 実際、中国の軍事予算はご存知の通り、この十数年間、毎年二桁も増え続けて
いる。一方の台湾は、この十年間で二・二%減っています。中国は全体として大
きいから当然その程度の軍事予算は必要だという人もいる。では国民総生産から
みればどうか。中国はGDPの六・七%。今の日本は一%を超えるか超えないか
で大騒ぎしている。台湾は二・二%です。中国はGDPの六・七%の軍事予算を
使い、なおかつそれは毎年増え続けている。中国に攻め込もうとしている国はも
はやどこにも存在していません。何のためにそんな軍事予算が必要なのか。これ
は我々台湾人の危機でもあるのです。

中華民国憲法を廃すべし

 そして対内的にもやっぱり中国、内なる中国という危機がある。ご承知の通り
台湾は現在、国としては中華民国という名前を使っている。この中華民国とは英
語にすれば、Republic of China││支那共和国ですから、台湾でありながら支那
と名乗っているわけです。
 また国家としての体制は、根本的に憲法にあります。我々は政治活動にしろ経
済活動にしろ、法の大原則として中華民国憲法を使用している。しかしその憲法
では中華民国の領土のなかにモンゴルと中華人民共和国は入ってますが、台湾が
入ってません。こんなのおかしいと思いませんか。こんなおかしい憲法は世の中
に台湾しかない。
 中華民国憲法というのは、一九三六年五月五日に中国でつくった憲法草案です
から、五・五憲草と言われている。当時の台湾は日本の領土ですから、当然その
とき制定した二十二省のなかに台湾の名前はない。その憲法の制定は一九四六
年、執行は四七年ですが、当時の台湾の主権は、戦後であってもまだ日本に属し
ていた。それは簡単なことで、戦後処理のいちばんの法的根拠はサンフランシス
コ条約であり、その発効は五二年ですから、それ以前はたとえ四五年の八月十五
日に敗戦しても、まだ日本のものなんです。
 日本の領土だった台湾の将来は、もともと持っている人間か、あるいは国連憲
章にもとづいて、そこに住んでいる人間しか、決められない。そして日本は意思
表明をした。つまり放棄した。じゃあどうするか、ということはまったく決まっ
ていない状態です。今でもそうです。なのに我々は、台湾だけ入っていない、台
湾しか使っていない憲法を未だに使っています。それによって、いろんな歪みが
出てきてしまっている。
 私の子供は日本で生まれましたから、小学校を卒業してから台湾に帰らせて、
一人は下宿生活、一人は寮生活をしています。彼らは家に帰ってくると「お父さ
ん、おかしいね」と言う。「お父さんは、我々は台湾人であって中国人ではない
と言う。でも学校に行けば、お前たちは堂々たる中国人だ、と教科書にも書いて
あるし、使っているすべてにそう印刷してある。校門をくぐると、指導観とし
て、健康活発な学生であること、堂々たる中国人であること、と掲げてある」
と。これは民進党政権になって五年を経ても変わりません。法律の大本がなにし
ろ支那共和国なんですから。
 政治制度もいたっておかしい。内閣制でもなく大統領制でもない。今はみな陳
水扁政権だと言っていて、陳水扁さんは確かに選挙で選ばれた。中華民国憲法に
もとづく総統の権限は、行政委員長(首相に相当)を任命する人事権だけです。
行政権は、総統に任命された首相が持つ。といっても首相は、人事権を持つ総統
の意向をうかがってすべてやっているわけです。総統は国会に出て質問されるわ
けでもなく、閣僚に直接指示を出すわけでもない。国会に出ている人間には責任
だけあって権力がない。権力を持っている人間にはまったく責任がない。
 いい例があります。昨年十二月十一日に国会議員選挙が行われましたが、その
二日前の九日に、陳水扁さんが一つの公約をした。二カ月以内に必ず、外国にあ
る代表処の名前を台湾にする案を出し、二年以内に実行できるようにします、
と。首相の游さんというのは、僕も何回か一緒に食事をしたんですが、くそ真面
目な方で、陳水扁さんがそう言ったんだから、と急いで、二カ月どころか一月九
日に本当にその草案をつくり、国会に提出しようとしたんです。しかし昨日(一
月十一日)になって、陳水扁さんに止められた。選挙で過半数をとれず、これか
ら野党と妥協しようとしているところなんだから、野党を刺激するこんな法案を
出すな、ということなんです。首相はしょうがなく、その法案を撤回した。いっ
たい政治責任は誰がとるんですか。
 今日の敵は明日の友ということは政治の世界ではよくあることで大したことは
ない。しかし今日言った言葉を明日撤回する、公約違反は大したことないと小泉
さんのように開き直る││こんな姿勢をしょっちゅう国民の前にさらすような政権
は、もちろん駄目になります。これが台湾の五憲憲法、五憲分立のなかから出た
歪みです。権力のある人間が責任を負わなくていい。責任を負わされる人間に責
任がない。それが昨日起こった一つの例からしてもわかる。
 そして、先ほど言った中国への投資。陳水扁政権になってから、積極開放と
言っているわけです、中国とは言葉も通じるからと。さらに今は「三通」をしよ
うとしている。三通とは通郵・通商・通行のことで、海運はとっくにやってます
から、問題は飛行機です。これは我々が敵意識を持たなければいけないところ
で、中国は国内路線に準ずるようにしなさいということを要求してきている。こ
れからテストケースとして、中国に行っている百万人が旧正月に里帰りするのに
使おうとしている。
 飛行機というものは、敵からも来るし、友好国からも来るわけだから、識別系
統が必要です。空には道がないように思うけれど、一定のルートがちゃんとあり
ます。軍事的に敏感度の高いところは通ってはいけない。皆さんもご記憶のこと
と思いますが、大韓航空機は、そのルートをちょっと外れてソ連に入ってしまっ
たために撃ち落とされてしまった。これが国際社会の現実です。地方空港の場
合、敵も味方もなく基本的には全部味方ですから、軍事秘密のあるところもすぐ
隣にある。いちばんいい例が台北の松山空港で、この地方空港は軍用も兼用で
す。ほんの数秒で台湾の政治の中心部、総統府がある。そっちに着陸させろと中
国が言ってきた。飛行機なら軍事施設だろうと好き放題に写真を撮れる。そして
台湾海峡は、いちばん広いところだって百五十何キロくらい、飛行機にすればほ
んの十分くらいでやってこれる距離です。民間機か戦闘機か、あるいは民間機を
装っている戦闘機か、区別もつかない。
 何より最大の危機は、台湾人が中国にたいして敵意識をまったく持っていない
ということなんです。

威信に満ちた台湾国家を

 国は小さいから駄目、弱いから駄目、あるいは貧乏だから駄目ということはあ
りません。国は、自分の国として守ろうとする意識がなくなったら、それこそ駄
目になるんです。豊かであっても滅びる国は歴史のなかにいっぱいあります。貧
乏ながら立派にやっている国もたくさんあります。台湾は貧乏ではない。世界の
貿易は、第十五番め。国民所得は一万四千ドル。軍事力だって第十五番め。しか
し戦おうとしない。敵がどこにいるのか分からない。敵が存在しているのにまる
で存在しないように振る舞っている。
 じゃあ台湾はこれからどうするか。今我々がやっている運動は二つの運動が主
流になっています。一つは正名運動で、国名を支那共和国から台湾に変えよう
と。この運動を始めたのは実は、私なんです。二〇〇一年七月に日本で始めた。
その切っ掛けは、我々が外国人として持っている外国人登録証でした。日本政府
に国籍を中国と記すことを未だに強制されるので日本政府や台湾の交流協会に抗
議することにした。〇一年のデモ隊は五〇人でした。翌〇二年には台湾で大々的
に行い、「源はこの名前だ、支那共和国という名前だから日本政府はこういうふ
うにした」ということで三万五千人がデモに参加した。さらに〇三年の九月六
日、李登輝さんがその構想に乗って総責任者になってくれて、デモは十五万人に
なった。今は台湾最大の政治運動になっています。
 しかし国名を変えるためには、憲法を制定しなければいけない。名前だけでは
なくて中味までぜんぶ中国を切り捨てて、台湾にしようという思いで運動してい
ます。もちろん、これからの道は平坦ではありません。今回の選挙の結果もご存
知のように、結局は過半数をとれなかった。しかし台湾は台湾人の台湾である。
台湾は台湾という国にならなければいけない。こういった流れは、必ずしも多数
になってからじゃなければ成功できないというものでもありません。歴史上のど
んな国でもどんな時代でも、国を変えたのは、最初は必ず少数です。数十人であ
る。我々は必ず台湾を台湾にします。
 李登輝さんはすでに八十一歳です。しかし誰がポスト李登輝といえるくらいの
魅力とカリスマ性を備え、それくらいの運動のリーダーになれるか、まだ分かり
ません。これは台湾の国運ということになるでしょう。いずれにしても中国がど
んなに巨大でどんなに凶暴でも、台湾人としてそれを恐れてはいけません。
 日本でも、自分の国家を愛するだけで批判される。台湾と同じように、自分で
つくった憲法でもないのにそれを変えようとしない勢力がある。精神的に敵が存
在しているのにそれに気づかない……。もし台湾が日本の鏡になり得るとすれば、
このようなことはすべて台湾と似ています。我々には幸いなことに、明々と自分
たちを叩き潰すと言ってくれる中国が存在しているから、日本人よりは危機感を
持っています。しかしあの五十年間、共通の記憶を持って、台湾のインフラを建
設して、台湾に現代国家の原型を見せてくれた日本にも、是非とも一緒に目を覚
ましてもらって、本当の国づくりに共に励みたいと思います。私は何の知識も見
識もありませんが、ただ、一人の台湾人として、台湾独立運動の参加者として、
是非とも日本と一緒に頑張っていきたいと思います。ご静聴ありがとうございま
した。


体制打倒の建国運動で台湾を救え

          世界台湾同郷会 副会長 林建良

●建国の意志をなくして台湾を彷徨わせるリーダー

 台湾は彷徨っている。国内政治では与野党の混戦が泥沼化になり、国会は乱闘
のリングと化し、買収や暴力など人間の一番醜いものを国民に見せつけている。
七百五十基ものミサイルの照準が合わされるなど、中国からの脅威が高まってい
るにも関わらず、与党も野党も中国に媚びを売り続け、自国を守ろうとする意志
は全く感じられない。そのためか、社会全体は躁鬱病にかかっているかに見え、
マスコミ報道の大半は凶悪犯罪やスキャンダルなど、暗いニュースばかりで、ま
るで世紀末の様相である。経済の発展、民主化の推進、言論の自由化などで、
「成功物語」と称賛されてきた台湾だが、なぜこのようになってしまったのか?
混乱の原因は政治家、マスコミ、マフィアにあると評論家たちは指摘するが、世
界のどの国でもこの三つは厄介者で、台湾のみが抱えている問題ではないのだ。

 混乱の最大の原因は使命を忘れて建国の意志を無くしたリーダーにある。そし
てその責任はそれを選んだ我々にあるのだ。「台湾の子」として登場した陳水扁
総統は、2000年の選挙で55年間続いた国民党政権を破り、世界から大喝采
を浴びた。だが当選した直後から、彼の関心はすでに二期目の再選に集中してい
た。総統府は選挙対策本部に化け、一期目の4年間は派手なパフォーマンスばか
りを演じ、毎日のように選挙活動に没頭していた。誰の目から見ても彼は建国に
相応しいリーダーではないが、中国派に政権を渡すまいとの思いで、台湾派は全
力をあげて彼を再選させた。総統は二期までだから、再選を考えることなく思い
切ってリーダーシップを発揮してくれるとの期待も虚しく、相変わらず保身や蓄
財にひたすら走っているだけである。冗舌の彼は、思いつきで日替わりのように
政治スローガンを乱発し、精神状態が疑われているほどで、今や「陳水扁曰く」
はウソの代名詞になった。たとえばその極め付けは、二期目の総統選挙戦で「正
名と制憲」を公約しながら、今年の2月24日にはそれを「自他をたぶらかすも
のだ」と、かつての政敵である宋楚瑜に語ったことだ。その影響力は絶大であ
る。そのためか社会モラルの低下は最近著しく、台湾全体が人間不信の社会に
なってしまった。

●台湾を明け渡そうとする与野党内部の親中国派
 
 無能だけであれば、まだ害は少ない。だが中国の圧力に弱いことは何よりも危
ない。陳水扁は、李登輝時代が堅持してきた「戒急用忍」(急がず忍耐強く)と
いう対中国投資規制政策を「積極開放」に転換して、中国への投資や技術移転を
認めた。そのために台湾の対中国投資額は累計2800億ドルになり、産業の空
洞化もかつてないほど進んだ。その上、ハイテク技術が中国に流出した。これに
より中国は台湾のハイテク産業の最大のライバルになっただけでなく、軍事に転
用され、台湾を一層危険にさらすことになったのだ。「積極開放」は自分の首を
締める縄を敵に売る愚策であることは明らかだが、彼は彼なりの言い分がある。
2002年3月18日に、筆者が総統府で陳水扁に、なぜ敵を利する開放政策を
取るのかと問い詰めた。すると彼は「だって、取り締まっても取り締まりきれな
いから、開放するしかないじゃないか」という。この言葉で筆者は呆れ果て、彼
を見限った。この論理が通るなら、「泥棒は取り締まりきれないから、合法化に
する以外にない」と言うことになる。

 こうした台湾の政治状況の変化を中国が見過ごすわけがない。ナショナリズム
を高揚させて政権を維持するという守りの観点からも、資源の争奪戦に備えて太
平洋に進出する攻めの観点からも、中国が台湾併呑を諦めるはずがない。だか
ら、現状のままで中国と平和共存できると考えるのは、幻想にすぎないのだ。し
かし、中国は台湾に全面戦争を仕掛けるような無謀なことはしないはずだ。なぜ
なら、中国の経済は戦争というリスクに耐えられないからである。いくら中国が
台湾問題は内政問題と言っても、台湾との全面戦争は両国だけでなく、日本や韓
国を含むアジア全体、世界全体をも混乱に陥ることは確実だ。だから中国の本当
の狙いは、武力によって併合するのではなく、親中国政権を誕生させ、それに
よって台湾を平和的に併合するか、台湾を限りなく自国の一部に近い属国にする
にある。7月16日の国民党主席選挙で当選したスター政治家の馬英九台北市長
は、親中国派の希望の星となった。彼の登場で親中国政権の誕生にも現実味が帯
びてきた。そして民進党内部にも親中国派が存在することを忘れてはならない。
与野党内部の親中国派によって、台湾が中国の属国になる可能性は高まりつつあ
るのだ。

●「中華民国体制」終結という建国の目標を忘れるな

 国民所得は1万4千ドルに上り、豊かさと完全な自由と民主まで手に入れた台
湾は、目標を見失う国となり、自己嫌悪に陥っている。それを救うには、国家目
標をもう一度見定めることであろう。

 台湾の国家目標とは何かを一言で言うと、国際社会に認められる完全な主権独
立国家になることなのである。日本人はよく台湾の独立建国運動を中国からの
「分離独立運動」と誤解しているが、台湾は1895年に清国が日本に永久割譲
して以来、一度たりとも中国の一部になったことはない。1951年に締結され
たサンフランシスコ講和条約によって、日本は台湾の主権を放棄したが、これで
中国が台湾の主権を取得したわけではない。台湾は終戦直後の1945年10月
25日に蒋介石軍に占領されたが、それはマッカーサーの第一号命令による一時
的な軍事占領に過ぎなかった。どころが、国共内戦に負けた蒋介石中華民国政権
が1949年に台湾に逃げ込み、そのまま居座った。1988年の蒋経国総統の
急死によって、李登輝が副総統から台湾人初の総統に昇格したことは、台湾の民
主化の幕開けとなった。その後、陳水扁政権を含め、台湾人政権は17年間も続
いているが、台湾は依然として中華民国による占領状態から脱出できないままだ。
 
 中華民国は中国の亡命政権である。Republic of Chinaという英文名を見れば
わかるように、これは明らかに「支那共和国」で、憲法でも領土は全中国に及ぶ
と規定している。だからトップが台湾人になっても、台湾がこの中国亡命政権に
占領されている事実に変わりはない。中華民国体制は「台湾は中国の一部であ
る」という虚構に支えられている以上、中国に併呑の口実を与えるだけだ。李登
輝前総統は、一人で海賊船に乗り込んで、船長までなったと例えられている。そ
の後、民進党が海賊船を奪い取り、陳水扁が船長になったのだが、いまだ海賊船
の性格を変えられないでいる。台湾の独立建国運動は、台湾を占領する中華民国
体制を終結させ、自決権を行使するという新たな国造りの運動である。

 独立建国派は民進党に協力して中華民国という海賊船を奪い取ったが、海賊船
の主導権争いに目を奪われたのか、本来の使命を忘れてしまったように見える。
だが中華民国政権を支持する独立建国派なら、その存在の意義はなくなってしま
う。だから独立建国派は、まずは政権至上主義から脱却すべきではないか。中華
民国体制の政権を取ったからといって、建国できるわけではない。逆にこの政権
にいつまでも期待し、あるいはしがみつくだけでは、建国はますます遠のくだけだ。

●台湾最大の敵は民進党の中華民国政権だ

権力を手にした人間は、宗教家ほどの無欲さがなければ、自らそれを捨てること
はきわめて困難だ。だから政権を取った民進党に、その権力の源である中華民国
体制を打ち破るよう期待するのには無理がある。しかし、台湾人はこの体制を打
ち破る覚悟がなければ、永遠に国は作れないのだ。独立建国派は、まずこれを認
識すべきであろう。これこそが建国の第一歩である。

 こう考えれば、今の建国派の低迷や台湾の混乱は、決してマイナスではない。
つまり、中華民国体制下の政権による建国が現実性のない幻想だと悟るだけでも
意味がある。中華民国体制の打倒が最大目標である以上、この体制を延命させる
ものはすべて敵とするべきだ。そうなると一番の敵は中華民国派ということにな
る。なかでも外部の敵よりは内部の敵だ。つまり国民党よりも中華民国政権を担
当している民進党の方が害が大きいのだ。現在の独立建国派がいつまでも腐敗し
た民進党を同志と見なしていては、敵と味方の区別を混乱させるだけなのだ。

 現段階では中華人民共和国は二番目の敵にすぎない。打倒すべき敵は中華人民
共和国よりも中華民国なのである。中華人民共和国を打倒することは、そもそも
現実的ではない。しかし、中華民国は打倒可能な体制なのである。敵は外部よ
り、内部の方が手ごわい。中華民国の看板を背負いながら、徐々に脱中華民国を
はかるなら分かるが、今の民進党のやり方はその逆なのである。独立派を中華民
国派に鞍替えさせることで、中国派に媚を売っているのだからどうしようもない。

 陳水扁は8月13日、オーストラリアのブリズベンで開催された世界台湾同郷
会で、インターネットを通じて講演したが、そこでは世界台湾同郷会ではタブー
であった「中華民国」を五回も口にした。自分は中華民国の総統だ、台湾は中華
民国だとトーンを上げて強調したのである。独立派の重鎮が集まるこの会議で
は、あちこちでため息が聞こえた。陳水扁が中華民国を正当化することは、独立
建国派を混乱させ、台湾を危険な淵へと押しやるだけなのである。

 問題解決の第一歩は、問題の核心を見つけ、それを直視することである。台湾
の問題は中華民国体制そのものにあることを直視しないかぎりは、台湾の将来は
ないのだ。独立建国勢力の勢いが失われたかに見える今だからこそ、運動の路線
を再検討して、見定めるべきではなかろうか。台湾の多くの国民は、それを期待
しているのである。






