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講演録】「チベットから見た中国問題ペマ・ギャルポ氏」 

講演録】「チベットから見た中国問題」

桐蔭横浜大学教授 ペマ・ギャルポ氏の講演(要旨)

国際政治の現実厳しく見詰めよ
怠った力の備え/侵略許した観念的平和論

内部浸透で政策左右/泥棒入れ鍵掛けてもダメ



 この三十年間で、チベットの置かれている状況も変わった。三十年前は、チベットはアメリカにも見捨てられ、ゲリラは鎮圧された。ダライ・ラマ法王はインドから外に出ようとした一九七八年、何とかビザ拒否を撤回することができたが、日本のビザ拒否は非常に衝撃だった。

 そういう時代から考えたら、一九八九年には、ダライ・ラマ法王はノーベル平和賞を頂き、今では世界各国どこに行っても、法王の講演会場はいっぱいになる。チベット問題が、ノーベル平和賞の受賞によって、ある意味では市民権を得たということだが、もう一つは、真実が最終的に勝つということだ。

 だから、ダライ・ラマ法王が認知されるようになったということは、中国の不透明な部分が徐々に暴露され、透明になりつつあるのではないかと思う。

 チベットでダライ・ラマ制度、すなわち宗教と政治が一致の国家体制ができてから、チベットの男性の25%の人たちはお寺に入るようになった。そして仏教をあまりにも重視したため、やがて宗教が政治に介入するようになった。

 例えば、チベットで最初の水力発電所ができた時、寺院から「あれは、悪魔の使いのものだ。西洋文明を持ってくることはけしからん」と言われ、当時の政府は、一生懸命外国で勉強して水力発電所を造った人を失脚させた。こういうことからも、チベットにおいて、中国の侵略を許してしまう環境があったとみるべきだと思う。

 中華人民共和国は、「チベットは封建社会の生活をしている。だからチベットを解放して文明社会にするんだ」と最初、言っていた。「解放する」とは、彼らの価値観に基づきチベットを文明人にするということだ。

 やがて彼らは、「チベットをアメリカ帝国主義から守るためだ」「西洋の帝国主義から守るためだ」と言ってきた。しかしチベット全土に当時七人しか外国人はいなかった。さらに、そのうち二人は日本人で、戦争に負けて隠れていた人だった。それがどうやって帝国主義となってチベットを侵略するというのか。

 そこで、中国は「侵略」を「解放」という名に変えた。これは日本でも同様で、私が来た一九六〇年代の日本では、中国のことを「中共」と表現し、当時の教科書には、「中共軍のチベット侵入」と書かれていた。ところが一九七〇年代になって、「進入」に変わり、上海コミュニケ以後、日中国交正常化に基づいて、日中友好のためという前提で、「チベット解放」という言葉に代わってしまった。

 チベットでも、一八六〇年代に改革の動きがあったが、チベットの中にはすでに、英国派と親中派が存在していた。中国は、民族統一工作の一環として、相手の中に入って撹乱(かくらん)させることを戦術としている。だから、最近日本では、憲法を改正して武器を持てば国を守れると思っている人たちがいるようだが、国を守るのはそんなに簡単なことではない。

 この前、小泉首相の靖国参拝に対して、国会議長はじめ要職にいた方々が話していたのを見ていて、日本が憲法改正して軍隊を持ってももう遅すぎる、と思わされた。これはかつてのチベットと同じだ。かつてのチベットが、英語を勉強させようとしたら「キリスト教が入ってくるからだめだ」と言って学校をつぶし、国連に入ろうとしたら「あれはキリスト教の団体だから、あそこに入ると皆キリスト教を信じなければならなくなる」と言って、せっかく書いた入会手続きまで撤回する羽目になった。

 さらに、中華人民共和国の軍隊がチベットに入ってきた時、チベット政府は「インドに頼ればいい」「国連に訴えればいい」「ネパールとの間に助け合う条約があるから」「モンゴルとの間にお互いに助け合う条約があるから」と言っていただけだった。しかも、東チベットに中国軍が入り、軍人たちによってチベットの女性が乱暴されても、中央は信じない。「それはチベット人が挑発的であるからいけない。東の人たちは好戦的な人たちで、男の人たちは勉強せずにけんかばかりしている」と、逆にそんなことまで言っていた。

 やがて、「中華人民共和国によるチベット侵略をやめて即時撤退するように」と国連で三回決議が出され、国際司法裁判所でも「中国による組織的、計画的大虐殺が行われた」とする判決も下された。しかし何の意味も無い。

