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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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青森李登輝友の会ブログ

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酒井亨論文(『諸君!』四月号)に駁す                 台湾研究フォーラム会長 永山英樹

李登輝氏のイメージダウンが狙いか
酒井亨論文(『諸君!』四月号)に駁す


                台湾研究フォーラム会長 永山英樹

■なぜ「李登輝転向」の謬説を

一月末に台湾誌『壱週刊』に掲載された李登輝氏のインタビュー記事は「李前総統、台独を放棄し、中国資本を引き入れよう」との煽情的なタイトルのため、李登輝氏が変節かと騒がれ、これを受けて日本でも「これまでの独立追求の主張を否定」(共同)、「従来の立場を百八十度ひっくり返す発言」(朝日)と言った

報道が見られたが、実際にはその記事本文やその後の台湾や日本のメディアとのインタビュー記事を読めばわかるように、変節、転向と言った話などではなかった。

たとえば『壱週刊』の記事中、李登輝氏は「自分は一度も台湾独立を主張したことはない」「台湾はすでに独立している。重要なのは台湾の国家正常化をいかにやるか」と言っているのだが、これは従来通りの発言である。この「国家正常化」とは中華民国憲法を放棄して新憲法を制定し、台湾の国名を中華民国から台湾国に改めるとともに、中国をも包含する「領土」も正しく画定し直すと言うことだ。つまり中華民国体制からの脱却を訴える台湾独立の主張とは、目的においては変わりがないのである。ではなぜ李登輝氏は「台湾独立」と言う言葉を避けるかと言えば、それを使えば国内で統独論争が起こって混乱するし、国際社会でも「中華人民共和国からの独立」と誤解され、今ある国家主権を自ら放棄しかねない事態となると言うことだ。

また、中国資本の呼び込みの訴えにしても、それは「(自身の対中政策だった)『急がず忍耐強く』は大陸と関係を持つなと言うことではない。経済はもともと双方通行であるべきなのに、民進党は一方通行に変えた。退くことはもはや困難。中国との経済貿易のアンバランスを検討して、資金、人材、技術の一方的な流出を食い止めろ」と言うものだ。つまり今日の対中「積極開放」がもたらした新事態への現実的な対処を求めているわけである。一見して反中から親中に大転換したかにも見える発言だが、実際にはそのようなものではなかったわけである。

もっとも日本の一部マスコミが早とちり報道をしたのも無理はない。台湾の多くの国民自体が李登輝発言に振り回されたからだ。そこで関心を呼ぶのが、今回の発言の裏には一体いかなる策略が隠されているかである。「日本人もあなたの本心を測りかねているようだ」とのメディアの質問に対し、「まあ、ゆっくりやろう。そのうち機会があれば説明しよう」と答えた李登輝氏だが、この「古狸」の次なる一手に期待を寄せる人々は少なくない。

そうした中、私は三月上旬に日本李登輝友の会の李登輝学校研修団の手伝いで台湾へ出かけたところ、現地日刊紙「自由時報」で「日本のメディアが李登輝批判」と言った記事を目にした。それは在台ジャーナリスト、酒井亨氏の論文「台湾独立は望まない? 李登輝氏は『転向』したのか」を『諸君!』四月号が掲載したことを報じるものだった。

酒井氏は台湾の政情に通じた人物で、私も付き合いがある。それだけになぜ「転向」と言う謬説を持ち出すのかが訝しく、帰国後さっそく同論文を読んで見たところ、その主旨は、日本人は李登輝氏の「崇拝」など止め、もっと多角的な日台関係を構築するべきだ、李登輝氏はすでに親中派に転じているのだ、と言ったものだった。

■「親中派転向」説は実際的ではない

李登輝氏は親中派に転向したのだろうか。もちろん私は酒井氏がどのような考えを持とうと、それは本人の勝手だが、ただこの論文は結論を急いだためだろうか、憶測に満ちた李登輝批判が多く、そのようなものが大きな影響力を持つオピニオン誌に掲載され、大勢の人に読まれてしまっている以上、今後の日台関係のために看過できず、ここに反論を書くことにした。