政治的現状から語る台湾の建国目標


林 建良


●台湾に対する「出エジプト記」の啓示


 ご存知と思いますが、聖書にはモーゼという人物が登場します。モーゼはエジ
プトの王宮で育ったイスラエル人で、神さまの指示により、イスラエルの建国の
ため、エジプトで奴隷になっているイスラエルの同胞を率い、神さまの約束した
乳と蜜の流れるカナンの地を目指しました。モーゼはエジプトを脱出することに
は成功しましたが、その後40年間にわたって荒野をさまよい、結局はヨルダン
川を渡れず、カナンの地へは到着できませんでした。そしてモーゼの死後、若い
ヨシュアがイスラエル人を導き、ようやくカナンの地でイスラエルを建国したの
でした。

 現在の台湾はまさに、エジプトを脱出しながら荒野をさまようイスラエル人そ
のものです。戦後台湾人は、中国国民党の独裁政権下で、二・二八事件で非常に
悲惨な目に遭い、その後も白色テロ政治により、数十年間にわたって圧迫を受け
ました。当時の台湾人は、まさに「中華民国体制」の奴隷そのものでした。たし
かに経済上は一定の自由は認められていました。しかし精神上、あるいは文化上
においては、相当の迫害を受けたのです。正にこれはイスラエル人と同じでした。

 今日、台湾人は完全な民主と自由を享受しています。これはエジプトからは出
ることができたということでしょう。しかしヨルダン川を渡ってカナンの地で自
分の国を建設しない限りは、奴隷が荒野をさまようのとなんら変りはないのです。

 モーゼが40年間、荒野にいたとき、多くのイスラエル人は、「なぜ我々を連
れ出したのか」と彼を責めました。そして、「もし我々がエジプトに留まってい
たなら、少なくとも食べ物、着る物には困らなかったし、荒野で苦しむこともな
かった」と怨んだのです。そしてかなりの人が神さまに背を向け、建国の目標を
放棄したのでした。多くの人が、「建国という危険で困難なことで命を落とすよ
り、奴隷のままの方がいい」と考えたのです。

 これは目下の台湾の状況とよく似ています。多くの台湾人は、「生活に困らな
ければいい。なぜ建国が必要なのか」と考えているのです。

 しかしイスラエルは、最後にはヨシュアのような若者が出て、建国されたので
した。人一人ひとりが公正な待遇を受けるということは、神様が約束したことな
のです。神さまは、人が奴隷ではなく、公義ある生活、つまり公平で自由な生活
を送るよう望んでいるのです。生活がいかによくても、奴隷であるよりは自分の
将来を選択することのできる自由な人間の方がいいに決まっています。

 これも台湾人が建国をしなければならない理由の核心です。

●国家目標の明示は指導者の基本的義務

 もちろん台湾の現状は相当に複雑です。対岸には中国という危険な存在もあり
ます。しかしいかなる時代においても、政治というものは複雑で困難なものなの
です。だからつねに求められるのは、いかなる挑戦にも立ち向かえる勇気と責任
感ある指導者なのです。

 正常な国家であっても、指導者は国家の進む方向を人民に知らせる責任があり
ます。まして国際社会で国として承認されない台湾の場合、国家をどの方向へ
引っ張っていくかを明示することは、指導者の最低限の義務になっているのです。

 政治には権謀術数はつき物ですが、だからといってそれが政治の常態ではあり
ません。やはり一番重要なのは信用であり、権謀術数は政治の一部分でしかない
のです。それは国際問題を解決するため戦争という手段をとることがあっても、
戦争は国際問題を処理する常態ではないのと同じです。政治指導者は敵対する相
手には権謀術数を使っても、それで人民に臨むことはできません。人民に対して
は誠の心が必要なのです。

 人民には「何を行いたいのか」「どの方向に進みたいのか」を伝えなければな
りません。政治権力の基礎は人民による付託です。選挙で選ばれた指導者は人民
が付託した使命を遂行しなければならないのです。それが民主主義であり、主権
在民の精神というものでしょう。

 もし指導者が人民を裏切れば、相互信頼に支えられた社会の道徳体系が動揺し
ます。このような危機は、一個人、一政党の力では解消できません。

●花火は灯火に代えられない

 台湾の政治家の多くは、実際に優秀であり聡明です。しかし社会全体の浮薄さ
のなかで、しばしば理性的判断を失っているのも事実です。たとえば、メディア
に顔を出せば選挙民の支持率も高まると考え、記者会見や派手なパフォーマンス
ばかりが政治家の責務だと錯覚しているようです。

 しかし、記者会見はしょせん商品展示会のようなものにすぎません。、展示会
は消費者相手に商品の用途や機能を説明する場だけであって、実際その商品を使
える環境などないわけですから、展示会ばかりに時間と空間を取られて、消費者
が商品を使う機会が奪われたら、それこそおかしなことです。 毎日のように記
者会見を開く与野党の政治家には、「それでいつ政策や国事を考えるのか」と聞
きたいのです。 もちろん人民にしても、彼らが記者会見を開く本当の目的は何
かを考えます。そして「これはただ相手を中傷する道具であって、大した意味は
ないな」と思うわけです。 パフォーマンスばかりなら、取るに足りない茶番だ
と、更に人民にあきられているのです。

 パフォーマンス単なる花火なのです。どんなに華やかな花火よりも、人民が求
めているのは、やはり明るい照明であるわけです。もっと僕実で、つねに明かり
を照らしてくれる指導者が求められているのです。 毎日のように花火を打ち上
げられても、ただ煙がこもるだけで、かえって照明の邪魔になるだけです。この
ような政治家のために、庶民の生活が犠牲になっているわけで、実に困ったこと
です。

 このほか、メディアですが、これが第四の権力と呼ばれるのは、その影響力の
大きさと、政治指導者を監督する責務があるからです。指導者はメディアの報道
には虚心であるべきで、またそれを通じて社会の動向をつかまなくてはなりませ
ん。しかしそれと同時に、メディアがいったいどれほど民衆の声を代弁している
のか、実際にそれが国家利益と一致する姿勢を持っているのかどうかも判断しな
ければならないのです。つまりメディアの報道が客観的で公正かどうか、国家や
社会の事実をきちんと伝えているかどうかを、指導者は自分の知恵で判断しなけ
ればならないのです。

 指導者は人民の声に耳を傾けなければなりませんが、メディアがあらゆる民衆
の声を反映するものではないことも知っておかなくてはなりません。 メディア
の反応ばかりを気にして、そのために自分の進むべき方向性を見失うと、結局は
民衆から軽視されるだけでしょう。 なぜならすでに台湾の政治家の多くは、マ
スコミが作り上げた虚像に浮かれ、民衆の存在もすっかり忘れているからです。

●真の公義と平和のために必要な台湾建国

 台湾は正常な国家とはいえません。だから台湾は建国しなければならないので
す。神さまは、台湾を中国に押しやるのではなく、公義ある平和な天地をもたら
してくれると信じております。なぜなら中国には公義と平和がないからです。た
とえ中国が経済上いかに発展しても、この国が基本的に人権と自由を尊重しない
国家であることには変りありません。中国社会科学院の報告を見ると、この国の
社会は4%の既得利益者と96%の奴隷で構成されているということがわかりま
す。朱鎔基前総理も、国の財富の50%が1%の人間に集中していることを認めて
いました。

 中国の農民の悲惨さは、農村報告を見るだけで理解できるのです。しかし農民
が悲惨な生活を送る一方で、少数の既得利益者は富の圧倒的部分を享受している
のです。こうした富の蓄積のほとんどは、政治と企業の結託によってもたらされ
たものです。簡単に言えば、共産主義の名の下における資本主義という矛盾のな
かで、腐敗構造が広まっているということです。

 この点からも中国が依然独裁帝国であることが分かります。このような帝国に
公義も自由も尊厳もありません。いかに経済が成長しても尊厳がなければ、モー
ゼの時代のエジプトと同じです。

 台湾人はもし奴隷になりたくなければ、建国の道を進むしかないのです。これ
が台湾人の進むべき唯一の道だと確信しています。脅迫を恐れ、後退することが
あっては、尊厳も保てないし、本当の幸福も得られません。 公義も尊厳もない
富裕社会など、腐敗と堕落と凋落を生むだけです。そして最終的には民族の滅亡
へと進むでしょう。

 自分の子孫が危険な目に遭わないよう、今の問題は我々の代で解決したいもの
です。一人の台湾人として、台湾の将来に対して、次の世代に対して、いかに責
任を負うかを考えなくてはならないのです。

 国家の前途は個人の前途と同じで、予期できないことがたくさん待ち受けてい
ます。とくに建国への道は平坦などではありません。指導者もときには自信を失
い、判断に迷い、目標すら見失ってしまうこともあるでしょう。モーゼもまさに
そうだったのです。彼は何度も一人で山に登り、神さまに助けを求めていまし
た。人というものは、大自然や歴史、そして神様の前では無力です。しかし自分
の無力さを認めることが本当の勇気なのです。自分の無力さに対処できるかどう
かで、指導者の良し悪しは決まります。

 モーゼは困難を乗り越えるため、神さまにすがりました。これは彼が自分の弱
さを認めることのできる指導者だったということです。

●台湾丸は方向を見失ってはならない

  公義に適うことは、神さまの意思に適うことであり、神さまは必ずお応えに
なります。台湾の建国は完全に公義に符合していますから、神さまは私たちの願
いを受け入れてくれるはずです。どんなに大きな試練があっても、神様きっと支
えてくれるでしょう。

 どの指導者も、国家を導いていく上で、ビジョンが必要なのです。指導者は人
民をどこへ導いていくのかを説明する責任があります。ただ目標が遠大であれば
あるほど、困難や障害が増え、計画通りに事は進まなくなって行くものです。な
ぜなら往々にして予想外の事態が発生するからです。それは人為のものもあれ
ば、そうでないものもあります。よい指導者でも、すべての事柄を把握している
わけではありません。むしろそのようなことは不可能です。

 予想外の事態に直面したとき、それが国家にどのような影響を及ぼすかを、迅
速に判断できるのが優れた指導者です。そしてどのような事態に臨んでも、それ
を国家にとってよりいい方向に持って行く、あるいは被害を最小限にとどめると
いうことも大事です。 そしてもっと重要なことは、いかなる事態にあっても、
全力をあげて国家を大目標の方向へ導くことができるかどうかです。 これが人
民が期待する指導者の能力というものです。人民はそのような期待を抱いて、権
力を指導者に付託しているのです。

 台湾の建国も同じ道理です。建国への道が平坦であるなどと思っている人はい
ません。モーゼがエジプトを出てカナンの地を目指したのと同じです。モーゼは
最後はイスラエル人をカナンの地に導くことはできませんでしたが、それでも彼
は最後まで建国の目標を放棄しませんでした。たとえイスラエル人たちが失望落
胆し、自己を見失っても、彼だけは建国の諦めなかったのです。これが指導者と
しての模範的な姿勢でしょう。国家の指導者というものは、いかなる困難にぶつ
かっても、そのために理想や目標を忘れたり、変えたりしてはならないのです。

 台湾の状況も同じです。もし建国の目標が達成されなければ、一切がおかしく
なります。指導者として野政権運営は、政権運営は船長が舵を取るのと同じだと
いうことです。船長は船がどこに向かっているかを掌握するとともに、船の安全
も守らなくてはなりません。船を危険海域に持って行ってはならないのです。今
日の台湾を一艘の船にたとえるなら、この船にとって最も危険な海域は中国です。

 理由は簡単です。中国は世界で唯一、台湾武力侵略を明言している国家だから
です。それでは最も安全な水域は何かといえば、やはり台湾の建国です。なぜな
らそれがあって初めて、台湾人には運命共同体意識が生まれ、外敵から自分たち
を守るために力を結集することができるからです。

 船が方向性を見失い、危険水域に入ったとします。船長を含む乗員のすべてが
生命の危機に瀕したとき、最高責任者である船長はどうするべきか。仮に船長や
船員が危険を察知できず、しかも実権争いなどをやっていたら、その船はいずれ
沈没することでしょう。 沈没したら実権も何もないわけです。ところが今の台
湾はまさにこれなのです。誰が台湾丸の舵を取ろうとも、中国という危険水域に
向かう以上、待っているものは滅亡なのです。

●真実自然

 李登輝前総統が最も好んで用いる言葉に「真実自然」、あるいは「誠実自然」
があります。国家指導者としての12年間において、彼が深く感じたのは、人の
知恵というものは神を超えることはできないということなのでしょう。

 どんなに優れた計算や権謀術数によっても、「誠実」というものにはかないま
せん。人民を納得させ、動かすには、どんなに巧妙な言説を用いても、そこに
「真実」がなければだめなのです。どんなに華やかな舞台で立派な格好を見せて
も、「自然」がなければ誰も感動しません。 

 最後に、あるアメリカの神学者の祈祷の言葉を紹介したいと思います。彼はこ
ういいました。「神よ、変えることのできないものを受けいれる冷静さを、変え
ることのできるものを変える勇気を、そして両者の違いを見分ける知恵を、私た
ちにお与えください」と。

 冷静に事実を認め、勇敢に困難に臨み、心を合わせて努力し、前に向かって進
むことが大切なのです。

ともに励ましあって、邁進しましょう。


中国を包囲する方法


                  「台湾の声」編集長 林建良

 中国が三月八日からの全人大で「非平和的手段を用いて台湾独立勢力を打倒す
る」と明記する「反国家分裂法」の審議を開始した。「非平和的手段」の行使の
権限は中国国務院と中央軍事委員会に委ねるというから、戦争準備法以外の何物
でもなく、台湾に「降参か、戦争か」を突きつける最後通牒に等しい。つまり戦
争以外の選択肢の放棄宣言である。

 人類史上一番荒唐な法律と言うべきだが、これは中国の横暴を放置してきた国
際社会の事なかれ主義が、それを助長した結果なのだ。 特に日本が「中国を刺
激するな」を金科玉条としてきたばかりに、中国の危険性を感知できなくなくな
り、誤ったメッセージをこの国に送りすぎた。日本の中国に対する態度は、ヒト
ラーに対するチェンバレンの妥協的態度そのものだ。その宥和政策が、世界を巻
き込む大戦をもたらしたのと同様、中国に妥協すれば、やがて取り返しの付かな
い災難となろう。

 中国の戦争準備の動きを受け、台湾では三月六日、五万人に上る人々が、李登
輝前総統の呼びかけに応じ、デモ行進を行って中国に怒りをぶつけた。さらに独
立派政党の台湾団結連盟は「反併呑法」を提案して、陳水扁総統に「反併呑国民
投票」の発動を促している。しかし、台湾だけでは到底中国の覇権を封じ込むこ
とはできない。東アジアの平和と安全を守るために、今必要とされているのは日
本の覚醒だけなのだ。日本さえ覚醒すれば、中国を包囲するのは簡単なことだ。

 中国を包囲する方法の第一歩は、まず国際社会に「中国を刺激するな」の呪縛
から、「日本を刺激するな」に転換させる世論形成からだ。そのために日本は憲
法で自衛隊を国軍と規定するとともに、核武装に踏み切るべきなのだ。自衛隊の
海空軍の戦力は中国に勝っているが、「軍」と明記することで内外に日本軍の気
概を示すことになり、それが中国への抑止力になる。日本の核に対するアレル
ギーの強さは世界でも有名だが、現実に中国が核を多数持っている以上、日本は
核なしでは自国を守ることもできない。現に日本は今、アメリカの核の傘に守ら
れているではないか。 核を拳銃にたとえるなら、拳銃を盗賊に持たせて警察に
持たせないなど、正常ではない。だから東アジア侵略の野心を持つ覇権国家であ
る中国に核を持たせて、日本が持ってはいけないなど、道理に合わないことなのだ。

 さらに、今回の中国「戦争準備法」の成立を契機に、日本も積極的に「中国人
権法」を制定して中国の人権問題を取り上げ、中国に内側から変わるよう要求す
べきである。たとえば中国の政治犯の数は北朝鮮以上。二〇〇一年初めの段階で
約三十一万人(公式統計)が「労働矯正収容所」で裁判もなしに拘禁され、その
後も「厳打」(犯罪撲滅キャンペーン)の名の下で、ウイグル人や法輪功修行者
などの「政治犯」は大幅増だ。昨年九--十月には殴打や拷問などで死亡した法輪
功修行者は実に六十八人。法輪功は一九九九年以来、だいたいこのようなペース
で弾圧を受け続けている。 人権と平和の大切さを声だかに吹聴しつづけてきた
日本が、もし本気にこの問題に取り組むなら、日本人の自信も取り戻すことがで
き、それが日本再生につながるのだ。

 無論、以上のいずれの方法も、中国を刺激するものであり、中国の猛反発は必
至だ。なぜならそのいずれの方法も、中国を包囲できるものだからである。

 この作戦を成功させるため、中国の回し者である NHKや朝日新聞を、受信料不
払い運動や不買運動で潰しておくことも忘れずに。

邪悪と伍するアメリカ政府と強権にひれ伏す陳水扁政権

●なぜ台湾が「双十節」を祝う必要があるのか

 台湾の政治勢力を大ざっぱで分ければ、台湾人意識の強い「台湾派」と中国人
意識の強い「中国派」がある。台湾派とは陳水扁総統が率いる民進党と李登輝前
総統を精神的リーダーとする台湾団結連盟で、中国派とは中国との併合を目標と
する国民党と親民党である。そもそも台湾に中国派が存在していること自体が異
様なことであるが、それが戦後の台湾におかされている歪んだ状態を物語ってい
るのだ。その中に一番象徴的なのは、台湾が10月10日のいわゆる「双十節」
を「国慶節」(建国記念日)として国をあげて祝っていることだ。

 「双十節」はもともとシナ大陸で建国された「中華民国」の建国を祝う日であ
るが、「中華民国」が台湾に逃げ込んでからも、毎年政府による祝賀イベントが
行なわれている。1911年の10月10日に中国で起きた辛亥革命によって清
国が滅ぼされ、「中華民国」が建国されたのである。もちろん、当時の台湾は日
本の国土であったため、台湾にとって辛亥革命は隣国で発生した政変でしかな
かったのだ。しかし、戦後の台湾は「中華民国」政権に占領され、この「中華民
国」が1949年に中華人民共和国に滅ぼされてからも台湾に居座っている。死
んだはずの「中華民国」の亡霊が台湾にのし掛かっているため、台湾が「双十
節」を「国慶節」として祝わなけれならないのだ。

 その「国慶節」を外来政権であった国民党政権が祝うなら、分からなくもな
い。なぜなら、ウソで固められた「中華民国」体制を自ら正当化しなければ、台
湾人を統治する口実がなくなるわけだからである。しかし、「中華民国」体制を
打倒するために立ち上がったはずの陳水扁氏が、政権を勝ち取ってからも「双十
節」を祝っている。このことからも陳水扁氏の節操のなさを窺える。陳水扁氏も
国民党政権時代からの慣例に従って「双十節」で重大な国家政策を発表する。今
年もも例外ではなかった。彼は「双十節」の一週間前から、重大の発表があると
自ら予告し、宣伝していた。そして、「双十節」の前夜祭で、彼もまた、「すべ
ての人に満足させられる内容になる」と自慢気に予告した。つまり、台湾、中
国、米国の誰もが満足する内容になるとのことを自慢しているのである。誰もが
満足する政策はあり得るかどうかは別にして、八方美人の陳水扁氏ならそれが最
大の政治目標のようだ。しかし、重要談話を一週間も前から自らあちこちで宣伝
して予告することは、人をじらして楽しむガキのやることだ。

