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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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 現地報告-動いていた台湾 柚原正敬 第51回日台東京フォーラムは、2000年11月29

第51回 日台東京フォーラム

現地報告-動いていた台湾

  第51回日台東京フォーラムは、2000年11月29日、伊達物産アジア研究所会議室で開催されました。台湾研究フォーラム一行が台湾を訪問。その報告を受けて、みんなで討論。日本語世代、哈日族の生みの親、若者、呂秀蓮副総統、張燦港台南市長、独立建国連盟の人々との出会い。日本時代の役場を保存する運動等。みんなで討論。(参加者=日本9名、計9名)

発題=柚原正敬・台湾認同研修団団長
  17年前に、出版社を作り、150冊くらいの編集を手がけました。台湾関係の本も7、8冊担当しました。今回台湾でお会いした鄭春河さんの『台湾人元日本兵と大東亜戦争』もそうです。また、『玉蘭荘の金曜日』という本も手がけました。台北の女性の老人ホームですが、みんな日本語世代の方々で、北京語より日本語の方が楽という世代の方々です。そこに、駐在員の奥さんたちがボランティアしていて、その交流の物語です。

  昨年の秋に、後任に編集長を譲り渡し、今の日本の教科書の内容が偏向していて、自国に誇りがもてないものが多いので、知人に誘われ教科書改善連絡協議会で仕事をしています。また、4年前から台湾研究フォーラムの代表をしており、勉強会をしていますが、入会心得が二つだけあります。一つは、台湾が好きであること、二つは、自国に誇りを持っていること、です。90名くらいの会員で、毎回30人くらいで勉強しています。メンバーの研究発表が主です。台湾の留学生やOBも2割くらいいます。東京フォーラムで知り合った方も来てくれています。
まず慰霊行事から   さて、10月5日から9日まで、この研究会のメンバー22人で台湾を訪問しましたので、感想をまじえながら報告したいと思います。なお、黄文雄先生が顧問で同行して下さいました。

  台北に到着してすぐ、烏来に行きました。ここは高砂族のタイヤル族の村です。ここに周麗梅さん、日本名秋山愛子さんがおられます。タイヤル族の酋長さん。愛子と呼ばれるのが一番好きとのことです。台湾の方が大東亜戦争で軍属として20万人出征されていて、3万人が戦死されています。そのうち2万8千人余りが靖国神社にも祭られていますが、もちろん高砂族の方が含まれています。

  この烏来には、高砂義勇隊慰霊碑があり、そこにまずお参りしました。国歌斉唱してから私が祭文を読み上げて始まりました。ここは、『台湾と日本-交流秘話』でも私が取り上げましたが、行ったことがない人がほとんどで、まず慰霊の行事からこの研修を始めたいと思った。戦争で亡くなられた方々のおかげで、我々の親が生き残り、我々は今の命を頂いていると思います。なので、まずその方々を慰霊するのが我々の務めだと思って慰霊祭を行いました。

  碑は、1992年11月24日にできています。石段が欠けていたりしてきたので、それで1年繰り上げて10周年事業をしたのかなと思いました。それで、私たちもささやかな寄付をしてきました。我々も感激したんですが、高砂族の料理をすごく出してくれました。後で確認したら、9品あり、魚、肉、野菜の他、我々が来るというのでわざわざお餅をついていてくれました。周さんがやっている高砂族酋長の家で食べたのですが、すごい歓待でした。

  翌日から研修を始めました。認同研修団の「認同」というのは、アイデンティティという意味だと留学生に教えてもらいましたので、「台湾のアイデンティティを探る旅」という意味でつけました。

まず、台北に本部がある台湾独立建国連盟に行きました。昭和大学名誉教授の黄昭堂先生が主席です。今回の研修団のお世話をして下さいました。黄昭堂先生の他、前台湾大学教授で現在総統国策顧問の鄭欽仁先生、それに立法院の黄爾?先生が講義をして下さいました。黄昭堂先生も国策顧問ですからすごい顔ぶれです。
何度も憲法改正―黄爾旋氏   黄爾旋先生の講義は、立法院視察から始まりました。この写真が有名な乱闘シーンがある立法院です(笑)。日本の松浪議員事件の翌日は、台湾でも水をかけています(笑)。これは打ち合わせ通りだそうですが、本当に水をかけます(笑)。特に女性議員は本気で水をかけるそうで(笑)、それだけ熱心だということです(笑)。押しボタン式で語決しています。ビデオを見た後、「台湾国会の構造と民進党の役割」について話を伺いました。