まず問題は、李登輝氏が親中派に転向したとの酒井氏の断定である。そう断定する根拠は李登輝氏の「中国資本誘致」の主張であるらしい。この「親中」とは恐ろしい言葉で、その一言だけで李登輝氏が台湾を、そして同氏に期待してきた日本人をも裏切ったとの誤認識を持たれかねない。

私は李登輝氏が親中派に転じたなどとは思わない。少なくとも同氏の発言を見てもわかるように、かつて自身が設けた対中経済上の規制を民進党政権が緩和させ、その結果台湾経済がのっぴきならない状況に陥ったため、その尻拭の策略として提示したのが「中国資本誘致」の主張だからである。よって民進党政権が親中派ではないのと同様、李登輝氏も親中派だとは言えないはずである。つまり私からすれば、台湾における「親中」とは、国民党などブルー陣営によく見られる、中国人意識に染まり、中国に投降しかねない勢力を指す言葉である。それらの対極に立つ李登輝氏を「親中」と位置付けるのは、李登輝憎しで罵倒する場合は別としても、決して常識的、実際的ではないと考える。

だからと言って李登輝氏を親中派と見る酒井氏の判断に関して争う気はない。たとえ読者の李登輝氏を見る目を曇らせる表現ではあっても、親中か否かの判断基準は人によって様々であり、ここで異を挟んだところで詮もないことだ。それよりこの場で問題にするべきなのは、酒井氏の誤った論の組み立て方なのだ。つまり「中国資本の全面開放」を主張する李登輝氏の立場は、「反日・親中である馬英九よりさらに親中派」「国民党よりさらに親中派に傾斜」などと繰り返し強調した上で、「今の李登輝は……『独立派・親日派の李登輝』ではなくなった」「李登輝という強烈な友人を失った日本は、早急に日台のパイプを再構築する必
要がある」と、読者に訴えるその論法である。

■単に誹謗にすぎない「転向人生」説

その中で酒井氏が勤しむのが李登輝氏のこき下ろしである。たとえば「しょせんは転向人生」との小見出しの下、李登輝氏が「共産党系→独立派シンパ→国民党→急進独立派→親中派」へと「何度も立場を変えている」「もともとの仲間を裏切ってきている」と強調し、「親中派転向」説に説得力を持たせようとしている。つまり今回の親中派への「転向」も、変節漢の転向癖が為せる業だと言うことだろう。

実はこのような見方は台湾の若い世代にもよく見かけるものである。だが私にはそのようなものは、激動の戦後社会を生き抜き、さらには一国のリーダーとして重責を担ってきた人物の思想や戦略の遍歴と言うものを理解できない,単なる子供じみた意見にしか聞こえないのである。時代が変わり、社会環境が変わり、職務や立場や役割も変われば、人間がそれに応じて成長する、変化する、思考、行動を転換するのは当たり前のことであって、それをことさら「転向」だと断じてイメージダウンを図るところに、人生経験の不足から来るような青臭さを感じるのである。李登輝氏が好きであろうと嫌いであろうと常識人であるなら、その自伝や評伝を少しでも読むなら、私と同じような感想を抱くはずである。

事実を見てみよう。だいたい李登輝氏が終戦後、当時のインテリ青年の例に漏れず、国民党政権の腐敗を嘆いて共産党にシンパシーを抱き、その後米国留学中に台湾独立派の人々と巡りあって交流を深め、帰国後は国家機関で働くべく、当時としては自然の流れとして国民党に入党したからと言って、それのどこが問題だと言うのだろうか。そしてその後、国民党の、あるいは一国のリーダーとして民主化(台湾の中国離れ)を進め、総統や党主席を退任して様々な制約から脱した後は、さらに一歩進んで台湾正名・制憲運動を推進し、急進独立派と目されたか
らと言って、それの一体何が悪いと言うのだろうか。もし国民党員が「何度も立場を変え、仲間を裏切った」と李登輝氏を誹謗するのなら理解できなくもないが。