●幼稚かつ危険な陳水扁「双十節」演説

 蓋を開けてみると、その内容はガキの悪戯以上に幼稚かつ危険なものであっ
た。 陳水扁氏は、「中華民国は台湾、台湾は中華民国であり、これは誰にも否
定できない事実だ」とし、その上で、「未来の中華民国と中華人民共和国、或い
は台湾と中国の間が、どのような政治関係の発展も、2300万の台湾人民の同意が
あれば排除しない」と述べた。そして、1992年に台中両代表者が会談した「香港
会談」をもとに、両岸の対話を再開しようと呼びかけた。彼の言う重大発表とは
「中国とのどうのような政治関係も排除しない」を前提にした中国に会談の呼び
かけであった。彼は「九二年の香港会談を基礎」とし、協議と交渉の準備を一歩
進めることを提議した。

 まず「中華民国は台湾、台湾は中華民国」の発言について、李登輝前総統が
真っ向から異論を唱えた。国慶節」の翌日の10月11日、台北市の圓山大飯店で、
群策会主催の「台日両国の憲法制定とアジアの安定シンポジウム」が開かれ、李
登輝前総統が、自身が「中華民国」総統だったときに「中華民国在台湾」、「台
湾中華民国」と段階的に台湾の主体性を強調してきたこともあり、「中華民国」
総統の立場の苦しさに理解を示しながらも、「国際社会で『中華民国』は
『Republic of China』つまり『チャイナ共和国』と直訳されるが、誰がここか
ら『台湾』を連想できるだろうか」「『中華民国は台湾だ』または『台湾は中華
民国だ』といくらそう叫んでも、自他を欺くだけだ。このような不誠実な態度
は、国際社会から尊敬も支持も得られない」と陳水扁総統の発言を痛烈に批判した。

●台湾は「中華民国」ではない

 少しでも国際法の知識のある人間なら、台湾は「中華民国」ではないことを理
解できるはずだ。「中華民国」は1912年、大清帝国を継承する形で誕生したが、
当時台湾はすでに日本の領土になっていました。1945年、蒋介石は台湾を占領し
た。しかしそれは連合軍司令官マッカーサー元帥の第一号命令に従った戦後の軍
事占領であり、国際法上の領土の移転を意味するものではなかった。つまり台湾
に関する主権を、「中華民国」が取得したわけではなかったのだ。1946年、「中
華民国」憲法が制定されたが、台湾はこの時点ですら、「中華民国」の領土では
なかったことは明らかなのである。

 1949年、「中華民国」は内戦に敗れ、蒋介石政権は台湾へと駆逐された。その
後も台湾で「中華民国」の看板は掲げられたが、「中華民国」がすでに滅亡して
いたことは否定しようがないのだ。1971年には国連でも、「中華民国」の代
表権が中華人民共和国に継承され、「中華民国」は法的にも消滅され、「台湾イ
コール中華民国」とは裸の王様のような話だ。

 陳水扁氏の言う「台湾と中国の間が、どのような政治関係の発展も、2300万の
台湾人民の同意があれば排除しない」とはどういうことなのか。台湾と中国との
関係は国と国との関係以外に、どんな関係がありうるというのか。「どのような
政治関係も排除しない」とは、台湾が中国に併合されることも選択肢に入るのだ
ろうか。「2300万の台湾人民の同意があれば」との前提をつけているが、一国の
元首としてのこの発言は、無責任きわまりないものだ。中国は台湾の領土を奪お
うとする強盗のような国なのだ。自分の財産を奪おうとする強盗といかなる関係
を持つことも排除しないと言うアホがどこにいるのか。

●「一つの中国を容認」と誤解される陳水扁氏の会談提案

 更に陳水扁氏が「九二年の香港会談を基礎」とし、中国と会談をしようとして
いる。そもそも、台湾に領土野心を持つ中国に会談をよびかけることは、ウサギ
がオオカミに会談を持ちかけるに等しい愚かなことである。ウサギはいかにして
オオカミを遠ざけることが、身を守る唯一の手段である。オオカミからすれば、
ウサギはご馳走以外のなにものでもない。ウサギとオオカミとの会談とは、ウサ
ギがいかにオオカミに料理されるかの会談になるだけなのだ。中国も台湾を飲み
込んでしまわない限り、いかなる提案も満足することはないのだ。陳水扁氏が一
体どのような会談を望んでいるのか。

 しかも、陳水扁氏が持ちだした、いわゆる「九二香港会談」というのは、
1992年に台湾と中国との初の政府間接触であった。会談の中身は、郵便や公
文書の認証など極めて実務的なものにすぎなかった。それでも、中国がかたくな
に「台湾は中国の一部」であることを会談の前提にしようとするため、結局なん
の合意にも至らない平行線に終ったのだ。しかし、その後の中国は、会談に「一
つの中国」との合意があったと宣伝したため、台中双方が「一個中国、各自表
述」(一つの中国それぞれ解釈)、所謂「九二共識」と言われる合意はあったと
国際社会に誤解を与えている。陳水扁氏の与党陣営は、そもそも「九二共識」自
体が存在しない(合意していない)という立場なので、「九二会談」という表現
を使ったのだが、あえて陳水扁氏が争点の多い「九二会談」を持ち出したため、
国際社会に「陳水扁総統が『一つの中国』を容認した」という印象を与えてい
る。 日本でも、10月11日付「産経新聞」国際欄で「中台対話再開を 台湾総統
『一つの中国』92年協議容認」という見出しで ?前略(陳総統は)「『一つの中
国』の定義について中台それぞれが独自解釈することで合意したとされる一九九
二年の『香港協議』を確認する方針を表明し、中断している中台対話の再開を中
国に対して呼びかけた。陳政権が九二年の協議内容を明確に容認したのは今回が
初めて。」と報道されている。 また、10月11日付「朝日新聞」でも「『一つの
中国は認めない』との立場だった陳総統が、今は野党の国民党政権時代に行われ
た同会談を評価するのは初めて。」と伝えられている。おかしいことに「陳総統
が『一つの中国』を容認した」との論評について、台湾政府は反論も否定もして
いない。

●チンピラに妥協しろ、アメリカ政府の偽善

 この愚かな演説を、アメリカはすぐさま「建設的なメッセージ」として評価
し、日本政府も「具体的な実現が期待される」と、前向きに評価している。日米
の評価に、陳水扁氏は褒められた子供のように喜んだ。この反応から、就任演説
と同様、事前にアメリカの検閲があったことを伺える。アメリカの都合で台湾に
妥協するように圧力をかけたのだ。つまり、今はおまえの面倒をみるヒマがない
から、チンピラに妥協しろとの態度であった。なのに、陳水扁氏がご褒美をも
らったかのように各場面で披露して自慢した。この能天気の姿勢を見かねて、翌
日の10月11日に台湾最大紙である自由時報が社説とコラムで、「中国にお
べっかを使っている」と厳しく批判し、陳水扁氏に猛省を求めたのだ。

 しかし、陳水扁氏の知恵を過大評価している海外のメディアも少なくない。
10月26日つけ産経新聞に、「台湾のメッセージ、対中「融和提案」には裏が
ある」を題する千野境子氏の署名記事に国際メディアの反応を以下のように紹介
している。

 【台湾の陳水扁総統が十月十日の双十節に中国に対話再開を呼びかけた演説
も、意図がさまざまに読み解かれた。当初は融和的提案との受け止め方が少なく
なかったが、アジア版ウォール・ストリート・ジャーナル紙十三日付コラム「陳
の本当のメッセージ」は、読み間違いと見る。

 《これが和解のジェスチャーとして意図されたと世界が信じるのを、陳氏が気
に入るのは疑いない。しかし陳氏の本当のメッセージは、どんな交渉も彼の政
府、(中国でなく)台湾アイデンティティーを宣言する政府とやらねばならない
ということだ》

 十二月の台湾立法委員(国会議員)選挙は陳総統の民進党と台湾団結連盟が勝
利しそうと観測する同紙は、《大中国の下に台湾は政治的に包摂される運命にあ
るというフィクションは終わるだろう。中台は依然、交渉に共通の土俵があると
の考えに外界が固執しても、ドラマのキープレーヤー(台湾人と中国人の当事
者)は、どうなるか分かっている》という。

 英エコノミスト誌十六日号も、選挙を前に陳総統も中国も譲歩するムードには
ないから融和的姿勢は提案の一面にすぎず、むしろ陳総統は「一つの中国」に言
及せず、台湾の独自ぶりを語ることでワサビをきかせたとしている。】

●中国との会談は台湾の国益に合致しない

 以上の観察は、一般的国際政治への観察を台湾に適用させようとするもので、
台湾と陳水扁氏に対する認識の浅さを示している論調だけである。陳水扁氏に、
彼らが考えているような発想を持ち合わせていないのだ。対抗は絶対悪、会談は
絶対善とする流行りは、リベラル派と自認する陳水扁氏の政治姿勢と合致してい
る。だからこそ、台湾問題をできるだけ先送りする発想からアメリカの「会談の
勧め」に、彼が乗ったのである。邪悪な中国との会談を台湾に勧めるアメリカと
日本は、中国との衝突を、台湾を犠牲にしてまでも回避したい打算からであろ
う。この打算には台湾人の意向などは考慮されていないことを、台湾のリーダー
たる人間が肝に銘じるべきだ。現在の状況では、中国に会談を持ちかけることが
台湾の国益に合致しない。なぜなら、中国との会談がうまくいくなら、中国に対
する貿易依存度はすでに25%を越えている台湾は一層中国に傾き、中国の経済
的属国になりかねない。一方、中国との会談がうまくいかなければ、責任のなす
りあうなどで台湾内部の中傷合戦が一層エスカレートし、政治の混乱が更に増す
だけである。第一、敵である中国に善意を示し続け、会談を持ちかけること自体
が、自ら心の防衛を解除するであって、侵略の脅威にさらされる国である台湾の
リーダーがとるべき姿勢ではないのだ。
 
 陳水扁氏の政治姿勢を理解しなければ、「双十節」での発言の真意を読むこと
はできない。小学校から大学までトップの成績を勝ち取っていた陳水扁氏は間違
いなく優等生である。陳水扁氏は敷かれたレールでいかに速く走り、既成の枠組
みでいかに評価されることを心得ているからこそ、トップの成績をとって優等生
になったのだ。彼の政治活動にも優等生的姿勢が色濃く反映している。評価され
たい、褒められたい心理から、内政について、選挙対策がすべてになり、有権者
に媚びるだけが政策そのものとなってしまっているのだ。そして外交政策といえ
るものはほとんどなく、いかにアメリカの歓心をとることが最優先課題となって
いるのだ。「双十節」の直後、陳水扁氏が、民進党の人材養成機構である「ケダ
ガラン学校」で、総統に再選された自分はもう選挙のことを考えなくていい、こ
れからはいかに歴史に名を残ることを考えるのだと強調した。この一言で、彼の
今までがやっていることはすべて選挙のためであることを証明しているのだ。そ
して、彼の今までの言動を総合してみると、中国に会談を持ちかける意図は、
「戦争より和解を達成した」と歴史に残るほどの「優等生」になりたいだけなのだ。

●優等生に台湾の運命を託してはいけない

 しかし、台湾人が陳水扁氏の「会談提案」はいかに危険であることを理解する
のに大した時間がかからなかった。10月25日に北京に訪問中のパウエル米国
務長官が香港の鳳凰テレビとアメリカの有線テレビCNNのインタービューの中
で、陳水扁氏の「双十節」を言及し、「台湾は国家主権を享受できない一地域に
過ぎない」とした上で「それぞれ統一の案を出し合うための会談だ」と公言した
のだ。つまり、アメリカに背中を押されている会談とは、焼いて食べられるか、
煮て食べられるか、台湾がどのような形で中国に併合されるかとの会談なのだ。
「双十節」の演説で中国に妥協的姿勢を示してアメリカに褒められてからルンル
ン気分に浸かっている陳水扁氏が、いきなり水を浴びさせられた格好となった。
「国家主権を享受できない」台湾に2兆円の武器を売ろうとしているアメリカは
どういう意図でこの発言をしたのだろう。このアメリカ政府の外交責任者である
パウエル氏の暴言について、台湾では大きな波紋を呼んだ。台湾団結連盟は「台
湾をバカにしている」とパウエル氏に厳しく批判しているが、肝心の陳水扁氏は
翌日、台湾訪問中の金泳三前韓国大統領との会談の場で、「台湾は主権独立国家
なのに」とつぶやいて不満を漏らす程度にとどまった。アメリカの言うことをす
べて素直に聞いていい子にしているのになぜかまってくれないのか、とがっかり
した子供のような反応であった。この「優等生」は果たして邪悪の中国と渡り合
えるのか、彼に台湾の将来を託して大丈夫なのかと心配している台湾人は私だけ
であろうか。

●台湾はアメリカのコマなのか

 今回のパウエル氏の暴言によって、台湾人にアメリカ政府の民主主義に対する
ダブルスタンダードを改めて見せつけられた。イラクに民主主義を押し付けるた
め、戦争まで発動したアメリカが、民主国家台湾を悪魔中華帝国に売り渡そうと
している。台湾は安全保障の面に置いてアメリカに頼っているからといって、ア
メリカは台湾の将来を決める権利はないのだ。それを考えると、アメリカの歓心
をとることのみが外交政策としている陳水扁氏の態度はじつに情けない。アメリ
カ一辺倒だけでは果たして台湾の国益を守れるのかを、台湾人が真剣に考えなけ
ればならない。台北在住の日本人台湾ウオッチャーである酒井亨氏は、台湾が現
在独立国家として世界で認知されていない状態というのは、米国にとって最も都
合が良い状況だと主張し、9月30日つけのメルマガ「台湾の声」で「アメリカ
に疑いを持て」と題する論文を発表した。酒井氏は「台湾が独立国家として認め
られなければ、中国につくわけにもゆかず、日本が頼りにならず、欧州は地理的
に遠すぎる以上、必然的に米国への依存を強めざるを得ない」と指摘し、「総統
就任演説の一字一句まで米国が検閲していることはわりと知られているが、これ
に典型的に示されているように、台湾の米国依存は、まさに台湾が米国の植民地
である観を呈している。台湾が米国の植民地的な状況にあるということは、米国
のアジア外交、とりわけ対中外交において、台湾が米国のコマとして利用しやす
いということであるし、実際、台湾はコマとして使われてきたのである」と警鐘
を鳴らしている。さらに酒井氏は、「台湾の生存と外交を圧迫する最大の要因で
ある『一つの中国』政策も、実は米国が世界に広めた虚構であるという点であ
る。米国の国際政治における力を持ってすれば、米国が『一つの中国』政策を放
棄して、台湾の事実上の独立を法理的に承認するだけで、現在の外交上の問題は
一挙に解決するはずである。欧州連合(EU)から、日本、韓国、ロシア、ある
いはさまざまな小国にいたるまで多くの政府が『一つの中国』を口実に、台湾と
の公的接触を避けているが、それはすべて中国が妨害しているからではなく、そ
の中国の妨害を奇貨として、米国が自分に都合の良いコマとして台湾を仕立て上
げるために、『一つの中国』政策を世界的に広めていることに原因がある。」

 不幸にも、今回のパウエル氏の暴言が酒井亨氏の指摘を裏付けることとなった
のだ。中国に台湾への領土野心を諦めさせることは、ライオンにベジタリアンに
なれと言っていることに等しい。この野蛮な中華帝国に、紳士的な文明国になる
ように期待すること自体が間違っている。しかし、酒井氏が指摘しているよう
に、アメリカが台湾の不幸な状況につけ込んで利益を得ようとしていることは、
民主国家としての道徳的堕落以外の何ものでもない。軍事強権の中華帝国の隣国
であること自体が台湾の不幸の始まりなのだ。アメリカに依存せざるを得ない台
湾の弱みを利用してコマにし、更にこのコマを売り飛ばそうとする魂胆から、ア
メリカも中国と同様な邪悪帝国に成り下がったのではないのか。

●憲法を制定して、法理的にも完全な独立国家になれ

 しかし、アメリカからこのような仕打ちを受けることは、台湾自身にも責任が
ある。法理的に「一つの中国」のワナにはまっている「中華民国」体制にしがみ
つくことは、台湾を国際的孤児にした最大の原因なのだ。台湾人アイデンティ
ティが確立されていないことによって台湾内部の国家に対する見解の分裂も米国
が台湾を軽く扱う原因となっている。だからこそ、李登輝前総統が台湾人が自ら
憲法を作り、「中華民国」体制を終結させなければ、台湾の将来はないと強調し
ている。彼は2007年以前に台湾新憲法を制定し、台湾を名実ともに正常な国
家にすると宣言し、陳水扁氏にない台湾人魂を見せてくれている。

 中国の軍備拡張と台湾に対する領土野心がある限り、アジアから動乱の危機が
消え去ることはない。しかし、パウエル国務長官の発言で分かるように、国際社
会では武力を振りかざして台湾を脅迫する中国には自制を求めず、逆に被害者で
ある台湾に、中国の言い分を飲むように求める傾向が出てきてしまっている。
陳水扁氏が取る「中華民国」制度の下で生き延びる軟弱な態度は、台湾をこの危
機的状態から救うことはできない。台湾人は、自ら問題の原点を直視し、新憲法
を制定して「中華民国」体制を打倒する勇気を持たなければ、台湾は主権独立国
家になりえず、永遠に軽べつされ続けるのであろう。そして台湾の憲法制定運動
が成功するどうかは、アジアの安定が保たれるかどうかの計石となるのだ。

以下は永山さんが直したもの

邪悪に伍するアメリカ政府と、強権にひれ伏す陳水扁政権

■「中国」の建国を祝う台湾の歪んだ現状 

 台湾の政治勢力を大ざっぱに分ければ、台湾人意識の強い「台湾派」と、中国
人意識の強い「中国派」がある。台湾派とは陳水扁総統が率いる民進党と、李登
輝前総統を精神的リーダーとする台湾団結連盟で、中国派とは中国との併合を目
標とする国民党と親民党である。そもそも台湾に中国派が存在していること自体
が異様だが、それが戦後の台湾における歪んだ現実なのである。

「中国」が混在している今の台湾だが、その中で一番象徴的なのが、毎年十月十
日の「双十節」を、「国慶節」として国をあげて祝っていることだ。これはもと
もとシナ大陸にあった「中華民国」の建国を祝う日である。 「双十節」は一九
一一年十月十日に中国で起きた辛亥革命を記念するもの。この革命の結果、「中
華民国」が誕生して清国が滅ぶのは翌年のことであり、この日を建国記念日にす
るのも可笑しな話で、辛亥革命にしても、所詮はシナ的混乱、混戦の悲喜劇であ
り、どこに栄光があるのか理解できないが、いずれにせよ、何をどう祝おうとシ
ナ人の勝手であり、我々台湾人にはどうでもいいことだ。

 だが問題は、なぜ台湾人がその日を、「国慶」としなければならないのかであ
る。それは簡単にいえば、一九四九年に中華人民共和国に滅ぼされた「中華民
国」の亡霊が、そのまま台湾に居座り、今日に至っているからだ。これが理由の
すべてである。 「国慶節」を外来政権であった国民党政権が祝うなら、分から
なくもない。なぜなら、ウソで固められた「中華民国」体制を正当化しなけれ
ば、台湾人を統治する口実がなくなってしまうからである。こうした勢力は民主
化後の今日でも、昔日の支配者としての地位、権益を回復するため、必死に「中
華民国」防衛を叫んでいることは、先の総統選挙を見ればわかる。

