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青森李登輝友の会ブログ

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【再掲載】疑惑まみれの陳水扁は隠れ統一派だった  (転載)

以下はメルマガ「台湾の声」より転載です

『台湾の声』  http://www.emaga.com/info/3407.html
【再掲載】疑惑まみれの陳水扁は隠れ統一派だった

陳水扁の最大の罪は金銭疑惑ではありません。彼の最大の罪は独立の仮面をかぶりながら、台湾を「一つの中国」に縛り付けたことにあります。

この事実を見てみぬふりにした独立派も同罪です。なぜなら、彼らは台湾の主権よりも中華民国体制下の政権を大切にし、独立建国の核心的価値まで捨ててしまったからです。

陳水扁と民進党の汚職体質が国民党と比べれば大したことではないと独立派は今まで彼らを弁護してきました。その通りかもしれませんが、これでは、建国は夢の又夢に終わってしまいます。

夢だけあって、知恵も道徳もない独立派は所詮独立愛好家にすぎません。

陳水扁の金銭疑惑は何よりの証明になります。

本物の独立建国派を喚起するため、以下の論文を再度掲載します。

 台湾の声編集長:林建良(りんけんりょう)

  2008年8月20日

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【総括】陳水扁総統は「隠れ統一派」だった・民進党は己の無知と傲慢に負けた
 
(全文転送転載自由!!)(「月刊日本」から了承を得ています) 

2008年5月号「月刊日本」より転載 

*************************************************************************** 
【掲載に当りまして】

民進党の無能と傲慢を肌で感じながらも、我々はそれを応援してきた。
なぜならそれは国民党の中国人体質をそれ以上に嫌悪していたからだ。

民進党はエセ独立派と知っていながらも、その仮面を許した。
それは何時か本物の独立派に変身してくれると期待していたからだ。

しかし、その何れも間違いであった。

情熱と期待だけでは、国を作れないことを身にしみる程思い知らされた。
これからは頭をも働かせるような建国運動を行うことを決意した。

そして以下の文章は、それを表明するためのものである。

             林建良(りんけんりょう)  

****************************************************************************
【総括】陳水扁総統は「隠れ統一派」だった・民進党は己の無知と傲慢に負けた
    

          「台湾の声」編集長 林建良(りんけんりょう)

 三月の台湾の総統選挙、独立志向と言われている民進党が大敗し、統一志向と言われている国民党が八年ぶりに政権の座に戻ることとなった。日本の論評を見渡すかぎり、「台湾人意識より経済」「独立より現状維持」などのような論調が大半であり、台湾の真実を捕らえない表面的な考察にとどまっている。

 どんな戦いでも勝敗の要因は必ず複数あるが、大敗の場合は必ず致命的な要素が存在する。その致命的要素とは、陳水扁を中心とした民進党政権の無知と傲慢にある。この致命的要素を見いださない限り、いかなる考察も表面的になってしまうのだ。

●大敗の構造的要素は第七回憲法改正にある

 民進党の無知の集大成が第七回憲法改正であろう。この改正こそ国民党に政権を奉還する第一歩であるのみならず、台湾を永遠に「一つの中国」という呪いに縛りつけた。

 この憲法改正の直後の二〇〇五年八月、オーストラリアのブリズベンで開催された世界台湾同郷会のインターネット会議で、陳水扁は選挙制度と公民投票を憲法に入れたことが台湾人民の勝利だと自慢したが、筆者はその場で、これは台湾を現行憲法の「一つの中国」に縛りつけ、国民党の政治勢力を拡大させる愚挙だと陳水扁を批判した。

 二〇〇五年六月十日に行われた第七回憲法改正の主なポイントは、以下の通りである。

 
一、憲法改正機構として存在していた国民大会を廃止し、その権限を立法院に移す。
 
二、憲法改正の手続きとして、立法委員の四分の一の署名で発案し、同じく四分の
三の出席と四分の三の同意を得た後、公民投票で有権者の過半数の同意を得ることを定めた。

三、立法委員選挙を中選挙区制度から小選挙区制度に改め、任期を三年から四年に延長し、定数を二百二十五議席から百十三議席に減らす。
 
四、選挙法を憲法に入れる。
 
五、総統の罷免は、立法委員の四分の一の発案、三分の二の賛成で、公民投票にかけ、投票率が50%以上、賛成票が過半数であれば成立するとした。

●体制内の独立建国を不可能にした憲法改正

 体制下での独立建国の方法は二つしかなかった。一つは憲法を改正し、中国とモンゴルに及ぶ現行の領土範囲を台湾と金門馬祖澎湖に限定、国名を中華民国〔チャイナ共和国)から台湾や台湾共和国に変更すること。もしくは公民投票で台湾国新憲法を制定することである。しかし、第七回憲法改正によって、このいずれの方法も不可能になった。体制内での独立建国が不可能になったのである。