  台湾は五権分立で国会の監察権が監察院にあるなど、少し日本とは違います。民進党は少数与党ですが、陳水扁さんが総統なので、改革はかなり進めているそうです。この改革は李登輝さんが総統になった後の、1992年から進められていますが、まだ10年もたっていないので、理想通りにはいかないということでした。しかし、この間、立法院では既に4回も憲法改正をやっている、というのは驚きました。この点では、論議することもタブーだった日本より進んでいます。

  黄爾旋先生は、「まだ虚構の民意が立法府を代表している」と言っておられました。また、来年の立法院選挙で民進党が伸びないと、陳水扁政権は今より苦しい立場に立たせられるだろうと言っておられました。国民党126名、民進党66名、国民党から分かれた新党11名、民進党から分かれた建国党1名、親民党19名だそうです。
留学で知った2・28事件―鄭欽仁氏   鄭欽仁先生は元台湾大学の歴史学教授で、非常に示唆的な話をされました。1895年(明治28年)の日本統治以来の話です。68年から73年まで日本留学をされていますが、日本にいて一番よかったことは、1948(昭和23年)年の2・28事件について知ることができたことだと言われました。知識人等2万5千人~3万人が虐殺されたという事件です。子どもの頃に、国民党兵士が大陸から台湾にやってきてからのことを見聞きしておられますが、汚職がひどかったそうです。その体験が、日本留学で当時の新聞等を読んで裏付けられたということでした。

  それで独立運動が必要だと思われるようになったそうです。台湾では、37年間という世界でも最長の戒厳令が布かれました。1987年(昭和62年)にようやく解除されています。言論の自由も集会の自由もなかった。鄭欽仁先生は1985年から戒厳令廃止運動をされています。蒋経国時代ですからまだ危なく、監獄島に送り込まれた時期です。先生は、2・28事件の犠牲者数を戸籍から割り出したそうです。それが2万5千人。

  また、印象に残ったのは、台湾の経済的繁栄が何によってもたらされたかというと、それは日本統治時代の教育だ、ということでした。差別もあったというが、日本は小学校から専門学校、大学まで作った。その教育のおかげだ、と言われました。

台湾の教科書は国定教科書ですが、来年から検定制度に移行します。そのため、『認識台湾』も取りやめになるそうです。日本語版への翻訳者は、東京フォーラムでも話をしている永山英樹さんと蔡易達さんです。また、再来年には、小中9年間一貫教育に移行するそうです。民進党は教育問題に熱心ですが、鄭欽仁先生は、検定になると、大陸寄りの教科書や反日的なものが出てくることを懸念されていました。それで雑誌と組んで監視グループを作るということでした。
中華民国体制から独立を―黄昭堂氏   黄昭堂主席からは、これまでの独立運動の経過を伺いました。1960年から日本で始まっています。王育徳先生(元明大教授)が会長となって台湾建国独立連盟を創立したそうです。①中国の台湾侵略反対、②中華民国体制打倒を訴えた。国民党も台湾を侵略しているという考えです。日本ではまだ、大陸からの独立と思われていますが、国民党による中華民国体制からの独立が目標です。

  黄昭堂先生は、安全保障問題に関する国策顧問で、日米安保条約には当初極東条項があったこと等話されました。この前日米ガイドラインが議決された時、台湾が含まれるかどうか問題になりましたが、それは極東条項で最初から含まれているのだから当たり前だ、とのことでした。

  加藤紘一さんが訪中して、「台湾は含まれない」と発言したが、こういう発言は困ると言っておられました。もし含まれないとして、バシー海峡が封鎖されたらどうなるのか。石油タンカーが通るオイルロードですから、日本は食べていけるのか、と言われました。極東条項では、「バシー海峡以北」と定まっていた。そういう観点で安全保障問題を考えてほしいと言われました。

  余談ですが、陳水扁総統が原発停止を決め、唐飛行政院長退任直後だったので、どうなるかなという時期でした。黄昭堂先生は、「停止すべきでない。代案があるのか」と強く進言されたそうです。この先、台湾のエネルギー政策はどうなるのか、心配です。日本は稼動率3割で、フランスは5割を越えていますので。そういう意味で、相手が陳水扁総統であろうと直言される方です。
日台韓三国同盟をー呂秀蓮氏   もう一人直言居士がおられます。女性の副総統で呂秀蓮さん。研修の途中で夕食会に招いて下さると連絡が来て、これは嬉しかった。黄文雄先生が親しく、中南米から帰られた直後で、「なんでもっと早く言ってくれなかったのよ」と怒られたそうです(笑)。研修団も俄然勢いづきました。中華料理の楕円形のテーブルですが、今回団長をやってよかったなと思いました(笑)。私が、呂秀蓮さんの向かい側で、私を迎えて頂いたような形になりました(笑)。