 しかし、「中華民国」体制を打倒するために立ち上がったはずの陳水扁氏が、
政権を勝ち取ってからも「双十節」を祝っているのはどういうことだろう。つま
り陳水扁氏の節操のなさ、八方美人の性格が原因なのだ。 陳水扁氏は国民党政
権時代からの慣例に従って、「双十節」には重大な国家政策を発表している。そ
れは今年も例外ではなかった。彼はその一週間前から、重大発表を行うと自ら宣
伝予告していた。そして「双十節」の前夜祭には、「すべての人が満足できる内
容になる」などと自慢気に語っていた。つまり台湾、中国、米国の誰もが満足す
る内容になるといっていたのである。誰もが満足する政策はあり得るかどうかは
別にして、八方美人の陳水扁氏には、それが最大の政治目標なのだろう。しかし
重要談話を一週間も前からあちこちで宣伝し、人をじらして楽しむなど、まった
くガキのやることだ。

■幼稚かつ危険な陳水扁の「重要談話」

 蓋を開けてみると、その内容はガキの悪戯以上に幼稚かつ危険なものであっ
た。陳水扁氏は、「中華民国は台湾、台湾は中華民国であり、これは誰にも否定
できない事実だ」とした上で、「未来の中華民国と中華人民共和国、あるいは台
湾と中国の間が、どのような政治関係に発展するかについては、二千三百万の台
湾人民の同意があるならば、あらゆる可能性を排除しない」と述べた。そして台
中双方の代表者が会談した「九二年の香港会談を基礎」とし、両岸の対話を再開
しようと呼びかけた。つまり彼の言う重要談話とは、「中国とのどのような政治
関係をも排除しない」ことを前提に、中国との協議と交渉の準備を一歩進めると
いう提議であった。

 この談話には早速反対の意見が巻き起こった。まず「中華民国は台湾、台湾は
中華民国」の発言について、李登輝氏が真っ向から異論を唱えた。彼は「国慶
節」翌日の十月十一日、台北市の圓山大飯店で開かれた群策会主催の「台日両国
の憲法制定とアジアの安定シンポジウム」において、自身が「中華民国」総統
だったときに「中華民国在台湾」、「台湾中華民国」と、段階的に台湾の主体性
を強調してきた経緯もあることから、「中華民国」総統としての陳氏の立場の苦
しさには一定の理解を示しながらも、「国際社会で『中華民国』は『Republic
of China』つまり『チャイナ共和国』と直訳されており、誰がここから『台湾』
を連想できるだろうか」「『中華民国は台湾だ』または『台湾は中華民国だ』と
いくら叫んでも、自他を欺くだけだ。このような不誠実な態度は、国際社会から
尊敬も支持も得られない」と陳水扁氏の発言を痛烈に批判したのだった。

■ウサギがオオカミと会談をしてどうする

 陳水扁氏はさらに、「台湾と中国の、どのような政治関係も排除しない」と
いっているが、これはどういうことなのか。台湾と中国との関係は国と国との関
係以外に、どんな関係がありうるというのか。台湾が中国に併合されることも選
択肢に入るのだろうか。「二千三百万の台湾人民の同意があれば」との前提をつ
けているが、一国の元首としてのこの発言は、実に無責任きわまりないものだ。
中国は台湾の領土を奪おうとする強盗のような国である。自分の財産を奪おうと
する強盗といかなる関係を持つことも排除しないと言うアホがどこにいるのか。

 また陳水扁氏は、「九二年の香港会談を基礎」とし、中国と会談をしようとも
提案した。そもそも、台湾に領土野心を持つ中国に会談を呼びかけることは、ウ
サギがオオカミに会談を持ちかけるに等しい愚行なのである。ウサギにとって身
を守る唯一の手段は、オオカミを遠ざけること以外にはないのである。他方オオ
カミからすれば、ウサギはご馳走以外のなにものでもない。ウサギとオオカミと
の会談では、ウサギがいかにオオカミに料理されるかの議題しかない。「中国を
満足させる」などといった陳水扁氏だが、中国とは台湾を呑み込んでしまわない
限り、いかなる提案でも満足することはないのだ。

 陳水扁氏が持ちだした所謂「九二香港会談」というものは、台湾と中国との初
の政府間接触であった。会談の中身は、郵便や公文書の認証など、きわめて実務
的なものにすぎなかったのだが、それでも中国がかたくなに「台湾は中国の一
部」であることを会談の前提にしようとしたため、結局なんの合意にも至らず、
平行線をたどったまま終っている。しかしその後の中国は、この会談において
「一つの中国」との合意があったと宣伝したため、台中双方が「一個中国、各自
表述」(一つの中国の意味については、それぞれが解釈を行なう)なる所謂「九
二共識」との合意が達成されたと、国際社会に誤解を与えている。 

 陳水扁氏の与党陣営は、そもそも「九二共識」自体が存在しない(合意してい
ない)という立場なので、「九二会談」という表現を使ったのだが、あえて陳水
扁氏が争点の多い「九二会談」を持ち出したため、国際社会に「陳水扁総統が
『一つの中国』を容認した」という印象を与えてしまった。 日本でも、十月十
一日付「産経新聞」国際欄で、「中台対話再開を 台湾総統 『一つの中国』92年
協議容認」という見出しで「(陳総統は)『一つの中国』の定義について中台そ
れぞれが独自解釈することで合意したとされる一九九二年の『香港協議』を確認
する方針を表明し、中断している中台対話の再開を中国に対して呼びかけた。陳
政権が九二年の協議内容を明確に容認したのは今回が初めて」と報道されてい
る。 また、十月十一日付の「朝日新聞」でも、「『一つの中国は認めない』と
の立場だった陳総統が、今は野党の国民党政権時代に行われた同会談を評価する
のは初めて」と報じられている。おかしいことに、「陳総統が『一つの中国』を
容認した」との論評について、台湾政府は反論も否定もしていない。

■「ヤクザと妥協しろ」というアメリカ政府の偽善

 このような愚かな重要談話を、アメリカはすぐさま「建設的なメッセージ」と
して評価し、日本政府も「具体的な実現が期待される」と、前向きに評価してい
る。このような日米の評価に、陳水扁氏は大人から褒められた子供のように喜ん
だ。

 こうしたアメリカの反応から、この談話も、今年の就任演説と同様、事前にア
メリカの検閲を受けていたを伺い知ることができる。アメリカは自国の都合で、
台湾に中国と妥協するように圧力をかけたのだ。つまり、今はお前の面倒をみる
ヒマがないから、ヤクザと妥協しろとの態度であった。それなのに陳水扁氏は、
まるでご褒美をもらったかのように、いろいろな場面で、「お褒めの言葉」を披
露して自慢していた。 この能天気の姿勢を見かねて、台湾最大紙である自由時
報は翌十一日の社説とコラムで、「中国におべっかを使っている」と厳しく批判
し、猛省を求めた。

 しかしその一方で、陳水扁氏の「知恵」を過大評価している海外のメディアも
少なくない。十月二十六日付の産経新聞に、「台湾のメッセージ、対中『融和提
案』には裏がある」と題する千野境子氏の署名記事は、国際メディアの反応を以
下のように紹介している。

「台湾の陳水扁総統が十月十日の双十節に中国に対話再開を呼びかけた演説も、
意図がさまざまに読み解かれた。当初は融和的提案との受け止め方が少なくな
かったが、アジア版ウォール・ストリート・ジャーナル紙十三日付コラム「陳の
本当のメッセージ」は、読み間違いと見る。《これが和解のジェスチャーとして
意図されたと世界が信じるのを、陳氏が気に入るのは疑いない。しかし陳氏の本
当のメッセージは、どんな交渉も彼の政府、(中国でなく)台湾アイデンティ
ティーを宣言する政府とやらねばならないということだ》」

「十二月の台湾立法委員(国会議員)選挙は陳総統の民進党と台湾団結連盟が勝
利しそうと観測する同紙は、《大中国の下に台湾は政治的に包摂される運命にあ
るというフィクションは終わるだろう。中台は依然、交渉に共通の土俵があると
の考えに外界が固執しても、ドラマのキープレーヤー(台湾人と中国人の当事
者)は、どうなるか分かっている》という」

「英エコノミスト誌十六日号も、選挙を前に陳総統も中国も譲歩するムードには
ないから融和的姿勢は提案の一面にすぎず、むしろ陳総統は「一つの中国」に言
及せず、台湾の独自ぶりを語ることでワサビをきかせたとしている」

■中国に対する「リベラル」は「悪」である

 以上の観察は、一般的国際政治における常識を台湾に適用させただけのもの
で、台湾と陳水扁氏に対する認識の浅さを示したものにすぎない。なぜなら陳水
扁氏には、各国が評価したような発想など、そもそも持ち合わせてはいないから
だ。「対抗は絶対悪」で、「会談は絶対善」とする、最近流行の所謂リベラル的
で幼稚な割り切り方は、リベラル派と自認する陳水扁氏の政治姿勢とまったく合
致している。だからこそ、台湾問題をできるだけ先送りすることを目的としたア
メリカの「会談の勧め」に、彼が嬉々として乗ったのである。邪悪な中国との会
談を台湾に勧めるアメリカと日本には、台湾を犠牲にしてでも中国との衝突を回
避したいという打算があるのであろう。こうした打算には、台湾人の意向などは
まったく考慮されていないということを、台湾のリーダーである陳水扁氏は、し
かと肝に銘じるべきだ。強盗国家に対しての「リベラル」は、「悪」なのである。

 現在の状況のまま、中国に会談を持ちかけることは台湾の国益に合致していな
い。なぜなら、台湾の中国に対する貿易依存度はすでに二五%を越えているが、
ここで中国との会談がうまくいくなら、中国への依存はさらに高まり、そのうち
中国の経済的属国になりかねないからだ。一方、中国との会談がうまくいかなけ
れば、責任の擦り合いなどで台湾内部の中傷合戦が一層エスカレートし、政治の
混乱はさらに深刻化するだろう。
第一、敵である中国に善意を示し続け、会談を持ちかけること自体、国防の意志
を放棄するようなものであって、現実に侵略の脅威にさらされている国のリー
ダーがとるべき姿勢ではないのである。 このような陳水扁氏の政治姿勢を理解
しなければ、「双十節」での発言の真意を読み説くことはできない。

 小学校から大学までトップの成績を勝ち取ってきた陳水扁氏は間違いなく優等
生である。だが戦後台湾の「中国人化教育」における優等生ほどたちの悪いもの
はない。この中国的な優等生は、敷かれたレールの上をいかに速く走り、既成の
枠組みでいかに評価されるべきかをよく心得ているのだ。だからその政治活動に
も、「優等生的姿勢」が色濃く反映されている。評価されたい、褒められたいと
の一心から、内政についていえば選挙対策がすべてになり、有権者に媚びるだけ
が政策そのものとなってしまっているのである。そして外交政策といえるものも
ほとんどなく、いかにアメリカの歓心を買うかが最優先課題となっているのだ。

 「双十節」の直後に陳水扁氏は、民進党の人材養成機構である「ケダガラン学
校」で、「総統に再選された自分はもう選挙のことを考えなくていい(※台湾の
総統任期は二期まで)。これからはいかに歴史に名を残すかを考える」と強調し
た。この一言は、彼が今までやってきたことが、すべて選挙のためであったこと
を証明するものである。そして彼の今までの言動を総合しながら考えると、結局
彼が中国に会談を持ちかけたのは、「戦争より和解を達成した」という、歴史に
残る「優等生」になりたいだけだったことがわかる。

■陳水扁には託すことのできない台湾の運命

 しかし台湾人が、陳水扁氏の「会談提案」がいかに危険なものあるかを理解す
るのに大して時間はかからなかった。十月二十五日、北京を訪問中のパウエル米
国務長官は、香港の鳳凰テレビとアメリカのCNNとのインタービューの中で、陳
水扁氏の「双十節」での発言に言及し、「台湾は国家主権を享受できない一地域
に過ぎない」とした上で、台中会談が「それぞれ統一の案を出し合うための会
談」であると公言したのだ。つまり、アメリカに背中を押されて陳水扁氏が提起
した会談とは、台湾がどのような形で中国に併合されるかを話し合うための会談
だったことが明らかになったのだ。中国が台湾を焼こうが煮ようが、アメリカは
関知しないということだ。そのためアメリカに褒められてルンルン気分に浸って
いた陳水扁氏は、いきなり冷や水を浴びせられる格好となった。

 所謂「国家主権を享受できない」台湾に二兆円もの武器を売ろうとしているア
メリカは、いったいどのような意図でこのような発言をしたのだろう。この国の
外交責任者であるパウエル氏の暴言は、当然のことながら台湾で大きな波紋を呼
んだ。台湾団結連盟などは、「台湾をバカにしている」とパウエル氏を厳しく批
判している。ところが、肝心の陳水扁氏は翌日、台湾訪問中の金泳三元韓国大統
領との会談の場で、「台湾は主権独立国家なのに」とつぶやいて不満を漏らす程
度にとどまった。つまり、「アメリカのいうことをすべて素直に聞き、とてもい
い子にしているのに、なぜかまってくれないのか」と、がっかりした子供のよう
な反応である。 この「優等生」に、果たして邪悪な中国と渡り合えっていくこ
とはできるのだろうか。このような人物に、台湾の将来を託して大丈夫なのかと
心配している台湾人は、私だけではないはずである。

■台湾はアメリカのコマなのか

 イラクに民主主義を押し付けるため、戦争まで発動したアメリカは、その一方
で民主国家台湾を、悪魔のような中華帝国に売り渡そうとしているわけである。
台湾人は、今回のパウエル氏の暴言によって、アメリカ政府の民主主義に対する
ダブルスタンダードを改めて見せつけられた。 そもそも台湾が安全保障の面で
アメリカに頼っているからといって、アメリカに台湾の将来を決める権利がある
わけではないのである。それを考えると、アメリカの歓心を買うことのみを外交
政策としている陳水扁氏の態度はじつに情けない。アメリカ一辺倒だけで、果た
して台湾の国益を守れるのかということを、台湾人はもっと真剣に考えなければ
ならないだろう。

 在台日本人の台湾ウオッチャーである酒井亨氏は、九月三十日付のメールマガ
ジン「台湾の声」で、「アメリカに疑いを持て」と題する論文を発表し、台湾が
独立国家として世界で認知されていない現在の状態は、米国にとっては最も都合
が良いものだと主張している。

 酒井氏はそこで、「台湾が独立国家として認められなければ、中国につくわけ
にもゆかず、日本が頼りにならず、欧州は地理的に遠すぎる以上、必然的に米国
への依存を強めざるを得ない」と指摘し、「総統就任演説の一字一句まで米国が
検閲していることはわりと知られているが、これに典型的に示されているよう
に、台湾の米国依存は、まさに台湾が米国の植民地である観を呈している。台湾
が米国の植民地的な状況にあるということは、米国のアジア外交、とりわけ対中
外交において、台湾が米国のコマとして利用しやすいということであるし、実
際、台湾はコマとして使われてきたのである」と警鐘を鳴らしている。

さらに酒井氏はこう述べる。

「台湾の生存と外交を圧迫する最大の要因である『一つの中国』政策も、実は米
国が世界に広めた虚構であるという点である。米国の国際政治における力を持っ
てすれば、米国が『一つの中国』政策を放棄して、台湾の事実上の独立を法理的
に承認するだけで、現在の外交上の問題は一挙に解決するはずである。欧州連合
(EU)から、日本、韓国、ロシア、あるいはさまざまな小国にいたるまで多く
の政府が『一つの中国』を口実に、台湾との公的接触を避けているが、それはす
べて中国が妨害しているからではなく、その中国の妨害を奇貨として、米国が自
分に都合の良いコマとして台湾を仕立て上げるために、『一つの中国』政策を世
界的に広めていることに原因がある」

不幸にも、今回のパウエル氏の暴言が、酒井亨氏の指摘の的確さを裏付けること
となったのだ。

 中国に台湾への領土野心を諦めさせるとは、ライオンにベジタリアンになれと
言うに等しい。この野蛮な中華帝国に、紳士的な文明国になるように期待するこ
と自体が間違っている。このような軍事強権国家の隣国であること自体が、台湾
の不幸である。ところがアメリカは、自分に依存せざるを得ない台湾の弱みに付
け込み、台湾をコマとして利用しながら、今度はそのコマを売り飛ばそうとして
いるのだから、この国も中国と同様、邪悪帝国に成り下がったということではな
いのか。少なくとも、民主国家としては、道徳的堕落以外の何ものでもない。


■新憲法制定で「中華民国」体制を打倒せよ

 しかし、アメリカからこのような仕打ちを受けることは、台湾自身にも責任が
ある。法理的に「一つの中国」を認めてしまう「中華民国」体制にしがみついて
いるため、自ら国際的孤児になっているのだ。また国内でなかなか台湾人アイデ
ンティティが確立されないことも、国家に対する見解が分裂したままであること
も、アメリカが台湾を軽く扱う原因となっている。 だからこそ、李登輝氏は台
湾人が自ら憲法を作り、「中華民国」体制を終結させなければ、「台湾には将来
はない」と強調しているのだ。

 「中華民国」体制を支えているものは、現行の中華民国憲法である。少しでも
国際法の知識のある人間なら、台湾が「中華民国」ではないことは理解できるは
ずだ。「中華民国」は一九一二年、大清帝国を継承する形で誕生したが、当時台
湾はすでに日本の領土になっており、その国とは何の関係ももっていなかった。
一九四五年の終戦で、蒋介石時代の「中華民国」は台湾を占領した。これについ
ては「台湾の祖国復帰」「台湾の中国への返還」などといわれており、日本人の
多くもそのように考えているが、実際は単に連合軍司令官マッカーサー元帥の第
一号命令に従っての軍事占領であり、国際法上の領土の移転を意味するものでは
なかった。つまり台湾に関する主権を、「中華民国」が取得したわけではなかっ
たのである。一九四六年、この中華民国憲法が中国で制定された。もちろんそこ
で規定されている領土とは中国であり、台湾は含まれていない。一九四九年、
「中華民国」は内戦に敗れて滅亡したものの、蒋介石政権はこの憲法を携えて台
湾へと逃れ、「我こそが正統なる中国政権」だと主張したのである。

 このような憲法は、もちろん現在の台湾の現状に合うわけがないし、それどこ
ろかこのようなものを奉戴している限り、台湾人が「一つの中国」、つまり「台
湾は中国の領土である」と黙認することになるのである。そしてまさにそのこと
が、中国に台湾侵略の口実を与えてしまっているのだ。もはや問題は台湾だけで
なく、アジア全体の平和にかかわっているのである。

 それだけではない。この憲法のために、アメリカをはじめ国際社会からも、台
湾問題は中国内政問題だと看做されてしまっている。だからパウエル国務長官の
発言でも分かるように、国際社会では武力を振りかざして台湾を脅迫する中国に
は自制を求めず、逆に被害者である台湾に対し、中国の言い分を呑むよう求める
傾向が出てきてしまっているのだ。中国の軍備拡張と台湾に対する領土野心があ
る限り、アジアから動乱の危機が消え去ることはないのにかかわらずにだ。