 国際政治は既成事実で動く。世論の支持を得て多少自己満足したり、戦う人たちの正当性を持たせる上では、国連決議や国際司法裁判所の判決は意味があるかもしれないが、現実には、チベットにとって何の助けにもならなかった。

 結果的に、私たちチベット人は百二十万人の犠牲者を出し、七千以上の寺院が破壊された。当時のチベットは鎖国政治を取り、一生懸命祈ることだけやって、内面的幸せにいつの間にか酔ってしまい、周囲の国々の変化に無関心だったが、それでやっと目覚めた。しかしその時はある意味、遅すぎた。

 最近、中国で起きた反日デモなどは、私から見ると本当に微々たるもので、背後にはもっと危険なものが存在する。だが日本のメディアは、一回そういうことが起きるとドラマ化して報道するが、もっと恐ろしいこと、裏にあるものには一切触れようとせず、現象は伝えても原因については伝えようとしない。

 原因とは何かというと、根本的には中国の十三億人が劣等感を持っているということだ。中華思想は裏返せば劣等感からくるもので、さらに常に自分たちがやられるのではないかという恐怖心を伴っている。だから「やられる前にやったほうがいい」となる可能性がある。あの万里の長城がまさにその象徴だ。

 チベット人が多大の犠牲を払って中国について学んだことはたくさんある。それは、泥棒を中に入れて鍵を掛けてもだめだということだ。チベットの場合にはそういう要素があった。

 しかも、「自分たちがいい人であれば、世の中みんないいように接してくれる」と自分たちが正義だと信じ込んでしまっていた。今日本にもそういう方々がたくさんいる。

 憲法九条についてもそうだ。近代国家では、軍隊が外国から生命・財産を守り、警察が治安を守るので、皆安心して刀や鉄砲を国に預ける。しかし残念ながら、今の国際社会には、そのような存在は無い。日本がいくら勝手に「私は戦争しません」と言っても、それは日本が宣言しているにすぎない。そのようなものに対して戦争してはいけないという法律は無いし、侵略したからといって罰してくれる機関も組織も制度も法律も無い。

 わがチベットでは、国王は僧侶であるため、いまだに宣戦布告をしていない。なぜなら、「不殺生」を一番大事な戒めとする僧侶に、戦争しろと言うことはできないからだ。だがそのために、特に一番最初に中国に抵抗した人たちは、まるで賊軍扱いだった。

 また、かつて英国の侵略、清朝軍の侵略を受けて軍隊を近代化しようとしたこともあったが、一番の圧力になったのは寺院だった。「われわれは殺生をしてはならない。慈悲の気持ちで毎日修行してお祈りすれば平和になる」と思っていたからだ。

 これと似たように、日本は小学校に入ったころから、ホームルームなどいろいろなところで平和について教えている。確かに平和は尊い。しかしその平和を維持するために犠牲が伴うこともある。その犠牲を少なくしたければ、それなりの備えを持つことが必要で、それが結果として平和を維持することにもつながる。

 もっと大切なことは、日本人一人一人が国際社会の現実を見極め、そして国家が国家として継続し生きていく上において何が必要かを見極めることだ。それはその時代によって変わってくる。ひょっとしたらアメリカも永遠の友ではないかもしれない。インドも永遠の友でないかもしれない。だから、国家として友になるためには、お互いにある一定の緊張感を持ち、互いに一定の意識をすることが大事だ。

 かつてはチベットと中国は、お互い意識し合って生きてきた時代が長い間あった。中国はチベットに毎年、ダライ・ラマ法王をはじめ寺院に、絹やさまざまの装飾品を贈ってきていた。それを今日的価値観で、われわれがお土産をもらっている方だから偉いと言うのもおかしい。

 あの時代においては、王様はお布施をする、法を守る、仏教を保護することによって、人々が王様にふさわしいと評価した。その時代では、お寺と檀家(だんか)の関係で、共生共存できた。

 今後も、もし中国が変われば、チベットと中国は人種として仲良く暮らせると思う。だが、それはあくまでも、ある一定の緊張感を持ち、一定のルールを守って、お互いに過剰の期待もしないことによって可能なことだ。

 ペマ・ギャルポ チベット生まれ。1959年、インドに亡命。65年来日。日本の中学、高校を卒業後、76年、亜細亜大学、上智大学大学院、東京外国語大研究生を経て、80年から、ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表に就任。90年退官。岐阜女子大学教授を経て現職。チベット文化研究所所長。著書は『お陰様イズムの国際関係』『チベット入門』『仏教のこころ』など多数。テレビでも多彩な活動。




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