 なぜならば第七回憲法改正は、それ以降の改正を不可能とするものであるからだ。改正に必要な国会議員の四分の三の出席と四分の三の同意を得たとしても、全有権者数の過半数(全投票数ではない)の賛成を得なければ通過しないというハードルは、到底越えられるものではなく、領土範囲も国名も変更できないだろう。公民投票による新憲法制定も実際にはできない。

 現行の公民投票法は国名、領土など主権に関する事項が除外された所謂「鳥籠公民投票法」であるため、この法律を改正しない限りは、新憲法の制定も除外されるのだ。国会勢力の四分の三を占める国民党が公民投票法の改正に応じるはずもない。当然新憲法の制定もできないのである。

●国民党の勝因はスーパー集票マシンにある

 更に皮肉にもこの第七回憲法改正が国民党の優勢を不動のものとした。小選挙区への移行、定数の半減、任期の延長などにより国会議員の権力を今までの数倍以上に拡大する一方、議席を各県に最低一名割り振るという規定が修正されなかったため、八千人しかいない馬祖も四十万人いる宜蘭も同じく一名の枠となった。つまり、一票の格差が五十倍にもなるのだ。金門、馬祖、澎湖、台東など人口の少ない県は例外なく国民党の牙城であるため、民進党が十数議席を国民党に譲るような不本意な区割りになっている。票を金で買収する国民党伝統の手法も小選挙区でこそ効率が上がるのだ。二〇〇八年一月十二日にはじめてこの制度下で行われた選挙をみると、如何に国民党に有利であるか分かるだろう。

 台湾の小選挙区制度は選挙区と比例の重複立候補が許されないため、同じ選挙区に国会議員は一人しかいない。その議員がその地域の頂点に立ち、全ての政治資源や権力が一人に集中することになる。任期の四年間で間違いなく一つの王国を築ける。また、責任の所在が明瞭な小選挙区は絶好の集票マシンにもなる。買収資金が潤沢な国民党にとって、地方選挙から国政選挙まで全ての選挙を制覇できる最高の制度なのだ。今回の総統選挙勝利の最大要因はこのスーパー集票マシンにある。

 一月十二日の立法委員選で大敗を喫した民進党はようやく事態の深刻さに気づき、選挙制度改正を国民党に呼びかけた。これは自党の愚かさを露呈する以外の何物でもない。ウサギがオオカミに牙を抜いてくれと頼むようなものである。

●自ら墓穴を掘った陳水扁の無知

 第七回憲法改正は国民大会の最後の仕事であり、実質的に党と党の間の話し合いだけで憲法を改正できる唯一のチャンスでもあった。当時国民大会第一党であった民進党が主導できる条件がそろっていた。第三党の台連や第四党の親民党と連携するか、第二党の国民党と連携するかによって、結果が大きく変わる。しかし陳水扁は国民党との連携を選び、小政党である台連と親民党を消滅させる選挙制度にした。

 当時、台連は少数派の民意を尊重するためにドイツ式(得票率で総獲得議席が決まる)を主張したが、民進党と国民党の二大政党は小政党が生き残れない日本式に近い小選挙区制を導入してしまった。日本と違うのは選挙区と比例に重複立候補ができないということだ。また、比例代表では五%のハードル(日本では二%)が設けられた。今回の選挙で二・九%の得票数で比例代表一議席が得られたことから見れば、小政党潰しの意図が明々白々だ。実際、この五%のハードルをクリアできる政党は国民党と民進党のみであって、小政党は皆無であった。民進党は当時第一党であったので小選挙区でも勝てると考えていたのだろうが、国民党と親民党を足して過半数だった国会の状況を考えれば、これは民進党にっとも不利な制度だった。この誤った第一歩が、立法委員選挙と総統選挙の大敗を招いたのである。