酒井氏はこのような支離滅裂な分析を行った上で、李登輝氏が今回いよいよ親中派に「転向」したと断定し、これらを以って同氏を、「転向人生」を生きる裏切り者の変節漢扱いにするのである。しかもわざわざ「数年から十数年のスパンで」などと、あたかも李登輝氏の「転向」には一定の時間的法則があるかのように仄めかしながら。一体何を馬鹿なことを言っているのだろうか。

八十歳を超えたおじいさんが、そう簡単に変節できるかと言う疑問はさておいても、人の生涯と言うものはそう軽々しく論評できるものではないのである。酒井氏の分析を読んでいると、一人の人間が持つ信念や信条と言ったものを、ほとんど度外視して語っているように思えてならず、とにかく浅薄である。つまり他人を誹謗することを旨とする者によく見られる、そう言った軽さである。

■「個人崇拝」説の青臭い誤り

実はこの青臭い「転向人生」説は何てことはない、「李登輝先生に限って立場を変えることなどありえない」と懸命に転向を否定する日本の「李登輝シンパ(日本李登輝友の会など)」への戒めのメッセージなのである。このような日本人について酒井氏は、「まるで毛沢東、金日成への個人崇拝と同じ」「辟易させられる」と批判するが、これも安易すぎる見方だし、とても失礼である。

それはどう言うことかを語ろう。かつては日本でも毛沢東思想と言うものが一世を風靡し、多くの人々がそのような政治宣伝に洗脳されたが、それに対して「李登輝思想」のようなものに惑わされ、現実を根底から見誤るような日本人はどれだけいるのかと言うことだ。

世の中には人を魅了する理念や生き様と言うものがあるのである。李登輝氏の持つそれらに大勢の日本人が魅了されたからと言って、独裁体制下における「個人崇拝」と同じだと極め付けるのは軽率であって、やはり青臭い。そもそも日本の李登輝ファンなど、毛沢東、金日成の崇拝者とは同列に扱えるものではない。一般的な状況を見てみよう。日本人の「李登輝崇拝」とはおおむね理性的なものである。理性を通じて李登輝氏の理性を理解し、魅了されていると言ったところだろうか。だから「個人崇拝」などと軽々しく言うべきではないのだ。実際この言葉には、大勢の所謂「李登輝シンパ」自身が違和感や反感を覚えているのである。

「李登輝シンパ」は毛沢東主義者とは違い、理性があるから批判意見にも耳を傾ける余裕がある。だから彼らの多くは酒井論文を読んだだけで、それを真に受けて李登輝氏に失望していることと思う。酒井氏もまたそれを期待してこの一文を書いたのではないのか。

さらに言えば、熱烈な李登輝ファンがいるからと言って、それに危機感を抱くのは国民党か中国政府をはじめとする反李登輝の人々くらいのものであり、害などないどころか、とても素晴らしいことである。日本人が李登輝氏に信頼を寄せたことで、台湾及び台湾人への理解を急速に深めたと言う事実があることは、酒井氏もしらないはずがない。酒井氏は「特定に個人を『崇拝』したり、それに依存したりするのではなく、台湾社会の大きな流れを見据え、台湾社会の各階層・方面との多角的な関係を築いていくこと」を提言しているが、李登輝氏への共感から生れた台湾理解があるからこそ、事実として、大勢の日本人は今日、辛うじて
そのような段階に入ろうとしているのではないのか。