  呂秀蓮さんも2・28事件でつかまっています。ひどいいたぶり、リンチを受けたそうです。呂秀蓮さんが書かれた本を、黄文雄さんも読まれたそうですが、半分以上読めなかったと言われました。女性ですから胸に針をさされたりと耐えがたいリンチを受けています。それを乗り越えて独立運動をされた方です。そういう方なので、ズバズバと発言されます。「日本は中国の歌に合わせて踊っているばかりじゃないか」等と言われました。

  何を聞いてもいいということでしたので6つの質問をしました。私は、李登輝前総統の訪日問題について質問しました。「台湾としては是非訪問させたい。日本には反対する理由がないじゃないか」、「テロリストと言われる人もホワイトハウスを訪れているし、ダライ・ラマも訪日している」、「もし断る理由があるとすれば中国が怖いからだ。それしか考えられない」と(笑)。「日本は民主先進国なのだから、民主的な方法で状況を作ればいい」。自分が中南米に行かれた例を話されました。「ニュー・ヨークとワシントンで乗り換えるのはダメ」ということで、ロサンゼルズで乗り換えたそうです。「議員と会うのもダメ」ということだったが、「議員がホテルまで来たので会った」、「台湾の同胞もだめ」だったが、「向こうから来たのはしょうがない」ということだった。「外交交渉とはそんなものでしょう。絶対に中国を怖がってはいけない。」と言われた。台湾語ですべて話されました。

  現地の青年も参加したのですが、何と、埼玉県で行われた三島由紀夫さんの30周年の慰霊祭に来た人です。彼が、「日本の台湾統治をどう評価しますか」と質問した。また、「アメリカは本当は頼りにならない。日本が本当の友人ではないですか」と。するといきなり呂秀蓮さんが、「すべての人間の義務は、人に頼ってはならないということです」と言われた。また、「地理的に言って、中国は陸の大国から海の大国になるのは難しい。また海の大国となることをアメリカは絶対許さないだろう。日本が中国を恐れるのは、台湾から言えば、台湾を小馬鹿にしていることで、もし台湾が中国に取られたら、日本に大きな脅威を与えることになる」と。「日本は南北朝鮮の統一に賛成するのか」と微妙なことも言われた。「中国と台湾はもともと別だ」等と言われるんですが、仲々日本の台湾統治に触れないんです。そして自分の理想を述べられた。「日本、台湾、韓国はアジアで突出した経済のレベルにある。北東アジアの同盟ができれば、平和と繁栄が続くのではないか」と。これは三国同盟の提唱ですね。「その時に、中国も誘ってあげればいいじゃないか」と(笑)。

  この発言を新聞社がかぎつけ、翌日新聞に掲載されたんです。新聞は、三国同盟をメインに扱いました。「一つの中国ではなく、一つの中華なら受け入れてもよいのではないか」という発言もありましたが、黄文雄先生は、「同じ中華文明ではないし、そこから脱出しないといつまでたっても中国の影がつきまとう」と言われ、そこだけが自分と呂秀蓮さんとの違いで、そこしかないと言っておられました。お見送りした時、感激して思わず「台湾バンザイ」をやってしまいました(笑)。呂秀蓮さんはにこやかに帰っていかれました。
日本の町並みを保存   翌日、龍山寺に行ったり、また台南では張燦港市長に夕食会に招かれました。この方は、黄昭堂先生の2代前の独立建国連盟の主席です。ご本人は夕食会に参加されず、奥様が参加されましたが、生粋の台南料理というムツゴロウの料理には驚きました。すごくおいしかった。ムツゴロウは出汁につかうそうです。その翌日、八田與一さんが作られた烏山頭ダムを見に行く途中、新化に立ち寄りました。日本時代の役場が残っていて、保存運動があり、3千人の青年が50日間かけて、コロをかけて引っ張ったそうです。ここは日本時代の町並み保存運動もやっています。

  バスから降りると、私の目の前で急に爆竹が鳴り出したので、何事かと思いました(笑)。何と日本語で話しかけられたのです。「あなたたちを待っていました」と。歓迎の立て札まであるんです(おー)。飲物も用意されていたんです(おー)。町並み保存運動の会長さんは、東京医専に留学された方で、林栄達さんです。全然知らされていなかったことで、本当に感激しました。日曜日なのに役所の方も出てくださって、役場に「歓迎」と書いてあるんです。これを来年また引っ張って戻し(笑)、地下も工事して、博物館にするそうです。烏山頭ダムでも説明してくださる方が準備されていて、これも驚きました。『台湾と日本-交流秘話』に私が書いた所ですが、11月1日に、八田與一記念室ができるそうです。これはまだ日本では報道されていません。そこに第二の銅像が立っていました。