 だから李登輝前総統は、二〇〇七年以前に台湾新憲法を制定し、「中華民国」
にピリオドを打ち、台湾を名実ともに正常な国家にせよと訴えているのだ。今年
七月には全国民的な制憲運動を発動するなど、陳水扁氏にはない台湾人魂を見せ
てくれている。 「中華民国」制度の下で生き延びようとする陳水扁氏のような
軟弱な態度では、台湾を危機的状態から救うことはできない。台湾人は自ら問題
の原点を直視し、新憲法を制定して「中華民国」体制を打倒する勇気を持たなけ
れば、台湾は永遠に世界から軽蔑され続けるのであろう。 また台湾の憲法制定
が成功するかどうかは、アジアの安定が確保できるかどうかに大きくかかわって
くるのである。


        2004年10月28日 栃木にて







「建国の星」から「建国の障害」に転落した陳水扁

        「台湾の声」編集長 林建良

 二〇〇四年三月二十日に、台湾新憲法の制定を選挙公約とした陳水扁総統が再
選を果たしたが、僅差で破れた親中国派の連戦・宋楚瑜コンビはその結果を受け
入れることなく、暴動を起こして台湾を混乱させた。これに対して陳水扁は、連
宋陣営に近い軍のクーデターを恐れ、暴動を鎮圧することなく、譲歩に譲歩を重
ね、票の再集計などといった法外の要求まで飲んだのだ。そのため、連宋陣営は
ますます跋扈し、この出口のない政争で、台湾社会は暗雲に包まれてしまった。
台湾国民はこの混乱状態にうんざりしていた。そのためほとんどの評論家は、こ
の混乱が陳水扁陣営に有利に働くとみていた。二〇〇四年十二月の立法委員(国
会議員)選挙では、与党陣営が大勝するというのが大方の予想であった。事実、
法の正義を犠牲にまでした連宋陣営に対する度が過ぎた譲歩は、同情票を狙う陳
水扁の選挙対策だと考えた方が正しい。

 実際、選挙戦に本格的に突入すると、陳水扁は寛容な態度を改め、トーンを上
げて連宋陣営に厳しい非難しはじめた。陳水扁陣営はこの戦術が有効だと信じ
切っていた。そして楽勝ムード一色の中で民進党内部の関心は、選挙直前の段階
で早くも勝利後の閣僚ポストの分け前に集中していた。

 しかしフタを開けてみると、民進党は前回の八十七議席から八十九議席へと、
二席の微増にとどまり、台湾団結連盟は前回の十三議席からの一議席減の十二議
席になり、これで与党陣営の総計は百一議席となり、過半数の百十三議席には届
かなかった。一方の野党陣営は、中国国民党が前回の六十九議席から七十九議席
に増やし、親民党は四十六議席から十二議席減らして三十四議席になったもの
の、新党の一議席を加えて過半数を越える百十四議席となったのである。

●台湾化の流れは後退していない

 この結果は、与党優勢と予測していたほとんどのマスコミにとっては驚きで
あった。そのためか、翌日はこぞって「与党敗北」とのニュースが大きく報じら
れた。日本各紙の報道にしても、「中国とのトラブルを嫌う中間層の離反を招い
た」(朝日)、「急激な台湾化を懸念する民意のバランス感覚が働いた」(読
売)、「新憲法施行など陳氏の進める政治体制の『台湾化』は見直しを迫られそ
うだ」(共同)といった見方が主流を占めた。

 だが果たしてそうだろうか。「有権者のバランス感覚」というのは、選挙結果
がゆり戻したときの定番の分析であるが、これらの分析のすべては検証を抜きに
した、単に知ったかぶりした、マト外れのものばかりであった。
 確かに与党陣営は過半数を確保できなかったが、得票率からみれば、確実に成
長している。逆に野党陣営は過半数を越えたものの、得票率は減少しているの
だ。前回の立法委員選挙の投票率と比較すれば、与党グループ(民進党、台湾団
結連盟)は四一・二%(二〇〇一年)から四三・五一%(二〇〇四年)になり、
二・三%を伸ばしているのだ。一方、野党グループ(国民党、親民党、新党)は
四九・八%(二〇〇一年)から四六・八五%(二〇〇四年)になり、二・九五%
を減らしていることが分かる。議席数で比較しても、与党陣営は前回の百議席か
ら百一議席になり、逆に野党陣営が前回の百十五議席から百十四議席となったの
だ。したがって決して台湾化の流れが後退しているわけではなく、厳密に言えば
僅かながらも成長しているのだ。与党陣営は「負けた」というよりも、「思った
ほど勝てなかった」ということだ。

●選挙運動に疲れた台湾社会

 今回の選挙は台湾の建国運動において極めて重要なステップであったことは、
誰もが認めている。しかし、選挙運動だけで支持者の情熱を高揚させつづけるこ
とは、ほぼ不可能に近いだろう。なぜなら、一般庶民をも巻き込まなければなら
ない選挙運動は、たまにやるのはいいが、これが日常的になると生活の邪魔にな
るからだ。実質的に二〇〇三年から始まった総統選挙から、二〇〇四年の年末に
実施された立法委員選挙までの二年間近くにわたり、間断なく行われた選挙運動
に、国民は相当うんざりしており、精神的にも肉体的にも疲れ切ってしまってい
た。特に今回のような政策論争もなく、中傷非難合戦ばかりの立法委員挙戦な
ど、苦痛以外の何物でもなかったのだ。事実、三月の総統選挙に八〇・二八%に
も達した投票率は、今回は五九・一六%と激減し、投票に行く有権者は前回より
二百万人も減っている。この政治離れの現象は決して軽視すべきではないのだ
が、与野党ともに、この国民の気持ちを察知することなく、相変わらず派手な選
挙戦を展開していたのだった。

 今回の立法委員選挙は、まるで三月に行った総統選挙の延長戦で、スポットラ
イトも陳水扁や連戦ばかりに当てられ、肝心の立法委員候補者の影が極端に薄く
なってしまった。つまり総統選挙の延長戦のようなものだから、投票率も史上最
低となり、総統選挙の投票率と比べれば、いかに国民が政治に厭きたことが分か
るはずだ。更に選挙の終盤になって、民進党は議席を伸ばすため、支持者に票の
割当を指示した。 つまり、支持者の生れた月で割り当てられた候補者に入れろ
との指示だった。このやり方は台湾では「配票」と言い、全く民主主義の精神に
反する選挙戦術である。選挙の本来の意義は、有権者が自らの意思で気に入った
政策や人物への投票を通じ、政治に参画するとことにあるのであって、これは有
権者の選択権を奪うファッショ的なやり方である。民進党のリベラル的な体質に
もまったく合わないものだった。結果からみれば、有権者をコマとして動かそう
とした民進党の思惑は、見事に外れてしまったというわけだ。

●野党に媚びを売る民進党

 票は僅かながらに伸びたにもかかわらず、事前に予想されたような躍進がな
かったことから、与党陣営の「敗北」とマスコミに解釈され、更に台湾の政局
も、この「与党敗北」の観点から分析、予測されているのが一般的だ。そして可
笑しいことに、絶対数からいえば多数派の台湾派が負け組にされ、意気消沈の日
々を送らざるを得なくなっている。 このように勝ち負けの「解釈権」を主導で
きないところにも、民進党の未熟さを見て取ることができる。

 これはまるで、競技の場で相手よりも得点が多いのに、「俺が勝った」と主張
する相手に怯えてメダルを譲らなければならないようなものなのだ。まさに陳水
扁の中途半端なジェントルマンシップである。そもそも、自ら負けたと公言した
陳水扁が、与党陣営の士気を萎ませてしまっているのである。そしてそれだけで
なく、野党陣営に和解を求める陳水扁の卑屈な態度が、逆に野党陣営の気炎を更
に助長してしまってもいる。

 民進党の和解工作の対象となったのは、まずは前回より議席を十二も減らして
三十四議席になった宋楚瑜主席の親民党である。つまり、民進党の八十九議席プ
ラス親民党の三十四議席で過半数を確保しようという打算なのだ。民進党は日本
の自民党と社会党の連合政権であった村山政権をモデルにしているようだが、台
湾を「国家」と見る民進党と、「中国の一省」と見る親民党の国家観の違いから
みれば、自民党と共産党の連合政権のようなものだろう。いずれにせよ売国勢力
との提携を試みていることは間違いない。
 ちょうどその時、宋楚瑜の台湾ドル五億元の金銭疑惑が証拠不充分によって不
起訴になると検察当局が発表した。二〇〇〇年と二〇〇四年の総統選挙で執拗に
この金銭スキャンドルを糾弾して、宋楚瑜を激しく攻撃してきた民進党は、この
時一転して「ようやく宋楚瑜の潔白が証明され、喜ばしいことだ」という、信じ
られないコメントを発表し、親民党に阿った。そもそも検察当局は政治の取引に
使われることが多く、この不起訴の決定は民進党政権からの「善意」であると、
大方の台湾人は見ている。更に、民進党は「国会議長ポスト」「副首相ポスト」
「閣僚ポスト」などを親民党に譲ると公言して、あからさまに買収工作を行っ
た。政治の世界では、妥協も含めた権謀術数は必要かもしれないが、これほど露
骨に利権をチラつかせるようでは、民進党もここまで権力に溺れたかと、国民一
般も感じざるを得なくなっている。結局、親民党との連合ができるかどうかに関
係なく、民進党に対する国民の不信感は深まる一方である。

●危なっかしい謝長廷新内閣の船出

 立法院選挙の後の慣例として、内閣は総辞職し、行政院長(首相)任命権のあ
る総統によって新たな行政院長が任命され、それに従い内閣人事も改造されるの
である。二〇〇四年一月、陳水扁が任命した新しい行政院長は、台北市議員時代
の同期である前高雄市長の謝長廷である。元民進党主席である謝長廷氏が行政院
長になることは妥当な人事と言えよう。元弁護士の謝氏は台湾大学法学部卒業
後、国費留学生として京都大学に三年間留学し、修士号もとっているなど、戦後
生まれの数少ない知日派の政治家である。彼は立法委員であった十数年前、東京
で三時間ほど筆者と台湾の将来について議論したことがある。多少鼻持ちならな
い傲慢さもあったが、頭は切れるしユーモアのセンスもあって弁も立つ、そのよ
うな強烈的な印象が今も鮮明に残っている。リーダーとしての彼は、深沈厚重や
磊落豪雄ではなく、聡明才弁のタイプなのである。しかし、聡明さの故か、どこ
かで信頼しきれない小賢しい匂いもする。

 その謝氏が陳水扁から任命された直後、さっそく野党との和解を最優先課題と
して取り組むと明言した上、親中国的な野党が嫌ってやまない「正名運動」や
「憲法制定運動」を推進しないと公言したのだ。陳水扁はかつて、台湾主体意識
の強化のため、台湾を「中華民国」ではなく「台湾」と呼ぶ「正名運動」や、台
湾を正常な国にするための「憲法制定運動」を公約してきたが、今や野党と和解
するため、それらをいとも簡単に反故にしようとしているのだ。

 また民進党党内からも、親民党の要求に応じ、党綱領にある「台湾独立条項」
を廃止しようとの提案もなされた。党の基本精神さえも捨ててしまえというのだ
から、極端に言えば、権力基盤を安定させるため、何もかも野党の言いなりにな
ろうとの姿勢なのだろう。 政局を安定させる大義名分の下なら、今までの政治
理念を完全に放棄していいというなら、一体民進党の存在価値はどこにあるの
か、と台湾の長老教会をはじめ、民間団体は一斉に反発した。それもそのはず、
国民の前で権力の取引を公然かつ露骨にやるなど、今の民進党はかつての国民党
となんら変わりがないからだ。

 そもそも、政治理念や綱領は政党にとって信仰の核心部分のようなものなので
あって、それをいとも簡単に捨てることのできる政党など、国民からは簡単に捨
てられる。残念ながら陳水扁も民進党の幹部も、こうした政治のイロハが分から
ないようだ。

●軟弱な態度が武力侵攻を誘うのだ

 当然、この台湾政界のゴタゴタを、中国が見逃すはずがない。このような状態
に乗じて中国は、ますます台湾の首をきつく絞めようとする。去年の末に、中国
人民大会常務委員会で「反国家分裂法」を制定する議案が通過した。今年三月の
成立を目指しているこの法律の詳しい条文はまだ公表されていないが、その名前
からして、台湾の併合を法的に正当化しようとの狙いがあるらしい。つまり、中
国の「台湾は中国の一部である」という主張に基づき、台湾国内での国家正常化
の動きを法によって封じ込めるとの打算である。

 この法律が成立すれば、台湾建国を支持する過半数の台湾人は、中国の法律下
では犯罪者となるわけだ。そのうち、建国運動の推進役は「中国を分裂させる首
謀者」となって極刑も免れなくなるだろう。この法律に違反する人間が海外にい
るなら、引き渡しを要求すると、中国政府は示唆しているのだから尋常ではな
い。李登輝さんが訪日すれば、中国は日本政府に「逮捕して引き渡せ」と要求し
てくるのであろうか。当然、台湾の独立を支持する海外の言論も「中国を分裂さ
せる不法行為」と見なされ、日本人もこの法律によって言論を規制されかねなく
なるのだ。これほど、東アジアの平和を撹乱しようとするめちゃくちゃな法律は
ないが、台湾の中国のミサイル攻撃に対する防衛の増強を問う国民投票には、
「中国を刺激するな」と牽制する平和大好きな日本政府は、この中国の乱暴な動
きになんのコメントもせず、黙り込んでいるのだ。

 この「反国家分裂法」制定の動きに対して、陳水扁がとった行動は、台湾人の
国防意識や団結を高揚させるのではなく、説明団を日米欧などの主要国に派遣し
て、中国にこの法律を作らないように圧力をかけてほしいと、各国にお願いする
だけだった。外交も国防の一手段であると考えれば、そのやり方も決して間違い
だとは思わないが、ただ順序が間違っているのである。自力で国を守ろうとの決
意も見せず、ただ他力本願的な軟弱さをさらけ出すなど、これはじつに危険きわ
まりないことなのである。

 陳水扁は他国に向け、中国の台湾に対する脅威を訴えておきながら、当の中国
になお善意を示し続け、中国との友好を演出しているのだ。その時、陳水扁は
あっさりと、中国にいる台湾人ビジネスマンの旧正月に里帰りのために、史上初
の台中間の臨時直行便を許してしまっている。中国がこの台中間の直行便をどの
ように位置づけているかといえば、もちろん中国の「国内航路」である。台北に
着陸した中国機第一便の機長は「我が台湾同胞へ」と、台湾を解放したような態
度で第一声を発したのはなんとも印象的だった。ところが陳水扁はこの屈辱的な
ことを一切意に介することなく、直行便の開通を自分の歴史的業績であるように
宣伝し、台湾の中国資本のマスコミに踊らされて、友好ムードをめいっぱい演出
したのだ。これでは、いくら一流の外交官を外国に派遣して、中国の脅威を訴え
させても、ほとんど意味がなくなるのである。諸国は台中問題を国内問題とみな
し、あるいは台中間には差し迫った危険はないとの判断で、介入をためらうこと
になろう。

 戦争とは悪勢力に立ち向かう強い姿勢によって引き起こされるのではなく、戦
争を恐れて悪勢力に平和を乞う軟弱な姿勢によって引き起こされるものである。
イギリスが戦争を恐れて、ヒットラーに宥和的な姿勢で平和協定を結んだ結果、
ヒットラーのポーランド侵攻を誘い、それによる人類史上最大の戦争が勃発した
ことを忘れてはならない。残念ながら、優等生であるはずの陳水扁は受験勉強以
外の勉強はしなかったようだ。国民党教育の中であまり重要視されていなかった
世界史は勉強していないらしい。

●「静かなる革命」の限界

 八〇年代後半から始まった台湾の民主化は「静かなる革命」と言われている。
この例のない民主化運動は、これまでも台湾の成功物語として語られてきた。確
かに、国民党の一党独裁政治から一転して、一国のリーダーを国民が直接選ぶこ
とができるようになるなどの驚くべき変化を、台湾人は流血革命を経ずに達成し
たのである。 一方、その代価として、「台湾が中国の一部」であるとの根拠と
される中華民国体制は、そのまま温存されることになった。中華民国を打倒する
ために立ち上がった民進党は立党からわずか十四年で政権をとったのはよかった
が、今では中華民国体制の守り神となっている。この皮肉な結果は、まさに破壊
なき建設である「静かなる革命」の限界を示してあまりあるものだ。

 しかしだからといって、これだけで台湾の建国運動が頓挫したと解釈するのは
早計だ。今回の立法院選挙の挫折で、かえって今まで累積してきた問題があぶり
出され、独立建国派の人間にとっては貴重な警鐘となったと見るべきであろう。
そもそも台湾は正常な国ではなく、国家なき政党間の争いなど、所詮沈みかかっ
ている客船の中での、一等席と二等席の席取り争いに過ぎない。そう考えると、
今回の選挙の不振も決してマイナスではないのだ。元々、民進党と台湾団結連盟
の与党陣営にひとかどの人物は存在していない。それでも今まで外来政権に虐め
られていた台湾人は、彼らに国作りを期待し、権力を与えてきたのだが、結局彼
らは権力ゲームに明け暮れるだけの凡人であることが明らかになってきている。

 国を作ることを忘れては、総統や国会議員と言えども、所詮タイタニックの一
等席で気取っている鼻持ちならない人間にすぎない。沈んでしまえば、一等席も
三等席も一緒なのだ。権力に浮かれて国作りを忘れてしまった陳水扁政権の罪は
重いが、今回の不振によって頭が冷やされ、こうした事実を再度見つめ直すこと
ができるなら、台湾の将来にとっては決してマイナスなことではない。

 今の時点では、「正名運動」と「憲法制定運動」の成功を信じ、台湾が正常な
国になると期待してきた台湾人は、目下すっかり意気消沈してしまっている。や
がてこの失望感は政治に対する怒りとなるはずだが、この怒りをどう建国のエネ
ルギーに転換し、導いていくかを、台湾人は考えなくてはならない。その成否に
よって台湾の運命が決まると言っても過言ではないだろう。

 台湾が新生国家として生まれ変わろうとする直前での挫折感は、とてつもない
大きいのであるが、これは同時に、大きなエネルギーであるとも言えるのだ。こ
の台湾人意識の大波がそのまま塞き止められるか、あるいは、津波のようにいか
なる建国の障害をも押し倒していくのかは、神様しか知らないことだ。その意味
で、今の台湾は国産みの入り口に立っているのである。腐敗しきっている現在の
権力構造を一掃する草莽崛起の時代が到来しつつあるかもしれない。

●陳水扁は建国運動の阻害である

 台湾人の期待を一身に背負っている陳水扁は、選挙の時に中国を非難すること
で、台湾人意識を高揚させ、票を獲得してきた。今回の選挙も同様な手法をと
り、「新憲法制定」も再度約束して、独立派台湾人が喜びそうな空手形を際限な
く乱発していた。しかし、選挙が終った瞬間、その景気のいい公約はことごと
く、中国や台湾内部の親中国派の圧力の前に押しつぶされている。当の陳水扁も
選挙が終った途端、勇猛なライオンから軟弱なウサギに変わり、選挙公約はまる
で存在しなかったかのように、中国に阿ったりしている。つまり、彼の中国批判
は、あくまでも選挙の一手法にすぎなかったのだ。