つまりこれは、李登輝氏が日本人の注意を台湾へと向けさせた結果でもあるのだ。「もし李登輝なかりせば」を考えれば、日本人の台湾認識を高めた最大の功労者が李登輝氏であることは否定できないはずだ。そして今後は、いかにしてわざわざ一個人に依存することなく、日台の相互理解を進めることができるかは、若い世代の日本人と台湾人の真剣な努力にかかっているのだ。これまでの過渡期的な状況に関してブツブツ文句を言っていても仕方がない。李登輝氏の理念も立派なら、それに共鳴する日本人も立派である。だから酒井氏は今ある状況をいかにプラスの方向に生かして行くかを論ずるべきではないだろうか。

酒井氏は日本人の「李登輝崇拝」に「辟易」すると言うが、それは李登輝嫌いの酒井氏の個人的感情の問題であり、読者にはほとんど重要ではないと思う。そして私が気になるのは、その「辟易」と言った不満感情に基づいて、この論文が書かれているように思えることだ。酒井氏はそれでいいと思っているかもしれないが、私はそうは思わない。

■誰もが知りたい「中国の工作」説の真偽

酒井氏の李登輝批判の中で、「転向人生」説以上に問題とすべきは、「中国の工作」説である。

たとえば「急進独立派のネット論壇『南方快報』は、李登輝が今回わざわざ香港系や中国系のメディアを最初に選んで発言したこと、しきりに中国資本の全面開放論を唱えることから、中国による取り込み工作を受けた可能性を指摘している」とか、「李登輝の場合は、……民進党との関係も悪化し、また台湾北社をはじめとする独立派団体とも疎遠になっていた。そうした『人の弱み』『隙間』に中国が付け込まないはずがない」とか、「李登輝の個人顧問を務めたある企業家は『いつまでも独立派で突っ張っていても、身が持たなくなったのだろうと』と、中国からさまざまな工作があったことを暗示している」などと書いているが、ここまで読んだ読者の誰もが知りたいのは、中国は一体全体、李登輝氏の
「弱みに付け込んで」、どのような工作を行ったのか、そしてその証拠は何なのか、と言うことである。そのネット論壇はどれほどの情報を根拠に「工作を受けた可能性がある」と指摘したのか、あるいはその企業家は、どこまでの確信に基づいて「工作があったと暗示」したのかを知りたいのだが、その肝心な部分は書かれていない。

もちろん常識で考えるなら、李登輝氏ほどの人物であれば、中国が工作をかけないわけがない。実際、中国側はこれまで李登輝氏に対して中国への訪問要請など行っているとも聞かされたことがある。また逆に李登輝氏サイドによる対中謀略も考えられよう。つまりこのように謀略の世界の話は、何が真実であるかはわかりにくいものであり、軽々しくどうこうとは言えるものではないのだ。だがその反面、真実がつかみにくいからこそ、「工作を受けた」と仄めかすことは、人のイメージダウンを狙う上では、非常に便利で有効な手段となるのである。

だからここで問題となるのは、本当に李登輝氏が中国の工作に懐柔され、台湾を裏切ろうとしているのかと言うことなのだ。もしこれが憶測だけに基づいたものであるとするなら、もはや誹謗中傷と言う次元の問題ではなくなるだろう。その際、伝聞を紹介したとのみ言うたぐいの弁解は、世の中には通用しない。

■根拠のない「親日度合いの薄まり」の指摘

李登輝氏が日本人の心を捉えるのはなぜかと言えば、やはりその親日姿勢によるところ大であるが、酒井氏は「李登輝が親中派になるのに反比例して、親日の度合いもどんどん薄まっている」と指摘する。このくだりこそ酒井論文の重点の一つである。だがこの指摘は、表現こそ衝撃的だが、その根拠として挙げるものは、信じられないまでに子供騙しなのだ。つまり根拠になっていないのである。

