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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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「八田晃夫氏のお悔やみによせて」台湾研究フォーラム事務局長 古市利雄 (転載)

>「八田晃夫氏のお悔やみによせて」

「八田晃夫氏のお悔やみによせて」
           台湾研究フォーラム事務局長 古市利雄

たった二度しか八田晃夫氏に、お目にかかっていない私がお悔やみの言葉を申し上げるのは、いささか失礼であることをお許しいただきたい。

八田晃夫氏のお父上、八田與一氏が建設した烏山頭ダムを、私が初めて訪れたのは、中国肺炎(SARS)が台湾を襲っている最中だった。台湾の人々が今も八田氏に感謝し、氏の命日に毎年執り行われている慰霊祭に参列したく、感染の恐怖も恐れず、台南を訪れた。

東洋一と呼ばれた百年ダム、烏山頭ダムのその大きさ、美しさに圧巻された。それは私たちが忘れてしまった、かつての日本人の姿を思い起こさせ、自分が日本人であることを問いかけてくるものだった。

地べたに座り、烏山頭ダムを見つめる作業着姿の、八田氏の銅像がある。ダム建設の進み具合と、工事に携わる作業員の安全を心配するような表情である。八田氏は誰よりも作業員のことを思い、日本人、台湾人、分け隔てなく接したという。

八田氏は自分の銅像が作られることを断っていた。だが地元住民の強い要望に根負けし、「それならそんな偉そうな銅像にはしないでくれ」と本人が言ったことから、こうした自然な姿の銅像になったという話が残る。八田氏の人となりが伝わってくるエピソードだ。

八田氏は「神様」になることを望まなかった。

執り行われる慰霊祭も、決して肩肘張ったものではない。地元農家の台湾人が思い思いに集まり、手を合わせ、お経があげられ終わると、お坊さんのお説教がまだ終わっていないのにもかかわらず、果物を食べながら談笑が始まってしまう。

今年の作付けの話や、たわいもない話題なのだろう。この時でしか会えない仲間もいるのだろう。慰霊祭をきっかけとして皆が集まってくる。

八田氏は地元の人たちにとって、「神様」といった特別な存在ではない。一緒に汗を流した、誰からも慕われる上司なのだろう。私はそう感じた。

同じ年の9月、初めて晃夫氏にお目にかかり、貴重な話を伺うことができた。父上を戦争で亡くし、母上の外代樹さんはご主人のあとをおわれ、両親をともに亡くされた晃夫氏のご心境は察するに余りある。しかし晃夫氏はそうしたことは一切おっしゃらず、父上八田與一氏のことをお話してくださった。

「親父のことを誇りに思う」。このお一言が何より印象的だった。

私は現在台湾に留学しており、多くの台湾人の友人に恵まれている。ある友人が八田與一氏のこと知っていた。彼女は台南の出身でもなく、どうして知っているのかと訊ねると、「だって学校で教わったよ。私たちは『認識台湾』で教わった最初の学年なのよ」。

そうなんだ。台湾人に台湾のことを教える教科書が登場し、その世代がもう大学生なっている。こうした当たり前のことが、台湾では長く行われてこなかった。それがようやくここまでたどりついた。

日本と台湾がともに歩んだ歴史を、今この現在の私たち日本人と台湾人が、ようやく共有することができたのだ。それが奇しくも八田晃夫氏がお亡くなりになった、その日だったのは一体何の悪戯だろう。

台湾の歴史はゆっくりではあるが、確実に台湾人に受け継がれている。八田與一さん、外代樹さん、晃夫さん、安心してお眠りください。私たちが必ず日台の歴史を受けつないでいきます。

お仕事がお忙しく、ゆっくりとご家族でお話する時間もなく、離れ離れになってしまったのではないでしょうか。今度はごゆっくりとお過ごしください。

八田晃夫氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。






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