 彼は政策においては、李登輝前総統の中国への投資を制限する「戒急用忍」
(急がず忍耐強く)政策を破棄して、中国への投資を奨励する「積極投資」に転
換し、その上、ハイテクなど台湾の命綱とも言える産業技術をも解禁して、台湾
に侵攻しようとしている中国の武器改良に貢献しているのだ。 さらには中国人
の台湾観光をも開放した。その結果として「中国人観光客失踪事件」が多発し、
漁船で密入国した中国人も含めると、中国人不法残留者は数十万人に上るに至っ
た。その中国人たちは売春、麻薬から殺人などのあらゆる犯罪の請負人となっ
て、台湾社会を撹乱しているのだ。しかし、その実態に関して陳水扁は、中国へ
の配慮からか、一度たりとも憂慮を示したこともなく、あたかも中国人犯罪問題
が存在していないかのような顔をしている。もちろん、中国寄りの政策は台湾企
業からの圧力によるものでもあるが、その代価は台湾人全体が払うことになるの
である。今回の里帰り直行便開放も同様で、これは一部の中国で投資している台
湾企業に媚びるためのものであり、台湾人全体の安全や尊厳などへの配慮はま
るっきりなかったのだ。

 陳水扁の総統就任からのこの五年間、台湾人は彼の政権に期待しすぎて、彼ら
が権力に溺れる側面には目をつぶってきた。そして政権の力に頼りすぎて、台湾
民主化運動の土台であった社会運動を疎かにしてしまったのだ。特に権力ゲーム
に浮かれている陳水扁の取り巻きの言動と、建国運動とのギャップが拡大する一
方であるにも関わらず、我々はそれを諌めることもなく、放置してきたのだっ
た。これでは権力欲しさで陳水扁に阿っていると解釈されても仕方がないこと
だ。ここにきてはっきり言えることは、陳水扁政権には国作りを期待できないと
いうことが、建国には必要不可欠な認識であるということだ。

 陳水扁が勤勉で優秀な台湾人であることは間違いない。小学校から大学まで、
台湾人を中国人化するという中華民国独特の教育の環境と価値観に、彼は抵抗な
く素直に合わせることによって、トップの成績をおさめ続けてきた人物なのだ。
そもそも人間の本質は簡単に変わるものではない。敷かれたレールで要領よく
走ってきた彼は、中華民国体制のトップに立った今でも、体制に対しては従順で
まじめな優等生を演じているのである。

 台湾が正常な国であれば、陳水扁のような人間でも政治家として充分役割を果
たすことはできても、現存の体制を打破して、新たに国を作っていくとなると、
話はまったく別である。上手く台湾の民主化の流れに乗ってきた陳水扁は、ある
意味では時代が作りあげた政治スターであるが、自ら歴史を作る器量のある人物
でないことは、今回の選挙で一層はっきりしてきた。彼が自分に課した歴史使命
とは中国との和解であって、台湾国を作ることではなかったのだ。

 陳水扁を応援してきた人たちのほとんどは、別に彼個人に魅かれたファンでは
なく、彼が中華民国体制を打倒し、新たな国を作ってくれるだろうと期待を寄せ
た人々なのだ。残念ながら、陳水扁はこのようなことすら忘れ去ってしまってい
るようだ。 彼は今回の選挙後もテレビに自分が孫をあやしている様子の影像を
公開して王室気取りの演出をしていた。行動の伴わないパフォーマンスに感動さ
せられる台湾人は果たしてどのぐらいいるのだろうか。民意は水のごとし、民意
に背く政治家から国民が離れていくのは当然のことなのだ。陳水扁に代わり得る
政治スターは、いまのところは確かにいない。しかし、そのスターが誕生できな
い理由は、台湾人がいまだに陳水扁に期待を寄せているということにある。任務
を遂行しない人間が重要な位置にいること自体、任務の邪魔になる。その意味
で、陳水扁はすでに建国の星から建国の障害に転落してしまったのだ。

 事実を事実として認識することは、道を切り開き、問題を解決する第一歩であ
る。その意味で、もともと社会運動としてはじまった台湾の建国運動は、二〇〇
〇年以降は民進党政権の力に過信し、頼りにしすぎた部分がかなりあった。その
ため、草の根運動を真剣に取り組んでこなかったという反省すべき側面もある。
しかし今日の状況下で、独立建国派がこの問題点を気づくなら、それはそれで一
つの収穫ともなろう。その反省能力さえあれば、建国の灯火が消えることもない
のだ。 (2005年2月15日、栃木)




台湾総統選のゆくへ(上)


                林建良

この講演録は『不二』(平成15年12月号)に掲載されたもので、本誌では(上)
(下)の2回に分けて転載します。
             
 本稿は、十一月五日、参議院議員会館第一会議室で行はれた、 政民合同会議定例
会に於ける林建良氏の講演の抄録である。  文責の一切は編輯部にある。

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 総統選は厳しい戦ひとなる

 今回の台湾総統選挙の重要性は何か。陳水扁が二〇〇〇年三月十八日に選挙に勝つ
て、やうやく台湾土着の民進党政権が誕生した。では、その後絵に描いた様に民主化
が進み、台湾化が進んで台湾の国民が一層幸せになつたのか。残念ながら陳水扁が当
選した後の政治運営、彼のリーダーシップはどんなに贔屓目に見ても褒められるもの
ではありません。

 彼が政権を取つてから一番謳つた政治は、全民政治です。これは、「全ての政党が
政権に入つて仲良くやらう」といふものです。聞こえはとてもいいですが、陳水扁が
政権をとつてからずつと続くこの姿勢は、スローガン中心、敵に妥協する、といふ守
りの姿勢です。

 最初、民進党は非常にクリーンなイメージの政権で、原発のない台湾を作りたいと
言ひ、二〇〇〇年の十月には第四原発の建設中止を発表した。しかし野党の反発が強
く、彼は二、三日の内にあつさり「再開する」と言つた。

 台湾の一番大きな問題は金権政治です。我々台湾人は黒金政治と言ふのですが、こ
れは暴力と金権政治。その暴力の方は、彼はそれなりに頑張りました。金権政治につ
いては、非常に日本に似てゐるやうな構造もあるのですが、政治家、ヤクザは銀行を
通じて、不正な融資をし、莫大な不良債権をつくつて、そのつけを国民に廻す。それ
を断ち切らうと、まづ農協系、漁協系の銀行から整理しようとした。さうすると国民
党はこれを利用して農民、漁民を十二万人動員し、台北の総統府の前でデモをした。
すると陳水扁さんはその日のうちに「やらない」と言つた。

 その他にも年金問題や農業の補助金問題がある。補助金は被害があればある程度補
助金を出します。しかし、被害の程度によつて補助金は違ひますから、それでは不公
平ではないかと、またしても国民党がすぐ農民を動員して総統府に抗議に行つたので
す。これもその日の内に「ではやらない」と言つた。

 このやうな陳水扁政権の一貫性のない妥協的な姿勢に、陳水扁を支持する人間はも
う嘆いてゐる。

 このやうな政治運営をして、陳水扁政権はどれくらゐ国民に支持されてゐるのか。
総統選挙直後の世論調査では、支持率が約七十パーセントに上つたんです。しかし政
権といふのはさういふもので、今の韓国の大統領もさうですが、支持率は下がり続け
る。では成果として陳水扁さんは一体何をしたのか。彼に期待してゐる我々から見て
も、本当に思ひ出せない。どのやうな政策を立案して、何を実行したのか分らない。
しかし、まだ彼を支持してゐる。何故かといふと彼は台湾人だからです。

 台湾の世論調査はあてにならない部分が結構あり、世論操作の部分が大きいのです
が、統一派、中国寄りのマスコミである『連合報』によりますと、陳水扁さんの支持
率は今年の十月初め頃の世論調査で、高くて二十八パーセントです。

 連戦(国民党主席)・宋楚瑜(親民党主席)のコンビはどれくらゐ支持率があるか
といふと四十二パーセントある。これは十月二日の世論調査です。ではこれが陳水扁
さんに近い民進党の党内部の世論調査ではどうなのかといふと、やはり連戦・宋楚瑜
コンビの方が上なんです。しかしそれでも縮まつた方です。少なくとも十月の初めの
時点では、陳水扁さんの支持率は連戦・宋楚瑜コンビの支持率に比べればずつと負け
てゐた。

 私は日本の台湾ウォッチャーの書いてゐる論文は大体読んでゐますが、彼らはかな
り正確なデータを持つてゐます。そのデータに基づいて、日本の評論家達は、陳水扁
さんは非常に厳しい状況で、連戦・宋楚瑜コンビとの差は相当開いてゐると分析して
ゐる。

 二〇〇四年三月の選挙はとても厳しい戦ひになります。私のこの見方は決して間違
つてはゐないと思ひます。しかし選挙といふものはおもしろいもので、その通りには
いかない。選挙が世論調査の通りでいくのなら、選挙はいらない。世論調査だけで総
統を決めてしまへばいいのです。

  台湾の選挙、五つの要素

 台湾の選挙は日本の選挙と同じやうな所もあれば、違ふ部分もあります。今日本は
選挙の真最中ですが、選挙の争点は政治改革、経済をどうするか、年金をどうす
るか、
福祉医療はどうするか、道路公団を民営化するか、郵政三事業をどうするか。これが
日本の主な争点なんです。しかし台湾の選挙は日本の選挙と同じやうなやり方でやる
と、まづ負けてしまひます。台湾の選挙、特に一人しか選べない総統選の場合は、少
なくともいくつかの要素があります。

 一つは人物。もちろんこれは世界共通なんですが、その人の意志とか政策はたいし
て関係ない。ようはその人が好きかどうか、といふやうなことで決まるわけです。一
番良い例としては、台北市長です。今の台北市長の馬英九(国民党)は背が高くてハ
ンサムで、まるで映画俳優のやうな顔で、非常に人に好感を与へるやうなタイプなん
です。私はガチガチの独立派で、うちの家内も私の影響を受けて、はつきり言つて独
立派なんです。しかしあの馬英九を見ると、「うーん、この人はどう見ても悪いこと
をするやうな人には見えない、一票入れてもいいかな」と言ふ。

 実は一九九九年の十二月に、台湾の命運を変へた選挙があつた。それが台北市長選
挙です。当時の台北市長選挙は現職の陳水扁対当時の挑戦者馬英九、今現在の台北市
長です。陳水扁さんは馬英九さんほどハンサムではないにしても、そんなにいやな顔
ではない。見た目では良い人に見える。当時の陳水扁さんの台北市長としての業績と
して、「陳水扁さんのやつてゐることをあなたはどれくらゐ評価してゐますか」とい
ふ世論調査は、何と七十パーセントが「満足してゐる」「この人ならいい」、と言つ
てゐる。しかし蓋を開けてみると、かなりの差で負けてしまつた。何故かといふと、
相手の方がハンサムで、もつと良い人に見える。これには勝てない。私は生まれ変は
つたら絶対ハンサムな人になりたいと思ひます。これが人物といふものなんです。理
屈ではない。そしてパフォーマンスの上手さ、これは大切なんです。大統領制度とい
ふのは人気投票ですから、国のためになるかどうかを考へて投票する人が一割いれば
良い方なんです。それ以外は親戚、縁戚とか、あとは人物に対する漠然とした好き嫌
いの感情なんです。私は今栃木の田舎に住んでゐますが、そこの人達は何を以て投票
するのかといふと「私は何々さんだから、うちはずつと何々さんだから」それが理由
なんです。それが動かない。「あの人は何々さんの長男だから」「何々さんの誰々だ
から」と。これは日本でもさういふ要素がありますが、台湾の方がもつと強いの
です。

 二つ目は、アイデンティティーです。アイデンティティーといふのは、自分が何人
であるか、といふことです。日本人の場合は国内であればどんな日本人に「あなたの
国はどこですか」と聞いても、「私は栃木です」、「山梨です」と答へる。まづ「私
は日本人です」といふ答へは出てこない。国といふのは自分の郷里の話なんです。し
かし台湾では「あなたはどの国の人間ですか」と聞くと「台湾人」とかあるいは「台
湾人でもあり中国人でもある」と答へる。アメリカでアングロサクソンの人間に聞い
ても「私はアメリカ人でもあり、イギリス人でもある」とは誰も言はない。「私はア
メリカ人」と言ふ。しかし台湾ではさういふ問題があるのです。しかもこのアイデン
ティティーの問題は国政選挙だけで出てくる問題ではない。市議会議員選挙にまでか
ういふ問題が出てきます。

 三つ目は、台湾の選挙に於て絶対に無視できない要素で、エスニックグループ
です。
これは日本ではほとんどない。エスニックとは民族なんです。民族によつて思考が違
ふわけです。台湾では、本省人、外省人といふ存在が大雑把に二つあるのですが、そ
れだけではありません。台湾のエスニックグループはどんなに大雑把に分けても四つ
のグループは無視できないのです。

 まづホーローグループ。これは、本省人の中で数百年前から台湾に渡つてきた、一
番大きなグループで、ホーローといふ言葉を使つてゐるグループです。このホーロー
といふ言葉はよく台湾語とか、ミンナン語とか言ひますが、正確にはホーローなんで
す。このグループは大体七十パーセントです。

 もう一つのグループは客家(ハッカ)といふグループです。小平さんも李登輝さん
も、客家といはれてゐます。客家はもともと黄河流域に住んでゐた漢民族で、南方に
移り住んだ人たちのことを言ひます。既住者から、よその人といふ意味合ひを込めて
「客家」と呼ばれたのです。客家の人たちは世界中に偏在してゐて、東南アジア、香
港、澳門、そして台湾に多く、既に千年の歳月を経過したと言ひます。大体十五パー
セントです。

 そして三番目に大きいグループは蒋介石と一緒に渡つてきたグループ、いはば外省
人といふグループです。それは大体十三パーセントくらゐ。残りの二パーセントは台
湾の原住民です。 この四つのグループにそれぞれ自分の民族意識がそれなりにあり
ます。一番民族意識の強いのは外省人グループで、台湾人のグループを支持すること
は絶対にない。あつてもせいぜい数パーセントです。一番大きいホーローグルー
プは、
一番民族意識の弱いグループなんです。だからこそ今まで国民党政権が成り立つてゐ
たわけです。

 四つ目の要素は、組織力です。台湾では、地方組織に行けば行くほど国民党が
強い。
何故かといふと、国民党の今までのやり方といふのは、ギブ・アンド・テイクなので
す。「あなたが支持してくれたら、見返りはこれくらゐある」もしくは先にあげてし
まふんです。非常にわかりやすい。

 この構図は蒋介石政権から李登輝政権、陳水扁政権まで、変はつてゐません。国民
党は、「選挙の票は金で買ふもんだ」といふ考へでやつてゐるわけです。そんなに簡
単であれば民進党もやればいいではないかと言ふ人もゐるが、票を金で買ふためには
何が必要かといふと、地方組織が必要なのです。金を誰に渡してどういふ方法で票を
買ひ、どうすれば確実に票を入れてくれるのか。これが国民党政府は非常に上手く、
今でもやつてゐる。どのやうにやつてゐるかといふと、「ギャンブル」です。「この
人を推して下さい」と宝くじをまづ渡すのです。そしてこの人が勝つと賞金がこれく
らい貰へるといふ具合にギャンブル心を擽るわけですね。台湾人はとにかくギャンブ
ルが好きだから、これは非常に効きます。

 五つ目の要素はマスコミ対策です。台湾のテレビ局は、無線のテレビ局だけで五局
あります。国営が一つ、民放が四つ。それ以外にも有線のテレビ局は百チャンネルく
らゐあるのです。その中にニュース番組とか評論番組と称して放送してゐるのは少な
くとも十局以上あり、しかも毎日やつてゐる。日本のやうにせいぜい日曜とかに週一
回といふわけではない。しかも夜八時に放送する。政治家や評論家だけではなくて、
電話でやりとりをして、視聴者も参加できるやうなシステムです。それによつて支持
率が変るわけです。しかし、台湾のマスコミの多くは、いまだに外省系の勢力が経営
権を握つてゐて、いくらでも世論操作が出来るといふ現状です。

 この五つの点から見て、果たして民進党の陳水扁さんがこの五つの要素のなかに、
どれくらゐのポイントを得てゐるのか。甚だ心許無い思ひです。


本講演録は『不二』(平成15年12月)に掲載されたもので、本誌では(上)
(下)の二回に分けて転載します。
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             台湾総統選のゆくへ(下)
         
                        林 建良


 本稿は、十一月五日、参議院議員会館第一会議室で行はれた、政民合同会議定
例会に於ける林建良氏の講演の抄録である。文責の一切は編輯部にある。
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  台湾化への大きな流れ

