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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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青森李登輝友の会ブログ

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李登輝前総統の幻の講演(1) 「八田與一にみる日本人の精神」

台湾風物詩

から引用しましたhttp://blogs.yahoo.co.jp/taichu_jp/11649800.html?p=1&pm=c今から3年前の2002年秋に、李登輝台湾前総統が慶應義塾大学で本来講演するはずであった内容を
同年11月19日のサンケイ新聞より全文転載し、ここに3回に分けて紹介します。

「八田與一にみる日本人の精神」

台湾で最も愛される日本人の一人、八田與一(はったよいち)について説明しましょう。
八田與一といって、日本では誰もピンとこないでしょうが、台湾では嘉義台南平野15万町歩
(一町歩はおよそ一へクタール)の農地と60万人の農民から神のごとく祭られ、銅像が立てられ、
ご夫婦の墓が作られ、毎年の命日は農民お祭りが行なわれています。
彼が作った烏山頭(うざんとう)ダムとともに永遠に台湾の人民から慕われ、その功績が称(たた)
えらえるでしょう。

八田與一氏は1886年に石川県金沢市に生まれ、第四高等学校を経て1910年に東大の土木工学科を
卒業ごまもなく台湾総督府土木局に勤め初めてから、56歳でなくなるまで、ほぼ全生涯を台湾で
過ごし、台湾のために尽くしました。

1895年に日本の領地になったころ、台湾は人口約300万人、社会の治安が乱れ、アヘンの風習、
マラリアやコレラなどの伝染病などの原因で、きわめて近代化の遅れた土地であり、歴代三代の
台湾総督は抗日ゲリラ討伐に明け暮れた時代でありました。第四代の児玉(源太郎)総督が民政
長官の後藤新平氏を伴って赴任した1898年ごろに、台湾の日本による開発が初めて大いに発展
しました。

八田與一氏が台湾に赴任するのは、後藤新平時代が終了した1906年以降のことです。
後藤新平時代に台湾の近代化が大いに進んだとはいえ、以前があまりに遅れていたこともあり、
八田氏が精力を傾ける事になる河川水利事業や土地改革はまだまだ極めて遅れていました。

台湾に赴任してまもなく、台北の南方、桃園台地を灌漑する農業水路の桃園大圳の設計を行い
1916年に着工、1921年に完成しましたが、灌漑面積は三万五千町歩でありました。これが今日の
石門ダムの前身であります。

この工事の途中から旧台南州嘉南大圳水利組合が設立され、八田氏は総統府を退職して、組合に
入り、10年間をその水源である烏山頭貯水池事務所長として、工事実施に携わりました。
嘉南平野15町歩を灌漑するために、北に濁水渓幹線、南に烏山頭ダム幹線の二大幹線を築造し、
曾文渓からの取水 道によってダムに1億6千万トンの貯水を行なったものであり、土堰堤築造
工法としてセミハイドロリックフィル(半水性式)工法が採用されました。

この工事の完成によっては不毛のこの地域15万町歩に毎年83千㌧の米と甘蔗(かんしゃ)
=サトウギビ=その他雑作が収穫されるようになりました。

その時分では東洋一の灌漑土木工事として、10年の歳月と(当時のお金で)5400万円の予算で
1930年にこの事業を完成した時の八田氏はなんと、44歳の若さでありました。
嘉南大土川の完成は世界の土木界に驚嘆と称賛の声を上げさせ、「嘉南大圳の父」として
60万の農民から畏敬の念に満ちた言葉で称えられました。

八田與一氏の恩を忘れないようにしたのはなんでしょうか?古川勝三氏の着作からの引用ですが、
八田與一があの若さでこの偉大な仕事を通じて台湾に残したものが三つあると思います。

ひとつは嘉南大圳。不毛の大地といわれた嘉南平野を台湾最大の倉地帯に変えた嘉南大圳を
抜きにして八田氏は語れません。二つ目は八田氏の独創的な物事に対する考え方です。
今日の日本人が持ち得なかった実行力と独創性には目を見張るものがあります。
三つ目は八田氏の生き方や思想は、われらに日本的なものを教えてくれます。

これらの諸点について具体的な諸事実を述べて話しましょう。
一、まず嘉南大圳の特徴についてみましょう。①灌漑面積は15町歩、水源は濁水渓系統
5万2千町歩、烏山頭系9万8千町歩。灌漑方式は三年輪作給水法②烏山頭ダムの規模、
土堰堤長1273メートル、高さ16メートル、給水量1億5千万トン、土堰堤はセミハイロ
リックフィル工法採用③水路の規模、給水路の1万キロ、排水路6千キロ、防水護岸堤防
280キロ。

このような巨大な土木工事をわずか32歳で設計に取りかかり、34歳で現場監督として
指揮をした八田氏の才能には頭が下がります。戦後の日本における近代農業用水事業の
象徴である愛知用水の十倍を超える事業なんだと考えれば、うなずけるものと思います。
そして烏山頭は東洋一の湿地式堰堤であり、アメリカ土木学会は特に「八田ダム」と命名し、
学会誌上で世界に紹介したものです。

しかし嘉南大圳完成しても、それですべてが終わったというわけにはいきません。
ハードウエアは完成しましたが、それを維持管理し有機的に活用するためのソフトウエアが
大切です。農民はその大地を使って農作を作り、生産力を上げなければ嘉南大圳は生きたものに
なりません。農民への技術指導が連日、組合の手によって繰り返されました。

その甲斐あって3年目には成果が顕着になってきました。かくして不毛の地、嘉南平野は台湾の
倉地帯に変貌を遂げたのです。
その成果には①農民が被る洪水、旱魃、塩害の三重苦が解消したこと②稲作技術を向上したこと
③買い手のない不毛の大地が給水によって地価が二倍、三倍の上昇を招き、全体では9450万円もの
価値を生んだ。この金額は当時の全工事費を上回る金額であった④農民の生活はこれによって一変し、
新しい家の増築や子供の教育費に回す余裕がでてきたことがあげられます。

二、次は八田氏の独創的なものの考え方を述べなければなりません。以上述べた嘉南大圳の巨大な
工事に対して当時として常識はずれの独創的方法が採用されました。
その一つはセミハイドロリックフィル工法の採用です。この方法は東洋では誰もてがけたことがなく、
アメリカでさえもこのような大きな規模の工事では採用されていなかった。この工法を採用したの
には、それなりの理由がありました。

まず、地震です。この地帯は断層があちこちに発生しており、地震強度は六度以上もあります。
この工法は粘土による中心羽金層を堰堤の中心に造り、浸透水を断して堰堤に決壊を防ぐアース
ダム方式です。この工法を遂行するには、数百万トンの大量の土砂と中心羽金層を造る微細な粘土を
必要としますが、この地域ではこれを供給する場所がありました。

この未経験の工法を採用するに当たり、徹底的な机上の研究とアメリカ視察を行いました。
そして、この工法の採用と設計と間違いでない確信を持って工事にとりかかったのです。
またコンクリートコアの高さと余水吐をめぐって、セミハイドロリックフィルダムの権威者
ジャスチンと大論争しますが、自説を譲らず、設計どおりに構築しました。七十年経過した
今日でも、堰堤は一億トン以上の水を堰(せき)とめて、八田ダムの正確性を証明しています。

(つづく)
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