background movie
HOME ブログ翻訳
powered by 3ET
powered by 電脳PC生活
プロフィール

阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

Author:阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。
図4
台湾旗


よろしければクリック!


おすすめ書籍
李登輝 本
お申し込みはhttp://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0028.reg


おすすめ書籍
李登輝先生
HPからお申込み送料無料でお届け
http://www.ritouki.jp/


おすすめ書籍
りん先生
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4890632018.html


おすすめ書籍
永山
http://books.livedoor.com/item_detail/niitaka161208/524b&isbn=9784944235384.html
定価1680円(税込み)。版元の「まどか出版」へ「著者のブログで見た」と書いたメールで送ると、「送料無料+後払い」でお買い求めできます。(住所、名前、電話、書名、冊数もお願いします)(まどか出版)
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/この本の著者のブログ



メルマガ「台湾の声」の購読を!
台湾・日台関係情報のほか、日本における台湾独立建国運動や台湾防衛運動の情報を毎日配信。
http://www.emaga.com/info/3407.html

最近の記事 最近のコメント 最近のトラックバック 月別アーカイブ カテゴリー
ブロとも申請フォーム HS月別アーカイブ

青森李登輝友の会ブログ

日本李登輝友の会の青森県支部です。略して「青森李登輝友の会」です。 皆様宜しくお願い申しあげます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

李登輝前総統の幻の講演(2)

李登輝前総統の幻の講演(2)
台湾風物詩から引用しました
http://blogs.yahoo.co.jp/taichu_jp/11649800.html?p=1&pm=c 二つ目は大型土木機械の使用です。労働力のあまっている時代としては常識はずれでした。
大型機械の使用については組合や当時の請負業者が反対していました。購入予算は四百万円に
達し、堰堤工事と烏山頭隧道工事費の25%にあたります。

 八田氏の意見は、これだけの堰堤を人力で造っていては10年どころか20年かかってもできない。
工期の遅れは15万町歩の土地が不毛の土地のまま眠ることになる。高い機械で工期が短縮できれば、
それだけ早く金を生む。結果的には安い買い物になるというものでした。
 この考え方は当時としては偉大な見識と英断と見なければいけないでしょう。これら大型土木
機械はその後の基隆港の建設と台湾開発に非常な威力を発揮しました。

 三つ目は烏山頭職員宿舎の建設です。「よい仕事は安心して働ける環境から生まれる」という
信念のもとに、職員用宿舎200戸の宿宅をはじめ、病院、学校、大浴場を造ると共に、娯楽の設備、
弓道場、テニスコートといった設備まで建設しました。

それ以外にまたソフトウエアにも気を配り、芝居一座を呼び寄せたり、映画の上映、お祭りなど、
従業員だけでなく家族の事も頭に入れて町づくりをしています。工事は人間が行うのであり、
その人間を大切にする事が工事も成功させるという思想が、八田の考えでした。

 四つ目は三年輪作給水法の導入です。15万町歩のすべての土地に、同時に給水することは、
一億五千万㌧の貯水量を誇るとはいえ、烏山頭ダムと濁水溪からの取水量だけでは、物理的に
不可能でした。ならば当然その給水面積を縮小せざるを得ないと考えるのが普通ですが、
八田氏の考えは違っていました。土木工事の技術者はダムや水路を造りさえすれば、それで
終わりであると八田氏は考えなかったのです。
 
 ダムや水路は農民のために造るのであれば、15万町歩を耕す農民にあまねく水の恩恵を与え、
生産が共に増え、生活の向上ができて初めて工事の成功であると考えていました。
そのためには、十五万町歩の土地に住むすべての農民が、水の恩恵を受ける必要がある。
そしてそのためには、すべての土地を50町歩ずつ区画し、150町歩にまとめて一区域にして、
水稲(すいとう)、甘蔗、雑穀と三年輪作栽培で水稲は給水、甘蔗は種植期だけ給水、
雑穀は給水なしという形で、一年ごとに順次栽培する方法を取りました。給水路には水門が
つけられ、50町歩一単位として灌漑してきたのです。

 最後に、雄大にして独創的工事を完成させた八田與一とはどんな人だったか、そこに焦点を
当てて考えてみましょう。

 八田與一氏は技術者として抜群に優れていたばかりでなく、人間としても優れていました。
肩書や人種、民族の違いによって差別しなかったのです。天性ともいえるかもしれませんが、
これを育(はぐく)んだ金沢という土地、いや日本という国でなければかかる精神がなかったと
思います。

嘉南大圳の工事では10年間に134人もの人が犠牲になりました。嘉南大圳完成後に殉工碑が建て
られ、134人の名前が台湾人、日本人の区別なく刻まれていました。

 関東大震災の影響で予算が大幅に削られ、従業員を退職させる必要に迫られたことがありました。
その時、八田氏は幹部のいう「優秀な者を退職させると工事に支障がでるので退職させないで
ほしい」という言葉に対し、「大きな工事では優秀な少数の者より、平凡の多数の者が仕事を
なす。優秀なものは再職が簡単にできるが、そうでない者は失業していまい、生活出来なくなる
ではないか」といって優秀な者から解雇しています。
(つづく)
スポンサーサイト

COMMENT

EDIT COMMENT

非公開コメント

プラグインの説明
このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。

←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。

このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れませんし、無いかも知れません。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。