 しかし歴史には、流れといふものがあります。歴史の大きな流れの中には、小
さな支流もあれば水飛沫もあります。我々はその流れの中で、時々これが本当の
流れなのか、ただの水飛沫なのかの判断を誤つてしまひます。
 台湾の大きな流れとは何か。これはどんな人が当選しても、どんなに実力があ
る人が存在しても、どんなにマスコミを巧に利用してもこの流れは変りません。
「台湾化」といふ流れです。台湾はこれから台湾化が進みます。証拠はどこにあ
るのか。最近台湾で行はれた調査の統計が出ました。
 「あなたは台湾人なのか」「あなたは中国人なのか」「あなたは台湾人であ
り、中国人であるのか」、この三つの選択肢から一つを選ぶといふものであります。
 国が行つた調査なのですが、その統計でははじめて「私は台湾人である」と答
へた人が半数を超えました。六十四パーセントは、「私は台湾人です」と答へ
た。「私は中国人です」と答へたのは十七パーセント。「私は台湾人でもあり、
中国人でもある」と答へた人は十三パーセントです。つまり曖昧なグレーゾーン
が、だんだんはつきりしてきたのです。
 我々の受けた教育は、今現在私の子どもが台湾で受けてゐる教育を含めて、
「お前たちは中国人だ」といふ教育なのですが、その教育を受けながら「いえ、
私は中国人ではなくて、台湾人だ」といふ答へが半数を超えた。この調査をはじ
めた一九九二年以来初めてです。
 日本で政府が「あなたは日本人ですか」といふ調査をやりますか。こんな馬鹿
げた調査はしない。しかし、台湾は国を挙げて「あなたは何人ですか」と聞くの
です。これに初めて六十四パーセントといふ数字が出たといふことは無視できな
い。一九九二年の時点の調査で、「私は台湾人です」と答へた人はたかだか十六
パーセントなのです。「私は中国人です」と答へた人間は半数くらゐ。その残り
は「私は中国人でもあり、台湾人でもある」なのです。
 当時「私は台湾人です」と答へたのは一番少なかつたのです。しかしエスニッ
クグループはホーローと客家を合せると少なくとも八十五パーセントが本省人な
んです。ですが当時のアンケート調査で「私は台湾人」と答へた人が一番少なか
つた。これが台湾のかつての現状だつたのです。しかし今は、このやうに六十四
パーセントの人間が「私は台湾人です。中国人なんかぢやあない」と答へた。
 「台湾と中国は『一辺一国』それぞれ違ふ国だ」。これは陳水扁さんが去年の
八月三日、私が主催する世界台湾同郷会を東京でやつた時の、インターネット会
議で言つた言葉です。陳水扁さんのその時の講演の原稿は、一度私が書いたので
すが、彼は私の原稿を使つてくれませんでした。しかしそれでよかつたんです。
何故かといふと、私はまさか陳水扁さんがそこまで話すとは思はなかつた。私は
控へ目に書いたのです。しかし彼はそれ以上のことを話してくれた。私は感動し
て涙が出た。このやうな「一辺一国」、台湾と中国は違ふ国なのだと、我等が大
統領が言つてくれた。それから台湾化の流れが非常に速いペースで進んだわけです。
 「中国とは違ふ国なんだ」これは大きな流れで、飛沫ではありません。なぜさ
う言ひ切れるのか。
 二〇〇〇年の総統選挙の二ヶ月前に行はれた世論調査での支持率は、連戦さん
が二十七パーセント、宋楚瑜さんが二十四パーセント、陳水扁さんが二十一パー
セントで、ビリだつた。選挙前日の三月十七日に、元アメリカ駐中国大使ジェム
ス・リリー氏が李登輝さんを訪ねた。李登輝さんは当時は連戦を推してゐた。そ
の時ジェムス・リリー氏が「本当に国民党が勝つのですか」と聞いたら、李登輝
さんは「大丈夫、絶対勝ちます」と言つて、七つの調査機関のデータをならべて
見せた。「どの世論調査でも少なくとも六ポイントリードしてゐる、間違ひな
い」と言つた。しかしこれが本当の流れではなかつたのです。本当の流れはその
時から「台湾化」の流れに切り替はつてゐたのです。支持率といふのは上がるこ
ともあれば下がることもある。支持率とは鋏のやうなものなのです。片方が上り
つづけて、片方が下がりつづける。今の状態は丁度鋏の真中の軸のところにあ
る。上りつづけるのは陳水扁さんで、下がりつづけるのは連戦さんなんです。こ
の流れが私は正しいと思つてゐます。
 そこで先ほど言つた台湾の選挙の五つの要素以外にも、今回の選挙では大きな
要素が三つある。
 一つ目として、これは台湾人と中国人の戦ひなのです。台湾人の代表は陳水扁
さんと李登輝さんのコンビ。そして中国の代表は連戦さん・宋楚瑜さんコンビで
す。これが今回の総統選に影響する一番大きな要素です。台湾で中国と台湾が戦
つたら間違ひなく台湾が勝ちます。この流れは私は変らないと思ひます。
 二つ目は国家像の戦ひです。この国をどうするのかといふ要素です。もちろん
青写真を出さなければならない。ぢやあ陳水扁さんはどんな国家像を描いたの
か。彼は九月二十八日民進党の第十七回全国大会の中ではつきり打ち出したので
す。何か。憲法制定です。台湾憲法を作る。憲法を作るといふことは国家の根本
をつくるといふことなのです。今現在の憲法は中華民国の憲法なのです。そして
現在の台湾の政治制度といふのは五権分立です。これはそもそも在り得ない。総
統が国会に出ない。行政院長は人事権がない。では今現在の憲法の中で総統の職
権がどこまであるのか。一番の権限といふのは首相を任命する権限なのです。し
かし実際に政治に携はる内閣会議にも出られず、全て首相を通じてやる。ようは
責任ある人間に権限がなく、権限がある人間に責任がない。このやうな政治は上
手くいくはずがない。
 陳水扁さんは今回の戦ひの軸として、「台湾と中国は別々」「国民投票によつ
て憲法を制定する」しかも「この国民投票は総統選挙と一緒にやる」といふこと
をはつきり打ち出してゐる。我々の国をどうするのかといふことは一番重要なポ
イントなんです。 それに対して連戦さんはどんな政策を打ち出してゐるか。こ
れは全てノーの政治なんです。憲法もノー、独立もノー、中国との統一もノー、
国民投票もノー。全てノー。一歩を踏み出せない。
 そして三つ目の要素は絶対無視できない。「李登輝要素」なのです。李登輝さ
んが誰を推すか。彼は今回自分の身を捨てて陳水扁さんを応援してゐる。九月六
日の台湾正名運動にしてもさうです。それから彼は来年二月二十八日に百万人デ
モを企画してゐる。彼は自分の選挙でもここまでがんばつてゐない。
 この三つの要素で私はこの「台湾化」の大きな流れは変らないと思ふ。
 しかしすべての選挙では流動的要素があつて、台湾総統選挙も例外ではない。
ではどんな流動的要素があるのかといふと、要人暗殺です。国政選挙では、暗殺
は決して不可能ではない。私が暗殺の可能性が一番高いと思ふのは宋楚瑜さんで
はないかと思ひます。もはや彼は連戦さんにとつてお荷物なんです。しかし彼を
替へられない。
 もしこのコンビが馬英九になれば勝ち目はあります。宋楚瑜が暗殺され、弔ひ
合戦となれば同情票も貰へる。
 もう一つはSARSが再燃するかどうかの問題。SARSが再燃すると現政権
のイメージはマイナスです。今現在日本、台湾、中国でもSARSウィルスを保
有してゐます。人為的にもSARSの流行を作り出せる。この二つの要素は極め
て重要なものです。
 最後に、中国は一九九六年の総統選挙の時はミサイルを飛ばしてきました。二
〇〇〇年の時には「陳水扁を選ぶといふことは戦争を選ぶことだ」と朱鎔基さん
が台湾をさして言つた。しかし結局はこれが台湾人の反感を買つたわけです。来
年の選挙に中国はどのやうに出るのかといふのは、最も無視できない要素である
と思はれます。


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台湾はコマではなく、湯槽の栓なのだ

           「台湾の声」編集長 林建良

 ブッシュ大統領が再選されることに、ほっとした台湾人は多かろう。実質的に
アメリカの軍事力に守られている台湾にとっては、ブッシュ政権の方がより安心
できると考えられているからだ。しかし、陳水扁氏は再選されたブッシュ大統領
に送った祝電の中に、「中国と積極的に対話し、両岸の平和と発展を創ってい
く」と書いてあった。なぜ第三者である中国との対話を祝電で強調する必要があ
るのか。それはアメリカの命令に忠実に従う意思表明ほかなかった。実際、陳水
扁氏は自分の重要談話をアメリカの検閲に許していることは周知の通りだ。中国
との対話もブッシュ政権の意向に沿ったものにすぎないのだ。

●幼稚かつ危険な陳水扁の「重要談話」

 陳水扁氏は十月十日の所謂「双十節」演説の中で、「未来の中華民国と中華人
民共和国、あるいは台湾と中国の間が、どのような政治関係に発展するかについ
ては、二千三百万の台湾人民の同意があるならば、あらゆる可能性を排除しな
い」と述べた。そして台中双方の代表者が会談した「九二年の香港会談を基礎」
とし、両岸の対話を再開しようと呼びかけた。つまり、「中国とのどのような政
治関係をも排除しない」ことを前提に、中国との協議と交渉の準備を一歩進める
という提議であった。

 アメリカの検閲を受けたこの陳水扁氏の談話は幼稚かつ危険なものであった。
「台湾と中国の、どのような政治関係も排除しない」といっているが、台湾と中
国との関係は国と国との関係以外に、どんな関係がありうるというのか。台湾が
中国に併合されることも選択肢に入るのだろうか。「二千三百万の台湾人民の同
意があれば」との前提をつけているが、一国の元首としてのこの発言は、実に無
責任きわまりないものだ。中国は台湾の領土を奪おうとする強盗のような国であ
る。自分の財産を奪おうとする強盗といかなる関係を持つことも排除しないと言
うアホがどこにいるのか。

 また陳水扁氏は、「九二年の香港会談を基礎」とし、中国と会談をしようとも
提案した。そもそも、台湾に領土野心を持つ中国に会談を呼びかけることは、ウ
サギがオオカミに会談を持ちかけるに等しい愚行なのである。ウサギとオオカミ
との会談では、ウサギがいかにオオカミに料理されるかの議題しかない。 陳水
扁氏が持ちだした所謂「九二香港会談」というものは、台湾と中国との初の政府
間接触であった。会談の中身は、郵便や公文書の認証など、きわめて実務的なも
のにすぎなかったのだが、それでも中国がかたくなに「台湾は中国の一部」であ
ることを会談の前提にしようとしたため、結局なんの合意にも至らず、平行線を
たどったまま終っている。しかしその後の中国は、この会談において「一つの中
国」との合意があったと宣伝したため、台中双方が「一個中国、各自表述」(一
つの中国の意味については、それぞれが解釈を行なう)なる所謂「九二共識」と
の合意が達成されたと、国際社会に誤解を与えている。あえて陳水扁氏が争点の
多い「九二会談」を持ち出したため、国際社会に「陳水扁総統が『一つの中国』
を容認した」という印象を与えてしまった。 日本でも、十月十一日付「産経新
聞」国際欄で、「中台対話再開を 台湾総統 『一つの中国』92年協議容認」とい
う見出しで「(陳総統は)『一つの中国』の定義について中台それぞれが独自解
釈することで合意したとされる一九九二年の『香港協議』を確認する方針を表明
し、中断している中台対話の再開を中国に対して呼びかけた。陳政権が九二年の
協議内容を明確に容認したのは今回が初めて」と報道されている。 また、十月
十一日付の「朝日新聞」でも、「『一つの中国は認めない』との立場だった陳総
統が、今は野党の国民党政権時代に行われた同会談を評価するのは初めて」と報
じられている。おかしいことに、「陳総統が『一つの中国』を容認した」との論
評について、台湾政府は反論も否定もしていない。


●中国に対する「リベラル」は「悪」である

 この愚かな談話を、アメリカはすぐさま「建設的なメッセージ」として評価
し、日本政府も「具体的な実現が期待される」と、前向きに評価している。アメ
リカは自国の都合で、台湾に中国と妥協するように圧力をかけたのだ。つまり、
今はお前の面倒をみるヒマがないから、ヤクザと妥協しろとの態度であった。そ
れなのに陳水扁氏は、まるでご褒美をもらったかのように、いろいろな場面で、
「お褒めの言葉」を披露して自慢していた。この能天気の姿勢を見かねて、台湾
最大紙である自由時報は翌十一日の社説とコラムで、「中国におべっかを使って
いる」と厳しく批判し、猛省を求めた。「対抗は絶対悪」で、「会談は絶対善」
とする、最近流行の所謂リベラル的で幼稚な割り切り方は、リベラル派と自認す
る陳水扁氏の政治姿勢とまったく合致している。だからこそ、台湾問題をできる
だけ先送りすることを目的としたアメリカの「会談の勧め」に、彼が嬉々として
乗ったのである。邪悪な中国との会談を台湾に勧めるアメリカと日本には、台湾
を犠牲にしてでも中国との衝突を回避したいという打算があるのであろう。

 こうした打算には、台湾人の意向などはまったく考慮されていないということ
を、台湾のリーダーである陳水扁氏は、しかと肝に銘じるべきだ。強盗国家に対
しての「リベラル」は、「悪」なのである。 現在の状況のまま、中国に会談を
持ちかけることは台湾の国益に合致していない。なぜなら、台湾の中国に対する
貿易依存度はすでに二五%を越えているが、ここで中国との会談がうまくいくな
ら、中国への依存はさらに高まり、そのうち中国の経済的属国になりかねないか
らだ。一方、中国との会談がうまくいかなければ、責任の擦り合いなどで台湾内
部の中傷合戦が一層エスカレートし、政治の混乱はさらに深刻化するだろう。
第一、敵である中国に善意を示し続け、会談を持ちかけること自体、国防の意志
を放棄するようなものであって、現実に侵略の脅威にさらされている国のリー
ダーがとるべき姿勢ではないのである。

●台湾をコマにしようとしているアメリカ

  しかし台湾人が、陳水扁氏の「会談提案」がいかに危険なものあるかを理解
するのに大して時間はかからなかった。十月二十五日、北京を訪問中のパウエル
米国務長官は、香港の鳳凰テレビとアメリカのCNNとのインタービューの中で、
陳水扁氏の「双十節」での発言に言及し、「台湾は国家主権を享受できない一地
域に過ぎない」「台湾と中国は平和的に統一すべきだ」とした上で、台中会談が
「それぞれ統一の案を出し合うための会談」であると公言したのだ。つまり、ア
メリカに背中を押されて陳水扁氏が提起した会談とは、台湾がどのような形で中
国に併合されるかを話し合うための会談だったことが明らかになったのだ。中国
が台湾を焼こうが煮ようが、アメリカは関知しないということだ。そのためアメ
リカに褒められてルンルン気分に浸っていた陳水扁氏は、いきなり冷や水を浴び
せられる格好となった。台湾人は、今回のパウエル氏の暴言によって、アメリカ
政府の民主主義に対するダブルスタンダードを改めて見せつけられた。 そもそ
も台湾が安全保障の面でアメリカに頼っているからといって、アメリカに台湾の
将来を決める権利があるわけではないのである。アメリカは、自分に依存せざる
を得ない台湾の弱みに付け込み、台湾をコマとして利用しながら、今度はそのコ
マを売り飛ばそうとしているのだから、この国も中国と同様、邪悪帝国に成り下
がったということではないのか。少なくとも、民主国家としては、道徳的堕落以
外の何ものでもない。

 後に、国務省が「平和的統一」は「平和的解決」の誤りだとパウエル氏の発言
を修正したが、実際、このような「口が滑った」舌禍を利用して相手の反応を試
すことは、政治の世界でよく使う手口なのだ。パウエル氏が「中台双方の国民が
統一を望んでいる」と中国と台湾人の意向を敢えて歪曲してまで「統一」を触れ
たことは、無視すべきではない。こうしたアメリカの姿勢の変化に応じて、陳水
扁政権は独自の戦略を打ち出せるのか。例え「平和的統一」は「平和的解決」の
誤りだと国務省の修正をそのまま受けとるとしても、アメリカ政府の姿勢の変化
が窺える。まずは、従来アメリカは台中間の仲介役をしないと言っていたが、パ
ウエルはアメリカが積極的に仲裁役をすると言っている。そして、、アメリカは
これまで台湾が「独立した主権国家ではない」と公式に言ったことはなかった
が、パウエルは今回台湾の国家主権を公式に否定した。

 こうしたアメリカ政府の姿勢の変化は事前に全く兆候がなかったわけではな
い。昨年から、台湾を中国に「平和的」に統一させることがアメリカの国益に合
致するとの論調がアメリカの複数のシンクタンクからでている。アメリカ政府に
影響力を持つ政論誌「 Foreign Affairs ?2004年Vol.83,No.2に、Michael
D.Swaine氏の論文?Trouble In TAIWAN?が掲載された。論文の中に、中国にとっ
て、台湾を併合する重要性ばかりが強調され、台湾人の意思が全く提起されな
かった。アメリカを中国との戦争に巻き込まれないことこそが最大の国益である
観点から、ブッシュ政権の対中国政策は正しい方向に進んでいると評価した。そ
の正しい方向とは、台湾を中国との談判によって、統一されること中国に保証す
ることだと締括った。つまり、心情的に台湾を同情するが、中国は台湾を諦める
ことはないから、最終的に、戦争を避けるため、台湾を「平和的」に中国に併合
されることは、アメリカの国益に合致するとの論調なのである。

●形式ばかりこだわる陳水扁政権の対米外交

 当然、住民の意思を無視して力学に基づく戦略がうまくいくずはなく、台湾問
題も例外ではない。しかし、こうしたアメリカの輿論の変化を、台湾当局はいち
早く察知し対応すべきであろう。悲しいことに、陳水扁政権の対米外交は形式的
なものばかり重視して、目に見えない輿論形成には疎かにしている。陳氏が総統
就任以来、数回中南米に訪問している。その目的は対中南米外交よりも、アメリ
カでのトランジットを利用しての「対米トランジット外交」であるのだ。台湾の
立場からすれば、、トランジットを利用する外交戦術はやむを得ない手段であろ
う。しかし、陳水扁氏がその都度、「アメリカからハイレベルの接待をうけた」
と大々的に宣伝し、自分の選挙のダシにしている。アメリカに丁重に扱われてい
ることが気を良くした陳氏が、「ブッシュ大統領こそが台湾の守り神だ」とアメ
リカ滞在中ブッシュ氏の機嫌をとろうとして、米政府の顰蹙を買ったこともあっ
た。この一国の元首らしからぬどうしようもない軽さが、アメリカに軽べつされ
る決定的要素となったのだ。

●台湾は湯槽の栓だ

 アメリカも日本も、東アジアのパワーゲームの中に、台湾をコマにしようとす
る意図が感じられる。しかし、台湾は一つのコマよりは、湯槽の栓のような存在
である。最大の圧力を受けながら、誰からも関心を払われない目立たない存在で
ある。しかし、それが無くなってしまえば、湯槽にあるお湯は渦巻いて、一気に
なくなる。湯槽に気持ちよく浸かっているアメリカも日本も困ってしまうのだ。
今まで台湾人民の意志が国際社会に反映されたことはほとんどなかった。それ
は、日米が台湾をコマとしてしか見ない一因であった。また、自ら進んでコマに
なろうとしている陳水扁氏の姿勢が、台湾人自身の意志は存在しないように、国
際社会に誤解を与えている。国際社会のルールに忠実に遵守している台湾は、国
際社会の一員として扱われていない。このことが、国際社会に正義が存在しない
ことを物語っている。パワーゲームの現実の中で、台湾は湯槽の栓にすぎない
が、台湾人の意思が何時までも無視されることは、湯槽の栓を腐蝕させる行為
で、自由民主の台湾を独裁共産政権に押し付けることは、自ら湯槽の栓を壊す愚
かな自滅行為でしかないのだ。

『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html


陳水扁よ、台湾はアメリカの中国政策のコマではない

わしズム VOL13
2004年12月8日発売

              世界台湾同郷会 副会長 林 建 良

■「中国」の建国を祝う台湾の歪んだ現状 

 台湾の政治勢力を大ざっぱに分ければ、台湾人意識の強い「台湾派」と、中国
人意識の強い「中国派」がある。台湾派とは陳水扁総統が率いる民進党と、李登
輝前総統を精神的リーダーとする台湾団結連盟で、中国派とは中国との併合を目
標とする国民党と親民党である。そもそも台湾に中国派が存在していること自体
が異様だが、それが戦後の台湾における歪んだ現実なのである。

「中国」が混在している今の台湾だが、その中で一番象徴的なのが、毎年十月十
日の「双十節」を、「国慶節」として国をあげて祝っていることだ。これはもと
もとシナ大陸にあった「中華民国」の建国を祝う日である。 「双十節」は一九
一一年十月十日に中国で起きた辛亥革命を記念するもの。この革命の結果、「中
華民国」が誕生して清国が滅ぶのは翌年のことであり、この日を建国記念日にす
るのも可笑しな話で、辛亥革命にしても、所詮はシナ的混乱、混戦の悲喜劇であ
り、どこに栄光があるのか理解できないが、いずれにせよ、何をどう祝おうとシ
ナ人の勝手であり、我々台湾人にはどうでもいいことだ。

 だが問題は、なぜ台湾人がその日を、「国慶」としなければならないのかであ
る。それは簡単にいえば、一九四九年に中華人民共和国に滅ぼされた「中華民
国」の亡霊が、そのまま台湾に居座り、今日に至っているからだ。これが理由の
すべてである。 「国慶節」を外来政権であった国民党政権が祝うなら、分から
なくもない。なぜなら、ウソで固められた「中華民国」体制を正当化しなけれ
ば、台湾人を統治する口実がなくなってしまうからである。こうした勢力は民主
化後の今日でも、昔日の支配者としての地位、権益を回復するため、必死に「中
華民国」防衛を叫んでいることは、先の総統選挙を見ればわかる。