●「対敵人仁慈、対同志残忍」の民進党

 民進党の自滅行為はまだ続いている。民進党は立党以来、内部闘争が絶えることがなかった。日本ではあまり知られていないが、「対敵人仁慈、対同志残忍」(敵に仁慈、同志に残忍)という民進党への揶揄がある。この言葉通り、民進党の対外闘争は決して上手いとはいえないが、内部闘争の熾烈さは恐ろしい程であり、今回の総統選挙後の反省も責任のなすりつけあいと相互攻撃に終始している有り様だ。来年末の地方選挙が民進党の完全崩壊に繋がる選挙になるだろう。民進党は選挙の度に内部戦争を始めるのだ。その醜い民進党を台湾人が今だに支持している理由はただ一つ、国民党の中国人体質をそれ以上に嫌悪しているからだが、今の制度の下では国民党勢力が半永久的に固定してしまう。台湾人は一体どうすれば良いのか、皮肉にも我々は大敗を喫して初めて民進党政権の無知がもたらした害について真剣に考えるようになった。

●陳水扁は独立志向ではない

 民進党には前述の構造的要素以外にも敗因が多くある。陳水扁周辺を始めとする民進党全体の腐敗、朝令暮改の政権運営、内部紛争、野党の終わりない攻撃、マスコミの誹謗中傷など。しかし、それの何れも根幹的な問題とはならない。民主国家であれば政権を担当する限り、以上の問題が存在しない方がおかしく、また、似たような情況で苦戦する政権は世の中にいくらでもある。それで政権運営ができないのであれば、与党になること自体が間違いである。

 陳水扁が総統就任演説で示した、台湾主権確立の放棄に繋がる所謂「五つのノー」もアメリカの圧力によるものだが、陳水扁にとって、独立も統一も権力の道具にすぎなかった。そもそも総統になった陳水扁は、支持者を侮るようになった。国民党への融和姿勢を示そうと、彼は当選直後、中正記念堂にある蒋介石の銅像に参拝したのである。しかし彼の意図とは裏腹に、国民党はこのパフォーマンスを受けて陳水扁が核心的価値を簡単に捨てられる人間だと判断したのか、更なる圧力をかけるようになった。

 独立志向と言われている陳水扁だが、政界入り前には「華夏」という名前を付けて法律事務所を開業していた。「華夏」とは「中国」の古称である。つまり彼はたまたま独立派の陣営から政界にデビューしただけなのだ。

●不況をもたらした陳水扁の「対中経済統合論」

 二〇〇〇年の大晦日、彼は総統としてテレビ演説を行った。その内容は「我々はまず文化的経済的の面から中国と統合しなければならない。最終的には政治的にも統合しなければならないのだ」というものである。独立派台湾人の大半は自分の耳を疑った。だが彼を批判する声よりも、初心者運転だから大目に見ろとの声が大きかった。しかし、この「経済統合論」は後の「経済発展会議」の布石となり、陳水扁政権の対中国政策の核心になっていく。

 陳水扁の「対中経済統合論」が具体的な政策になって登場したのは二〇〇一年十月に行われた「経済発展会議」であった。李登輝政権の慎重な対中国経済政策である「戒急用忍」(急がず忍耐強く)を「積極開放」に転換した。それによって、それまで制限されていた七千項目のハイテク投資や技術を中国に解禁した。

 その結果として台湾企業が中国になだれ込んで中国の技術向上と経済発展に大きく貢献し、中国のITハイテク産業の八割が台湾資本によるものになった。一方、台湾では産業の空洞化が進み、失業率も所得格差も深刻な状態に陥った。陳政権の経済政策によって対中国投資が一九九九年の二七・七%から二〇〇五年の七一・一%に上り、対中国貿易依存度も二〇〇〇年の二三%から二〇〇七年の四一%となって、危険水域を遥に越えた。中国の経済力の増強は台湾に景気の凋落をもたらすのみならず、軍事力の増強にも繋がり、台湾の安全網に大きく穴を開ける最大の要因となっているのだ。経済学者の黄天麟氏は陳政権の経済統合政策を「割肉飼虎」(自分の肉を切り取って虎に食べさせる)と形容しているが、筆者から見れば、この政策は売国行為以外の何物でもないのである。