酒井氏がまず挙げているのが「最近、訪日の意向をあまり口にしなくなった」こと。しかい従来を見てみればわかることだが、それは単にその時期ではないからだと思う。李登輝氏はこれまで、時期が迫れば「口にする」、時期でなければ「あまり口にしない」。ただそれだけのことであることは、李登輝氏の訪日を巡る状況を見ても簡単に理解できることであって、「親日の度合い云々」と即断する材料にはなり得ないのだ。

そしてもう一つの根拠として「日本李登輝友の会が訪台した際、台湾側が主催する夕食会に李登輝は『別の用事がある』として出席しなかったこと」を挙げている。これは今年二月の出来事を指しているようだが、李登輝氏は本当に「別の用事」があったのであって(何の用事があったかは、その翌日の台湾での報道を見ればわかる)、最初からこの夕食会への出席の予定などなかったのだ。

つまりこれは完全に酒井氏の事実誤認である。しかし誤認と言うものは人にはよくあることで、大した問題ではない。それよりあくまでも問題なのは、短絡的な酒井氏の論法だ。

人間には誰にでもよんどころない「用事」と言うものがあるのである。それでありながらも酒井氏は、李登輝氏は「以前なら日本人との会食を優先したはずである」などと強調して、さも大変化が生じたかのような印象付けを行い、日本は「李登輝という強烈な友人を失った」との断定に結び付けて行くのである。

筆力には定評のある酒井氏が、ここまで短絡的に「親日の度合いが薄まった」と断じてしまうのは、要するに確たる根拠がないと言うことではないのか。根拠なくそこまで断じると言うのは、ただ李登輝氏のイメージダウンを図りたいだけではないのか。それとも「李登輝シンパ」なるものへ当て擦りがしたいのか。この両者に対し、酒井氏はこの論文で盛んにマイナスのレッテル貼りをしているわけだが。これが私の率直な酒井論文の読後感想である。

ちなみに李登輝氏には親日感情はあっても、その感情と政略は別物である。たとえば日本人の前では親日感情を表に出しても、台湾人の前ではそれを控えるのが普通である。だから今後政略上、仮に「親日の度合い」の薄い発言があったとしても、それを以って日本が「李登輝を失った」と即断するようなことはしない方がいい。

■李登輝氏「私は変わらない」の重み

しかしこれほど子供騙しの分析でも、権威あるオピニオン誌でそれをやれば、大勢の読者がそういうものだと信じてしまうのである。酒井氏は「台湾以上に日本で大きな人気を得た李登輝の存在は、日台関係にとってきわめて大きなものがあった」との理由で李登輝氏の親中派への傾斜に憂慮を表明している。あるいは「日本の親中派がこれを奇貨として発言力を強める可能性」にも警戒感を示している。だが日本で最も李登輝氏が親中派であるとの牽強付会の宣伝を日本で最も行っているのは誰かと言えば、それは酒井氏本人なのである。『諸君!』と言う媒体を通じ、憶測に基づいた論文で台湾の事情を熟知しない人々をミスリードしてしまったのが、他ならぬ酒井氏なのだ。

酒井氏はこれまで、台湾に関する様々な情報を発信し、私もその恩恵を蒙って来た一人だが、今回はずいぶんと大きなミスをしたものだ。早急に善後策を講じることを期待したい。
最後に触れたいのは、今回の李登輝学校の研修で李登輝氏が講演を行い、ニコニコ笑いながら、「李登輝は変わりませんよ」「誤解は恐れません」と力強く話したことだ。その時私は、人間の信念が発する言葉の迫力と言うものに触れる思いがした。それは理屈も小細工も抜きにした、言わば悟りの境地から発せられた言葉の重みと言うべきものか。
信念には信念である。もしこの人物を批評するのであれば、批判であれ賛美であれ、自らの確たる信念と覚悟を以って当たらなければ、今回の酒井論文のように空回りしたものに終わるのではないだろうか。ここまで言えば人からは、「李登輝崇拝者」の崇拝心で語っていると思われそうだが、李登輝氏を崇拝していようがいまいが、私は同じことを言うのである。


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