 しかし、「中華民国」体制を打倒するために立ち上がったはずの陳水扁氏が、
政権を勝ち取ってからも「双十節」を祝っているのはどういうことだろう。つま
り陳水扁氏の節操のなさ、八方美人の性格が原因なのだ。 陳水扁氏は国民党政
権時代からの慣例に従って、「双十節」には重大な国家政策を発表している。そ
れは今年も例外ではなかった。彼はその一週間前から、重大発表を行うと自ら宣
伝予告していた。そして「双十節」の前夜祭には、「すべての人が満足できる内
容になる」などと自慢気に語っていた。つまり台湾、中国、米国の誰もが満足す
る内容になるといっていたのである。誰もが満足する政策はあり得るかどうかは
別にして、八方美人の陳水扁氏には、それが最大の政治目標なのだろう。しかし
重要談話を一週間も前からあちこちで宣伝し、人をじらして楽しむなど、まった
くガキのやることだ。

■幼稚かつ危険な陳水扁の「重要談話」

 蓋を開けてみると、その内容はガキの悪戯以上に幼稚かつ危険なものであっ
た。陳水扁氏は、「中華民国は台湾、台湾は中華民国であり、これは誰にも否定
できない事実だ」とした上で、「未来の中華民国と中華人民共和国、あるいは台
湾と中国の間が、どのような政治関係に発展するかについては、二千三百万の台
湾人民の同意があるならば、あらゆる可能性を排除しない」と述べた。そして台
中双方の代表者が会談した「九二年の香港会談を基礎」とし、両岸の対話を再開
しようと呼びかけた。つまり彼の言う重要談話とは、「中国とのどのような政治
関係をも排除しない」ことを前提に、中国との協議と交渉の準備を一歩進めると
いう提議であった。

 この談話には早速反対の意見が巻き起こった。まず「中華民国は台湾、台湾は
中華民国」の発言について、李登輝氏が真っ向から異論を唱えた。彼は「国慶
節」翌日の十月十一日、台北市の圓山大飯店で開かれた群策会主催の「台日両国
の憲法制定とアジアの安定シンポジウム」において、自身が「中華民国」総統
だったときに「中華民国在台湾」、「台湾中華民国」と、段階的に台湾の主体性
を強調してきた経緯もあることから、「中華民国」総統としての陳氏の立場の苦
しさには一定の理解を示しながらも、「国際社会で『中華民国』は『Republic
of China』つまり『チャイナ共和国』と直訳されており、誰がここから『台湾』
を連想できるだろうか」「『中華民国は台湾だ』または『台湾は中華民国だ』と
いくら叫んでも、自他を欺くだけだ。このような不誠実な態度は、国際社会から
尊敬も支持も得られない」と陳水扁氏の発言を痛烈に批判したのだった。

■ウサギがオオカミと会談をしてどうする

 陳水扁氏はさらに、「台湾と中国の、どのような政治関係も排除しない」と
いっているが、これはどういうことなのか。台湾と中国との関係は国と国との関
係以外に、どんな関係がありうるというのか。台湾が中国に併合されることも選
択肢に入るのだろうか。「二千三百万の台湾人民の同意があれば」との前提をつ
けているが、一国の元首としてのこの発言は、実に無責任きわまりないものだ。
中国は台湾の領土を奪おうとする強盗のような国である。自分の財産を奪おうと
する強盗といかなる関係を持つことも排除しないと言うアホがどこにいるのか。

 また陳水扁氏は、「九二年の香港会談を基礎」とし、中国と会談をしようとも
提案した。そもそも、台湾に領土野心を持つ中国に会談を呼びかけることは、ウ
サギがオオカミに会談を持ちかけるに等しい愚行なのである。ウサギにとって身
を守る唯一の手段は、オオカミを遠ざけること以外にはないのである。他方オオ
カミからすれば、ウサギはご馳走以外のなにものでもない。ウサギとオオカミと
の会談では、ウサギがいかにオオカミに料理されるかの議題しかない。「中国を
満足させる」などといった陳水扁氏だが、中国とは台湾を呑み込んでしまわない
限り、いかなる提案でも満足することはないのだ。

 陳水扁氏が持ちだした所謂「九二香港会談」というものは、台湾と中国との初
の政府間接触であった。会談の中身は、郵便や公文書の認証など、きわめて実務
的なものにすぎなかったのだが、それでも中国がかたくなに「台湾は中国の一
部」であることを会談の前提にしようとしたため、結局なんの合意にも至らず、
平行線をたどったまま終っている。しかしその後の中国は、この会談において
「一つの中国」との合意があったと宣伝したため、台中双方が「一個中国、各自
表述」(一つの中国の意味については、それぞれが解釈を行なう)なる所謂「九
二共識」との合意が達成されたと、国際社会に誤解を与えている。 

 陳水扁氏の与党陣営は、そもそも「九二共識」自体が存在しない(合意してい
ない)という立場なので、「九二会談」という表現を使ったのだが、あえて陳水
扁氏が争点の多い「九二会談」を持ち出したため、国際社会に「陳水扁総統が
『一つの中国』を容認した」という印象を与えてしまった。 日本でも、十月十
一日付「産経新聞」国際欄で、「中台対話再開を 台湾総統 『一つの中国』92年
協議容認」という見出しで「(陳総統は)『一つの中国』の定義について中台そ
れぞれが独自解釈することで合意したとされる一九九二年の『香港協議』を確認
する方針を表明し、中断している中台対話の再開を中国に対して呼びかけた。陳
政権が九二年の協議内容を明確に容認したのは今回が初めて」と報道されてい
る。 また、十月十一日付の「朝日新聞」でも、「『一つの中国は認めない』と
の立場だった陳総統が、今は野党の国民党政権時代に行われた同会談を評価する
のは初めて」と報じられている。おかしいことに、「陳総統が『一つの中国』を
容認した」との論評について、台湾政府は反論も否定もしていない。

■「ヤクザと妥協しろ」というアメリカ政府の偽善

 このような愚かな重要談話を、アメリカはすぐさま「建設的なメッセージ」と
して評価し、日本政府も「具体的な実現が期待される」と、前向きに評価してい
る。このような日米の評価に、陳水扁氏は大人から褒められた子供のように喜ん
だ。

 こうしたアメリカの反応から、この談話も、今年の就任演説と同様、事前にア
メリカの検閲を受けていたを伺い知ることができる。アメリカは自国の都合で、
台湾に中国と妥協するように圧力をかけたのだ。つまり、今はお前の面倒をみる
ヒマがないから、ヤクザと妥協しろとの態度であった。それなのに陳水扁氏は、
まるでご褒美をもらったかのように、いろいろな場面で、「お褒めの言葉」を披
露して自慢していた。 この能天気の姿勢を見かねて、台湾最大紙である自由時
報は翌十一日の社説とコラムで、「中国におべっかを使っている」と厳しく批判
し、猛省を求めた。

 しかしその一方で、陳水扁氏の「知恵」を過大評価している海外のメディアも
少なくない。十月二十六日付の産経新聞に、「台湾のメッセージ、対中『融和提
案』には裏がある」と題する千野境子氏の署名記事は、国際メディアの反応を以
下のように紹介している。

「台湾の陳水扁総統が十月十日の双十節に中国に対話再開を呼びかけた演説も、
意図がさまざまに読み解かれた。当初は融和的提案との受け止め方が少なくな
かったが、アジア版ウォール・ストリート・ジャーナル紙十三日付コラム「陳の
本当のメッセージ」は、読み間違いと見る。《これが和解のジェスチャーとして
意図されたと世界が信じるのを、陳氏が気に入るのは疑いない。しかし陳氏の本
当のメッセージは、どんな交渉も彼の政府、(中国でなく)台湾アイデンティ
ティーを宣言する政府とやらねばならないということだ》」

「十二月の台湾立法委員(国会議員)選挙は陳総統の民進党と台湾団結連盟が勝
利しそうと観測する同紙は、《大中国の下に台湾は政治的に包摂される運命にあ
るというフィクションは終わるだろう。中台は依然、交渉に共通の土俵があると
の考えに外界が固執しても、ドラマのキープレーヤー(台湾人と中国人の当事
者)は、どうなるか分かっている》という」

「英エコノミスト誌十六日号も、選挙を前に陳総統も中国も譲歩するムードには
ないから融和的姿勢は提案の一面にすぎず、むしろ陳総統は「一つの中国」に言
及せず、台湾の独自ぶりを語ることでワサビをきかせたとしている」

■中国に対する「リベラル」は「悪」である

 以上の観察は、一般的国際政治における常識を台湾に適用させただけのもの
で、台湾と陳水扁氏に対する認識の浅さを示したものにすぎない。なぜなら陳水
扁氏には、各国が評価したような発想など、そもそも持ち合わせてはいないから
だ。「対抗は絶対悪」で、「会談は絶対善」とする、最近流行の所謂リベラル的
で幼稚な割り切り方は、リベラル派と自認する陳水扁氏の政治姿勢とまったく合
致している。だからこそ、台湾問題をできるだけ先送りすることを目的としたア
メリカの「会談の勧め」に、彼が嬉々として乗ったのである。邪悪な中国との会
談を台湾に勧めるアメリカと日本には、台湾を犠牲にしてでも中国との衝突を回
避したいという打算があるのであろう。こうした打算には、台湾人の意向などは
まったく考慮されていないということを、台湾のリーダーである陳水扁氏は、し
かと肝に銘じるべきだ。強盗国家に対しての「リベラル」は、「悪」なのである。

 現在の状況のまま、中国に会談を持ちかけることは台湾の国益に合致していな
い。なぜなら、台湾の中国に対する貿易依存度はすでに二五%を越えているが、
ここで中国との会談がうまくいくなら、中国への依存はさらに高まり、そのうち
中国の経済的属国になりかねないからだ。一方、中国との会談がうまくいかなけ
れば、責任の擦り合いなどで台湾内部の中傷合戦が一層エスカレートし、政治の
混乱はさらに深刻化するだろう。
第一、敵である中国に善意を示し続け、会談を持ちかけること自体、国防の意志
を放棄するようなものであって、現実に侵略の脅威にさらされている国のリー
ダーがとるべき姿勢ではないのである。 このような陳水扁氏の政治姿勢を理解
しなければ、「双十節」での発言の真意を読み解くことはできない。

 小学校から大学までトップの成績を勝ち取ってきた陳水扁氏は間違いなく優等
生である。だが戦後台湾の「中国人化教育」における優等生ほどたちの悪いもの
はない。この中国的な優等生は、敷かれたレールの上をいかに速く走り、既成の
枠組みでいかに評価されるべきかをよく心得ているのだ。だからその政治活動に
も、「優等生的姿勢」が色濃く反映されている。評価されたい、褒められたいと
の一心から、内政についていえば選挙対策がすべてになり、有権者に媚びるだけ
が政策そのものとなってしまっているのである。そして外交政策といえるものも
ほとんどなく、いかにアメリカの歓心を買うかが最優先課題となっているのだ。

 「双十節」の直後に陳水扁氏は、民進党の人材養成機構である「ケダガラン学
校」で、「総統に再選された自分はもう選挙のことを考えなくていい(※台湾の
総統任期は二期まで)。これからはいかに歴史に名を残すかを考える」と強調し
た。この一言は、彼が今までやってきたことが、すべて選挙のためであったこと
を証明するものである。そして彼の今までの言動を総合しながら考えると、結局
彼が中国に会談を持ちかけたのは、「戦争より和解を達成した」という、歴史に
残る「優等生」になりたいだけだったことがわかる。

■陳水扁には託すことのできない台湾の運命

 しかし台湾人が、陳水扁氏の「会談提案」がいかに危険なものであるかを理解
するのに大して時間はかからなかった。十月二十五日、北京を訪問中のパウエル
米国務長官は、香港の鳳凰テレビとアメリカのCNNとのインタービューの中で、
陳水扁氏の「双十節」での発言に言及し、「台湾は国家主権を享受できない一地
域に過ぎない」とした上で、台中会談が「それぞれ統一の案を出し合うための会
談」であると公言したのだ。つまり、アメリカに背中を押されて陳水扁氏が提起
した会談とは、台湾がどのような形で中国に併合されるかを話し合うための会談
だったことが明らかになったのだ。中国が台湾を焼こうが煮ようが、アメリカは
関知しないということだ。そのためアメリカに褒められてルンルン気分に浸って
いた陳水扁氏は、いきなり冷や水を浴びせられる格好となった。

 所謂「国家主権を享受できない」台湾に二兆円もの武器を売ろうとしているア
メリカは、いったいどのような意図でこのような発言をしたのだろう。この国の
外交責任者であるパウエル氏の暴言は、当然のことながら台湾で大きな波紋を呼
んだ。台湾団結連盟などは、「台湾をバカにしている」とパウエル氏を厳しく批
判している。ところが、肝心の陳水扁氏は翌日、台湾訪問中の金泳三元韓国大統
領との会談の場で、「台湾は主権独立国家なのに」とつぶやいて不満を漏らす程
度にとどまった。つまり、「アメリカのいうことをすべて素直に聞き、とてもい
い子にしているのに、なぜかまってくれないのか」と、がっかりした子供のよう
な反応である。 この「優等生」に、果たして邪悪な中国と渡り合えっていくこ
とはできるのだろうか。このような人物に、台湾の将来を託して大丈夫なのかと
心配している台湾人は、私だけではないはずである。

■台湾はアメリカのコマなのか

 イラクに民主主義を押し付けるため、戦争まで発動したアメリカは、その一方
で民主国家台湾を、悪魔のような中華帝国に売り渡そうとしているわけである。
台湾人は、今回のパウエル氏の暴言によって、アメリカ政府の民主主義に対する
ダブルスタンダードを改めて見せつけられた。 そもそも台湾が安全保障の面で
アメリカに頼っているからといって、アメリカに台湾の将来を決める権利がある
わけではないのである。それを考えると、アメリカの歓心を買うことのみを外交
政策としている陳水扁氏の態度はじつに情けない。アメリカ一辺倒だけで、果た
して台湾の国益を守れるのかということを、台湾人はもっと真剣に考えなければ
ならないだろう。

 在台日本人の台湾ウオッチャーである酒井亨氏は、九月三十日付のメールマガ
ジン「台湾の声」で、「アメリカに疑いを持て」と題する論文を発表し、台湾が
独立国家として世界で認知されていない現在の状態は、米国にとっては最も都合
が良いものだと主張している。

 酒井氏はそこで、「台湾が独立国家として認められなければ、中国につくわけ
にもゆかず、日本が頼りにならず、欧州は地理的に遠すぎる以上、必然的に米国
への依存を強めざるを得ない」と指摘し、「総統就任演説の一字一句まで米国が
検閲していることはわりと知られているが、これに典型的に示されているよう
に、台湾の米国依存は、まさに台湾が米国の植民地である観を呈している。台湾
が米国の植民地的な状況にあるということは、米国のアジア外交、とりわけ対中
外交において、台湾が米国のコマとして利用しやすいということであるし、実
際、台湾はコマとして使われてきたのである」と警鐘を鳴らしている。

さらに酒井氏はこう述べる。

「台湾の生存と外交を圧迫する最大の要因である『一つの中国』政策も、実は米
国が世界に広めた虚構であるという点である。米国の国際政治における力を持っ
てすれば、米国が『一つの中国』政策を放棄して、台湾の事実上の独立を法理的
に承認するだけで、現在の外交上の問題は一挙に解決するはずである。欧州連合
(EU)から、日本、韓国、ロシア、あるいはさまざまな小国にいたるまで多く
の政府が『一つの中国』を口実に、台湾との公的接触を避けているが、それはす
べて中国が妨害しているからではなく、その中国の妨害を奇貨として、米国が自
分に都合の良いコマとして台湾を仕立て上げるために、『一つの中国』政策を世
界的に広めていることに原因がある」

不幸にも、今回のパウエル氏の暴言が、酒井亨氏の指摘の的確さを裏付けること
となったのだ。

 中国に台湾への領土野心を諦めさせるとは、ライオンにベジタリアンになれと
言うに等しい。この野蛮な中華帝国に、紳士的な文明国になるように期待するこ
と自体が間違っている。このような軍事強権国家の隣国であること自体が、台湾
の不幸である。ところがアメリカは、自分に依存せざるを得ない台湾の弱みに付
け込み、台湾をコマとして利用しながら、今度はそのコマを売り飛ばそうとして
いるのだから、この国も中国と同様、邪悪帝国に成り下がったということではな
いのか。少なくとも、民主国家としては、道徳的堕落以外の何ものでもない。

■新憲法制定で「中華民国」体制を打倒せよ

 しかし、アメリカからこのような仕打ちを受けることは、台湾自身にも責任が
ある。法理的に「一つの中国」を認めてしまう「中華民国」体制にしがみついて
いるため、自ら国際的孤児になっているのだ。また国内でなかなか台湾人アイデ
ンティティが確立されないことも、国家に対する見解が分裂したままであること
も、アメリカが台湾を軽く扱う原因となっている。 だからこそ、李登輝氏は台
湾人が自ら憲法を作り、「中華民国」体制を終結させなければ、「台湾には将来
はない」と強調しているのだ。

 「中華民国」体制を支えているものは、現行の中華民国憲法である。少しでも
国際法の知識のある人間なら、台湾が「中華民国」ではないことは理解できるは
ずだ。「中華民国」は一九一二年、大清帝国を継承する形で誕生したが、当時台
湾はすでに日本の領土になっており、その国とは何の関係ももっていなかった。
一九四五年の終戦で、蒋介石時代の「中華民国」は台湾を占領した。これについ
ては「台湾の祖国復帰」「台湾の中国への返還」などといわれており、日本人の
多くもそのように考えているが、実際は単に連合軍司令官マッカーサー元帥の第
一号命令に従っての軍事占領であり、国際法上の領土の移転を意味するものでは
なかった。つまり台湾に関する主権を、「中華民国」が取得したわけではなかっ
たのである。一九四六年、この中華民国憲法が中国で制定された。もちろんそこ
で規定されている領土とは中国であり、台湾は含まれていない。一九四九年、
「中華民国」は内戦に敗れて滅亡したものの、蒋介石政権はこの憲法を携えて台
湾へと逃れ、「我こそが正統なる中国政権」だと主張したのである。

 このような憲法は、もちろん現在の台湾の現状に合うわけがないし、それどこ
ろかこのようなものを奉戴している限り、台湾人が「一つの中国」、つまり「台
湾は中国の領土である」と黙認することになるのである。そしてまさにそのこと
が、中国に台湾侵略の口実を与えてしまっているのだ。もはや問題は台湾だけで
なく、アジア全体の平和にかかわっているのである。

 それだけではない。この憲法のために、アメリカをはじめ国際社会からも、台
湾問題は中国内政問題だと看做されてしまっている。だからパウエル国務長官の
発言でも分かるように、国際社会では武力を振りかざして台湾を脅迫する中国に
は自制を求めず、逆に被害者である台湾に対し、中国の言い分を呑むよう求める
傾向が出てきてしまっているのだ。中国の軍備拡張と台湾に対する領土野心があ
る限り、アジアから動乱の危機が消え去ることはないのにもかかわらずにだ。

 だから李登輝前総統は、二〇〇七年以前に台湾新憲法を制定し、「中華民国」
にピリオドを打ち、台湾を名実ともに正常な国家にせよと訴えているのだ。今年
七月には全国民的な制憲運動を発動するなど、陳水扁氏にはない台湾人魂を見せ
てくれている。 「中華民国」制度の下で生き延びようとする陳水扁氏のような
軟弱な態度では、台湾を危機的状態から救うことはできない。台湾人は自ら問題
の原点を直視し、新憲法を制定して「中華民国」体制を打倒する勇気を持たなけ
れば、台湾は永遠に世界から軽蔑され続けるのであろう。 また台湾の憲法制定
が成功するかどうかは、アジアの安定が確保できるかどうかに大きくかかわって
くるのである。


        2004年10月28日 栃木にて








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