 二〇〇二年三月、筆者は総統府で陳水扁と会い、何故台湾のハイテク技術を中国に開放する必要があるのかと問い詰めた。すると彼は「だって、取り締まろうと思っても取り締まりきれないから、開放するしかないでしょう」といったのである。この答えには絶句するしかない。これでは泥棒を取り締まりきれないから窃盗を合法にするしかないというも同然の理屈である。陳水扁に対する敬意が一瞬にして消えると、目の前にいたのは、国家元首の衣装を纏った薄汚いペテン師だった。

●正名も制憲も選挙の道具にすぎなかった

 陳水扁の対中経済統合政策とは企業との癒着の産物であるが、親中国派をも喜ばせようという打算があった。しかし、底の浅い彼はそれを演じきれるほどの役者ではなかったのである。選挙が近づくと、国民党との対抗軸を鮮明にする以外の手立てがないために彼は独立派の仮面を被り、独立の闘士役を演じた。二期目の総統選で、彼は独立派が待ち望んだ台湾新憲法の制定をつい選挙公約にした。のみならず、二〇〇六年までに新憲法草案を纏め、二〇〇七年に施行するという具体的なタイムテーブルまで明示して国民に公言したのである。更に新憲法制定委員会を設置して憲法学者の李鴻禧氏を委員長にした。

 筆者は李鴻禧氏を東京に招き、新憲法制定に関する講演会を主催した。その後、李氏に陳水扁は本気なのかと聞いてみた。李氏は「もちろん本気だ、本気でなければ、俺もこのポストにつかなかった」。このような疑問を持つものは一人ではなかったのであろう。陳水扁はその後の演説で、必ずと言っていいほど、「不退転の決意で新憲法を制定する」と強調していた。その威勢のいい演説は、独立を熱望する支持者に希望を抱かせ、奮い立たせ、選挙終盤の二月二十八日に、台湾全人口の一割である二二〇万人を動員して台湾全土を人間の鎖で繋ぐというかつてない大イベントを可能にした。台湾全土が沸騰するかのような熱気に包まれ、誰もが台湾新憲法制定が現実になる第一歩だと思った。その国民の期待を一身に背負った陳水扁は英雄どころではなく神にさえ見えた。

●独立派の旗を取り締った陳水扁

 だが、その希望と喜びは束の間だった。正名と制憲が陳水扁の選挙の道具にすぎなかったと分かるのに、大した時間はかからなかったのである。陳水扁は僅差で勝ち、選挙結果に不満を持つ国民党の支持者が選挙の直後騒動を起こして、総統府前の広場を一ヶ月も占拠した。その時陳水扁は軍の重武装で厳重に警備された官邸に閉じこもり、選挙前の熱気と希望がウソのように台湾からきえてしまった。あるのは焦燥と不安だけである。一ヶ月が経ち、この騒乱はようやく沈静化されたが、騒乱を起こした国民党に阿るために、陳水扁は就任式の会場を「青天白日旗」で埋め尽くし、民進党や独立派の旗を持ち込み禁止にして独立派に見られる言動を厳しく取り締った。その会場で行った総統就任演説で彼は再度「五つのノー」に言及して独立派を落胆させた。新憲法制定の言葉もついに聞くことができず、あるのは憲法修正だけであった。しかしその憲法修正とは上述の有り様である。

●「そんなことできっこない」

 正名も制憲も神聖なる建国運動も、陳水扁にとっては選挙の道具に過ぎず、権力は彼を平気で独立派の核心的価値を弄び、平気で建国の信仰を冒涜するような傲慢な男にした。二〇〇五年二月二四日、宋楚瑜親民党党首との会談で彼は「正名與制憲不過是自欺欺人」(正名と制憲は所詮自他陣営を誑かすものだ)とオフレコで述べたが、その日のうちに宋氏に暴露された。それで開き直ったか、数日後、三月一日の欧州議会とのインターネット会議では、正名も制憲も「做不到就是做不到」(そんなことできっこない)と外国の政治家の前で公言した。何よりも正名と制憲を完全に不可能にしたのはその直後の二〇〇五年六月十日に行われた第七回憲法改正であった。言行不一致の政治家は星の数ほどいるが、言と行が逆で、しかも恥じることなく人のせいにする政治家は陳水扁以外に幾人いるであろう。

