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刺激的な台湾の歴史認識杏林大学社会科学部教授 平松茂雄 

http://hajime1940.blog.ocn.ne.jp/hajime/2005/09/post_6703.html
から引用しました

刺激的な台湾の歴史認識
【参考】李登輝時代の「認識台湾」

【正論】杏林大学社会科学部教授 平松茂雄 
[1998年10月24日 産経新聞東京朝刊]


 ◆記述は先史時代から

 昨年秋出版された台湾の中学生歴史教科書『認識台湾』が試用期間を終え、今秋の新学期から正式に採用された。この教科書についてわが国で報道したのは、管見によれば本紙だけである(昨年六月十日と今年の九月十九日)。筆者は最近『認識台湾』を読む機会をえた。大変刺激的な内容なので、以下紹介してみたい。

 これまで台湾で使われていた『歴史教科書』は三冊からなっているが、中国大陸の歴史であり、台湾に関する記述はほんのわずかしかない。巻頭の編集目的で、「中華民族の進歩、辺境の変遷、政治・社会・経済と文化の発展のほか、悠久の歴史と民族文化の融合を強調し、国家と民族を愛する情操と団結精神を増強して、民族の伝統精神、国民的地位と責任を認識させる」と説明されている。これに対して『認識台湾』は「先人が台湾を開発した史実を認識し、団結協力の精神、郷土を愛し国を愛する情操を養い」、「台湾の文化資産に対する理解を強化させる」と指摘し、「台湾史の明瞭な特色」として、多元的な文化、対外関係の緊密さ、国際貿易の隆盛、冒険奮闘の精神をあげている。

 先史時代(五万年前~)、国際競争時代(一六〇〇年~)、鄭(成功)氏統治時代(一六六二年~)、清朝領有時代前期(一六八三年~)、清朝領有時代後期(一八五四年~)、日本植民統治時代(一八九五年~)、中華民国の台湾での政治変遷(一九五四年~)の七つの時代に区分されている。台湾の歴史といえば、オランダの支配時代から始まるのが普通であるが、五万年前からの先史時代については初めての知識であった。さらに興味をひかれる点は、先史時代の次が今から四百年ばかり前に始まる「国際競争時代」で、これにより台湾は歴史時代に入ったという認識である。台湾の原住民は中国大陸南部あるいは南洋の島から移住してきた人であり、十四世紀後半、台湾沿海地区と澎湖諸島は漢人や日本人の私的な国際貿易や海賊活動などの拠点となり、十七世紀初頭漢人、日本人、オランダ人、スペイン人などが競って争ったところから、現在の台湾が形成されたと捉えている。台湾は中国大陸とは異なる発展をたどってきたとの歴史認識である。

 ◆「認識台湾」の編集意図 

 次に全百十六頁のうち、日本植民統治時代が二十九頁、中華民国の台湾での政治変遷が二十八頁と、近・現代史が合計五十七頁で、全体の半分近くを占めていて、この教科書の編集意図がどこにあるかを明確に示している。筆者の関心もそこにある。『歴史教科書』では、日本統治時代に、「台湾の人々は政治的に差別され、経済的に搾取され、法律も不平等であり、かつ愚民教育を受けてきた」というものであった。『認識台湾』では、日本の台湾領有とそれに対する台湾人の抗日活動、日本の植民地経営・政策あるいは同化政策・皇民化政策とそれに対する台湾人の抵抗運動が記述されているが、他方で日本統治時代が台湾の発展に与えた意義について、肯定的に記述されている。

 土地制度の改革、貨幣と度量衡の統一、交通・郵便・通信施設の整備、人口調査の実施、農業改革による水田面積の増加と二毛作の普及、蓬莱米の育成による水稲生産の飛躍的増産、八田与一が設計建設した貯水池と灌漑施設、製糖業の発展、日中戦争以後における日本南進基地としての重化学工業の発展。そして何よりも台湾の近代化を支えた教育の普及、社会教育方式による日本語の普及であり、四〇年には学齢児童の入学率は六〇%、終戦時の四五年には八〇%に達し、また日本語を理解する台湾人は統治時代末期は七五%を越えた。

 この点について『認識台湾』は、「日本語は台湾人の生活言語にはならなかった」。「台湾人は終始日本語を外国語とみて、日本語を学んでも同化されることはなかった」と記述しながらも、続いて「日本語は台湾人にとって近代化された知識を吸収する主要な手段となり、台湾社会の近代化を促進した」と評価している。また高等教育について、「台湾人子弟に人文学科を学習することを奨励せず、公学校(台湾人向け小学校)の教師を養成する師範学校と医師を養成する医学校を重点とした」。教師と医師の社会的地位は高かったので、二つの学校は長期にわたって激しい競争が存在した。さらに植民地統治初期から多数の学者、専門家を招聘して、台湾の自然環境と社会の科学的な調査研究を行い、近代台湾の学問研究の基礎を築いた。

 ◆李登輝政権の歴史観

 『認識台湾』は総督府の政治を「典型的な警察政治」と捉え、総督府が清朝時代の保甲(隣組)制度を利用して、台湾人を監視し、諸々の活動に動員したと記述しているが、他方台湾人の間に時間と法律を守る観念、衛生観念を確立した。日本統治下の台湾では、集会、講演、誓願、抗議行動などによる植民地政治の改革を要求した政治改革運動が行われ、台湾人に自治、普通選挙、参政権など民主政治の基本観念を普及させたとか、出版物の刊行、各種講習会・文化講演会などによる新知識の普及、各地を巡回する演劇、映画、音楽会などによる民衆の啓蒙などが行われたなど、台湾人に対する法律上の差別を記述しながらも、台湾は植民地統治下での法治社会であった事実が記載されている。

 『認識台湾』は「台湾人の台湾」を目指す李登輝政権の歴史観に基いて、日本の植民統治の功罪を問い直す試みであり、過去の日本の歴史を一律に否定してやまないわが国の自虐的歴史観に対して、重要な問題を提起している。

 (ひらまつ しげお)・

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