  陳水扁さんの実家にも行ってきましたが、延々1キロに渡って屋台が所狭しと並んでいました(ほー)。こういう陳水扁グッズが売られています(笑)。これにも驚きました。観光名所になっています。店の数は500軒くらいでしょうか。ジュースや菱の実売りとか、色々です。

  最終日の自由行動の日に、台北にできたタワーに行きました。新光三越ビルの上にできたものです。展望台になんと願い事をかいたツリーのようなものがあり、願い事を書いた飾りが下がっているんです。お雛様や独楽の絵など、日本の絵柄でした。台湾で一番新しいタワーに日本の古い絵柄で、どういうわけかは分かりませんでしたが、今の台湾の何かを象徴しているような感じがしました。ホチキスでとめてあるのは台湾的でした(笑)。

  4泊5日の認同台湾研修団でしたが、非常に密度の濃い研修ができ、多くの方々に感謝しています。三国同盟発言をはじめ、とにかく日本への期待をひしひしと感じた旅でした。もっと台湾に目を向ける必要があると思いました。李登輝総統の訪日が実現できるかどうかを今後の台湾認識の指標にしたいと思います。
【討論】日女 日本でこういう受け入れができるでしょうか。
柚原 台湾独立建国連盟は民間団体ですからね。
日男 しかも、かつては反政府団体で、今も政府は「独立」ということばを避けている。活動家の団体だから、熱い気持ちがあるんでしょうね。

日男 東京フォーラムでも、連盟の本部を訪問しましたが、当時の主席も副主席もみんな日本語がぺらぺらでした。
柚原 今回出会った方々もそうでしたね。

日男 しかも旧制高校の知識を持った方が多く、源氏物語から漢文まで読めて、へたな日本人より日本文化に詳しい(笑)。
柚原 自分の体験がありますからね。これは響く。しかも学問的裏付けがある。

日女 台湾全体の本音はどうでしょうか。いずれは独立したいと……。
日男 アイデンティティの認識度の問題だと思います。総統選挙の途中の世論調査では、自分は台湾人であり中国人でもある、という答えが50%でした。台湾人である、が40%くらい。だから独立できればいいと思っている人は50~60%くらいでしょうか。

日女 大陸への思いはどういうものでしょうか。
柚原 幻滅しているようです。大陸への親戚交流が始まり、統一志向の人もがっくりして帰ってきた。経済がだめだし、自由がない。
台湾を知らない日本人 日男 中台危機の時に、中国は必ず優遇策を出してくる。税金を安くするとか。台湾の企業が今、4万8千社出ています。日本は93年から毎年200社づつ減って、今1万2千くらい。日本はだめです。だまされるだけ(笑)。台湾の場合は親戚もいる。陳水扁さんがいる限りは大陸は国を開かない感じですから、陳水扁さんが大陸に行く必要があるんじゃないでしょうか。そういうパイプ役がない。国策顧問には密使役の人はいないんですか。

柚原 いると思いますよ。李登輝さんも香港を通じるパイプを持っていましたから。細いながらもホットラインがあった。陳水扁さんが使っているかどうかは知りませんが。経済人より意外に軍人関係にあるそうです。

日男 奇美実業の許文龍会長は、「もう元をとったからいつつぶされてもいい。つぶして損するのは中国の方」と言っていますね。そういう進出のしかたをすればいい。この前、中国が唯一脅しをかけた会社です。結局、脅したけど何もしなかった。日本のオートバイメーカーがみんな進出していますが、この前、「HONDA」ではなく「HONGA」というホンダをコピーした中国のバイクが話題になった。解体して全部技術を盗んでいるわけですが、しかも当局が環境保護マークのようなものを作って、それを「HONGA」の方しかくれないので、「HONDA」が売れなくなった。そういうことを平気でするので、進出のし方を考えないと危ないですね。台湾の人はそこはうまい。日本は、いい所までいかせて、後は取られてしまう。

柚原 クリントン政権が親中政策をとりましたが、あれは幻想に終ると思います。日本の二の舞になるのではないでしょうか。
日女 『交流秘話』はすごいですね。
柚原 なぜ私が台湾のことを知らなかったかたというと、教科書に載ってないんです。台湾割譲はあっても、その後どういう総督がどういう政治をしたかも知らなかった。後藤新平さんがインフラ整備と衛生整備をやったこととか。戸籍調査は本土よりはやくやっている。

日女 すごく予算を投入していますね。
柚原 台湾は10年で黒字になったけど、朝鮮はどういうわけか最後まで赤字だった。そういうことも書かれていない。ただ植民地にしたことだけ。でも台湾の人は植民地にされたと思っていないんです。◆
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