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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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国歌と愛国心

論説】 国旗、国歌と愛国心

     時局心話會代表 山本善心


戦後、愛国心という言葉が等閑(なおざり)にされてきた。愛国心とは“自
分の国を愛する”ことである。人は私を主張する「個」も大切であるが、国を
愛するという「公」の心も等しく尊重すべきだ。

今まで愛国心といえば「軍国主義の足音が聞こえる」「右翼の妄言」など
といわれ、たちどころに悪者に仕立てられた。つまり愛国心とは戦前の美
徳であり戦後は悪のシンボルとなったのである。戦時下の「滅私奉公」など
まっぴら御免、というわけだ。

戦後の「ゆとり教育」や「一国平和主義」は「個」を重視する教育である。
その結果「個」の欲望追求のためには手段を選ばぬという風潮が社会を支
配した。何でも自分さえよければという風潮は他人の迷惑を気にしないから、
「倫理と道徳」を蔑ろにするものだった。


日の丸と君が代


我々は長い間、日本の国旗を掲揚し国歌を歌うことに違和感があった。
私たちは中高生時代、「君が代」は非民主的な歌だ、国家主義だ、軍国主
義的な歌だと担任の教師から教えられた。つまり国旗と国歌は悪の象徴
と見なされ、教育の現場で忌避(きひ)されてきたものだ。

これが世界から見ると「世界の常識は日本の非常識だ」と言われるゆえ
んである。「愛国心の涵養」と国旗・国歌はどこの国でも精神的支柱として
大切にされている。

我が国では日の丸と君が代を否定すると共に、偏向した歴史を学んだ子
供たちを世に送り出してきた。歴史に無知な大人たちが日本罪悪論を前提
に外交交渉を行えば、他国に正義があると主張するようになる。

いま、日本には誇りと正義感を失った子供たちがたくさんいる。やっと文
部科学省が重い腰を上げ、学習指導要項の改訂が始まった。教育現場で
「君が代」に関する“歌わない、弾かない、起立しない”の「三ない主義」が姿
を消しつつあり、戦後の奇怪な風潮が是正されようとしている。


日の丸はいつ生まれたか


古く聖徳太子は隋の皇帝に当てた国書で、日本を「日出ずるところ」と表
現した。「日の丸」は太陽をかたどったもので、日本国の象徴であった。豊臣
秀吉や上杉謙信、武田信玄も旗印に掲げたといわれている。

徳川幕府はペルリの来航を機に、異国の船との区別を考えて、日本船は
日の丸の旗を掲揚するように定めた。これは島津斉彬の建議を入れ諸藩に
布告された。文久3年(1863年)8月7日、「御軍艦の儀、御国印白地日の
丸」とした。明治政府は明治3年(1870年)1月27日、太政官布告57号で
日の丸を国旗と定めた。

現今、日本人はグローバル化の影響を受けて、「国旗と国歌」が民族を代
表するシンボルであることを自然に受け入れるようになった。自国に誇りを持
ち正義感があれば、未来が開かれる。過去を悪と断定し自虐意識を持てば、
未来は閉ざされよう。


「君が代」はなぜ生まれたか


勝田吉太郎氏(京都大学名誉教授)は、日本の教育に関する第一人者と
して活躍された人だ。我々とは25年来、弊会のシンポジウムや「時局コメン
タリー」の執筆者としてお世話になった。その勝田氏が講演の中で「君が代」
がどうして生まれたかについて話されたことがある。

明治2年、イギリスの貴族が日本にやってきて、旧浜御殿の延遼館で歓
迎パーティが開かれた。そこでウィリアム・フェントンという英国の軍楽隊長
から「国際的なしきたりにより両国の国歌を最初に演奏したいので、お宅の
国歌の楽譜を見せて頂きたい」と聞かれた。接待係である薩摩藩の原田宗
助はすっかり困惑してしまった。

それは、当時日本には国歌というものがなかったからである。早速上司
に相談したところ「そげんことはおはんらに任せる、よかように取り計らえ」と
言われた。仕方なく薩摩地方の「さざれ石」を取り出し「日本の国歌です」と
急遽間に合わせた。

「君が代」の歌詞は今の鹿児島県に古くから伝わる薩摩琵琶の「蓬莱山」
という曲の中に収められている。鹿児島ではめでたいときとか結婚式に歌う。
「君が代」の歌詞は905年に紀貫之らが編纂した『古今和歌集』に収められ、
1000年以上も昔にできた古歌であった。