●核心的価値よりも陳水扁擁護の独立派

 陳水扁政権ができてから、独立派は陳水扁批判を極力控えたが、陳水扁が側近しか信用しないこともあって、独立派は陳政権の政策決定に何一つ影響力を行使できなかった。加えて陳水扁は選挙への熱意は人一倍あったが、国の運営については側近に任せきりだった。二〇〇〇年から二〇〇八年まで、台湾では毎年重要な選挙があったため、陳水扁の主な仕事は国家元首というよりは選挙戦の総司令官で、実質的な総統は二人いたのである。一人は総統のオフィスで陳水扁に代わって決裁などをする三十台の側近の馬永成氏。もう一人は妻の呉淑珍氏であった。この二人は国家権力を利益追求の道具にし、後に二人とも起訴された。この呉氏の起訴が二〇〇六年の「陳水扁打倒運動」という下野要求運動のきっかけとなったが、それでも、「国民党時代の汚職ならもっと酷かった」と独立派は陳水扁周辺の汚職を弁護した。彼らは、彼らの盲目的な陳水扁擁護に同調しない李登輝氏をも激しく攻撃するようになった。これもまた「同志に残忍」の一面であろう。

●「含涙投票」を呼びかける独立派

 これほど国民を愚弄する傲慢な政党は他にあるだろうか。今回の総統選挙で独立派は台湾人に「含涙投票」(涙を呑んで投票しよう)と謝長廷氏に投票するように呼びかけた。何故「含涙投票」なのか、それは民進党支持ではなく、国民党に当選させたくないからである。この「含涙投票」というスローガンで、どれほど民進党離れが進んでいるのか分かる。

 それでも今回の総統選で民進党に票を入れた台湾人が四二%に達しているということは、国民党の中国人的体質への嫌悪感、国民党の親中国的態度への不信感が根強くあるのだろう。今回の選挙の結果をみる限り、馬英九や国民党の政策が支持されたというよりは、民進党が台湾人に見放されたと言った方が正しい。なぜなら、謝長廷氏も中国傾斜の経済政策を公約し、馬氏陣営の中国政策との差がほとんどなかったのである。終盤になって、ようやく謝氏が台湾人意識を訴えるようになり、国民党の一党独裁の危険性をアピールするようになったが、これも選挙手法の一つにすぎないと台湾人に見抜かれていたのだ。

●民進党が負けてよかった

 民進党が負けてよかったのである。これは簡単な理屈だ。正名や制憲等の主権確立の大事業を選挙の道具にした民進党政権が七年目にして、ようやく蒋介石空港を桃園空港にし、中華郵便を台湾郵便にし、蒋介石を記念する「中正紀念堂」を民主紀念館にした。何れも法律の改正を必要としない簡単なことだが、選挙の前でないと、動こうとしなかったのである。それは例え象徴的な意味があるとしても所詮表面的な正名にすぎないのだ。根幹にある憲法と政治制度を「一つの中国」に縛りつけた以上、この枝葉の問題はなんの意味もない。

 実際、謝氏も総統選の弁論会で、現行憲法は「一つの中国」の憲法だと認めている。彼はその「一つの中国」の憲法を守るとも言った。国会の議席の四分の三を占める国民党を前に、例え民進党が総統の座を勝ち取ったとしても、何もできないのが実情なのである。国民党の同意がなければ、予算は一文たりとも通らない。結果として、国民党の政策を執行する以外の道がないのだ。しかし、民進党が独立の仮面を被っている限り、米中を始めとする国際社会から引き続き牽制されるだけでなく、台湾を中国に押し付ける圧力も強まる。民進党の命拾いにはなるが、台湾独立の息が完全に消えてしまうのだ。この民進党が存在する限り、独立派の支持が民進党に集中し、新しい独立勢力も芽生えてこないだろう。

●謝氏が当選していたらどうなっていたか

 謝氏は国民党を牽制するために、民進党が政権を担当しなければいけないと主張した。だが、法律家でもある聡明な謝氏は、政権を担当しても国民党を牽制することができないと分かりきっているはずである。

 謝氏が当選すれば、国民党は数ヶ月以内に必ず彼を罷免するだろう。なぜなら、今の国民党の勢力なら確実に謝氏を罷免できるのだ。そうなると、数ヶ月以内にまた総統選挙をやることになる。国民党にとってこの第七回憲法改正によって手に入れた合法的な武器を使わない手はない。つまり、国民党は総統の座を勝ち取るまで、罷免と選挙を繰り返し行うであろう。その社会的コストは計り知れず、台湾社会が生き地獄になりかねないのだ。なぜ独立派はこれほど簡単な道理が分からずに謝氏の応援に熱を上げたのか、理解に苦しむ。