「君が代は千代に八千代に…」は親しい友人や恋人に向かって、いつまで
もご幸福とご繁栄をお祈りします、という意味である。相手の身になって歌わ
れた優しい歌であった。日教組の先生が言われる軍国主義的な歌ではなく、
民主的な歌であった。


世界の国歌はどうか


参考のために、世界の国歌から歌詞の一部を抜き出してみた。

〈中  国〉「起て! 奴隷となるな、民衆我らの血をもて築かん万里の長城、
中華民族今危機にあり、雄叫びを上げよ、戦い起て 起て! 心合わせ敵に
当たらん
 いざ砲火をおかせ 進め 進め 進めよや」
〈米  国〉「弾丸降る戦いの庭に 頭上高く翻る 堂々たる星条旗よ」
〈イタリア〉「剣をとれ 命を捧げん 命捧げん 国のため 剣を捧げん」

他国の国歌は“軍国主義的、国家主義的” とも言える物騒な歌ばかりだっ
た。「君が代」は平和のシンボルであり、1000年以上の昔から日本人に愛さ
れてきた平和の歌であった。


歴史観と内政干渉


日本政府や外務省は土下座外交を続けている。外務省のチャイナスクー
ルと親中派の政治家たちが過去の歴史観を悪と断定したうえで、中韓の主
張を正当化させてきた。中韓は日本の勝手な歴史解釈を許さないと、教科
書問題に文句をつけてくる。日本側は謝罪と反省を繰り返し「配慮すべきだ」
との図式で決着する。

そもそも日本の教科書の内容に口を出すなど非常識千万の話である。国
際慣行によると、他国の教育方針に口を差し挟まないのが基本的な礼儀で
はないか。

世界の常識として、各国には歴史感覚があり、口を出さないことが暗黙の
了解になっている。それをやればお互いにいくらでも文句を言えるからであ
る。


心の光を消すな


「8月1日、清朝政府は軍を派遣して鴨緑江を渡り、朝鮮の平壌に『進駐』
した。日本軍は大軍を動員し平壌を『侵略』し清朝軍を攻撃した」。清国が
朝鮮に軍を投入すれば「進駐」となり、日本だと「侵略」となる。これが中韓
の教科書解釈だ。

今まで、他国からの圧力で自国の歴史を書き換えた、などという話は聞
いたことがない。戦後は米国占領軍の圧力によって歴史を改竄させられた
が、あれは占領下での話であった。日本は中韓の占領下にないので、独立
国がそうすれば世界初の記録となり、ギネスブックに載るかもしれない…。

政治に妥協はつきものである。しかし「教育」は精神の世界に属するもの
だ。精神まで外に干渉され、妥協したり曲げたりしてまで、日本人という心
の光を消してはならない。


日中の付き合い方


1932年4月、中国福州で日本人教師夫妻が殺害された。これは収奪を
目的とする学生秘密結社の犯行である。中国側は教師宅の前に中国兵を
配置していたが、ある日突然何の前触れもなくいなくなった。策を講じるま
でもなく夫妻は殺害されたのである。

当時日本人の怒りは爆発し、田村総領事は中国当局の役人を呼び「中
国側の警備の落ち度で事件が起きた。この重大な過失に対しご遺族に5
万ドルの賠償金を支払え」と強硬に主張した。しかし中国側には賠償の意
思は全くなかった。

それに怒った田村総領事は、厳然たる態度で「我が海軍が数隻こちらに
向かっておる、どうするんじゃ」と追いつめた。中国側の態度は一変し、明
け方には5万ドルを現金で持参した。それ以来、福州では日本人に対する
態度が一変した。あらゆる反日行動がぴたっとやんだ。福州の日本人は
最高の扱いを受け、最も尊敬される外国人になったのである。

  この事件は田村総領事の勇気ある決断と実行で決着した。相手におもね
ることなく、毅然たる態度で正義を貫けば日中関係が正常に機能する、良き
教訓といえまいか。




(山本善心の週刊「木曜コラム」メールマガジンを毎週木曜日に連載して
います。毎日多くの登録があります。詳しくは時局心話會のホームページを
ご覧ください。また台湾に関するバックナンバーもあります)      

時局心話會のホームページ http://www.fides.dti.ne.jp/~shinwa/







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