●李登輝氏の最後の大仕事

 台湾独立を支持してくれる日本の保守派もまた民進党熱にうなされていた。彼らは李登輝氏に謝氏の支持を表明するように求めたのである。これは、熱病に罹っている患者が医者に「俺と同じ病気になれ」と強要するようなものであり、国民党に影響を与え、国民党を台湾人政党に変身させられる唯一の存在に「民進党と無理心中しろ」と要求していることに等しい。

 現在の政治構造の中で、台湾に残された選択肢は一つ。それは国民党の台湾化である。そのような芸当のできる人物はただ一人、李登輝氏その人であり、すでに三月二七日の馬英九・李登輝会談でその動きが始まっているのだ。東京駐在も視野に入れ、対日関係の最高責任者になるとの李登輝氏の意向を馬英九は最大限に尊重しているようだ。また李登輝氏は四月四日の読売新聞のインタビューで、台日関係は台中関係より重要だと強調した。これを馬英九に理解させられるのは、李登輝氏一人だけである。馬が台日関係を理解できれば、反日の度合いも薄まるであろう。反日でない台湾は、日台両国にとって有益だ。国民党が反日でなくなれば、中国との距離も当然遠くなる。なぜなら、反日は中国の国是になっており、中国の愛国教育も反日教育にほかならない。国民党が反日でなくなったら、中国との共通の部分もかなり少なくなり、力学的に、当然日本に近づくことになるのだ。故に李登輝氏が馬英九政権の対日責任者となれば、馬英九氏のライフワークとしている尖閣列島の奪還も実質上無期限に棚上げとなり、日本にとっては紛争になりうる種を取り除くこととなるだろう。

 親日家の李登輝氏の東京駐在が実現できれば、それこそが、馬英九が日本に送る最大のメッセージとプレゼントなのだ。そのメッセージとは台湾が親日国家であり続けるとの意思表明であり、プレゼントとは李登輝氏の知恵と豊かな国民党人脈である。当然、最大の関門は日本がその大きなプレゼントを受け取る度胸があるかということになる。その前提は日本が「中国を刺激するな症候群」から脱却することだが、果たしてできるだろうか。

●中国を無害化しなければならない

 国民党政権ができて台湾の法理的独立が遠のいたと独立派は危惧しているが、民進党政権だからといって近づくこともなかった。現在台湾は実質的に独立している状態だが、それでも法理的に独立しなければならないのは、国際社会に国家として認められ、中国の脅威を遠ざけるためである。一方、日米を始めとする国際社会が台湾を独立国家として認めない最大の原因もまた中国にあるのだ。それこそが我々の最大のジレンマである。台湾が日米にも認められる法理的独立国家になる前提は、まず中国が文明的な民主国家になるか、もしくはばらばらに分裂してヨーロッパのように無害な複合国家になるかのどちらかであろう。

 馬英九は確かに中国人体質だが、彼は欧米の価値観も同時に持ちあわせている。中国の民主派運動家たちも馬英九効果で、民主、自由、人権などの価値観が中国に影響を及ぼすように期待を寄せているのだ。確かに国民党は金権体質の政党だが、国民党の支持者がその金権体質を支持しているわけではないのである。彼らのほとんどが中国の民主化を望んでいるのだ。国民党が中国の民主化を促すことで支持の拡大にも繋がる。とすると馬英九政権なら、中国と民主自由と人権問題で応酬することも充分考えられるのだ。日本も台湾と連携して、中国の民主化を促していくべきなのではないか。

 台湾が大国の強権に挟まれている小国であるということを忘れてはならない。小国の悲哀というのは、大国の勢力均衡に大きく左右されることである。日米中の力学関係によって、小国台湾は変貌していくのである。日本にとっての台湾の重要性は、政権交代によって変わるものではなく、台湾が日本のシーレーンを扼していることも従来の通りである。その台湾がこれからも民主自由な国家として存続していくことは、党派を越えたすべての台湾人の望みであり、それが可能であるかは台湾の努力だけでなく、日本をも含めた大国の力学関係によるものが大きくあるのだ。台湾の状況に深い関心をもっている日本が、台湾の民主国家としての存続について、今まで行動で示したことはない。情勢が大きく変わった今、日本が自国も含めた東アジアをどうしたいのか、聞いてみたいものである。 


                  2008年4月10日 日光にて



『日本之声』 http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe (Big5漢文)

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