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阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

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台湾の旅―この国をもっと知るために(4) 西江智彦 (転載)

台湾の旅―この国をもっと知るために(4)
TAIPAK
台北市その3
(文/西江智彦)

Bang-kah
萬華

台湾の下町・バンカ

 萬華(Bang-kah/バンカ)区は台北の下町・[舟孟][舟甲](Bang-kah/
バンカ)と、若者が集まる流行の発信地・西門町(Se-mng-teng/セームンティェン)という対照的な雰囲気が面白い。地下鉄・捷運板南線の西門(Se-mng/セームン)、龍山寺(Liong-san-si/リョンサンシー)駅があり、龍山寺駅の南には台鉄の萬華(Bang-kah/バンカ)駅がある。

バンカは先住民ケタガラン(Ketagalan)族の言葉で丸木舟という意味。清の時代に福建省南部の泉州(Choan-chiu/ツォワンチウ)地方から移民が住みつき、日本時代初期まで台北で最も賑やかな町だった。

台鉄は地下化され、中華路(Tiong-hoa-lou/テョンホアロオ)と[舟孟]
[舟甲]大道(Bang-kah-toa-to/バンカートアトー)の地下を走っている。萬華駅も地下にあり、通勤電車や急行の[艸/呂]光号(Ki-kong-ho/キーコンホー)の一部が停車する。萬華駅前北側には衣類を売る商店が集中している。 萬華駅の少し北側の和平西路(Ho-peng-se-lou/ホーピェンセーロオ)に捷運板南線の龍山寺駅がある。

 龍山寺駅北側には[舟孟][舟甲]公園があり地元の老人たちが夕涼みをしたりしている。その先が萬華地区の信仰の中心である龍山寺(Liong-san-si/リョンサンシー)。龍山寺は250年以上の歴史があり、国家二級古跡に指定されている。本殿は観世音菩薩を祭り、裏側は道教の神々が祭られている。龍山寺の東隣は青草巷(ChheN-chhau-hang/ツェエツァウハン)という薬草を売る商店街がある。龍山寺の周りの地名は、日本時代は龍山寺町と呼ばれていたが、中華民国時代になって広州街という台湾と関係ない広東省の地名に変えられた。

龍山寺の西側には華西街夜市(Hoa-se-ke ia-chhi-a/ホアセーケー ヤ
チアー)がある。アーケード商店街の中にはヘビ肉やスッポンを売る店もある。萬華にはかつて赤線地帯があり、精力のつくものを売る店が集まったのだった。華西街夜市から西に歩けば淡水河の堤防と環河快速道路があり、その向こうの河川敷に華江雁鴨自然公園がある。ここには冬に渡り鳥が集まってくる。

清水巌(祖師廟)がある貴陽街(Kui-iong-ke/クイヨンケー)沿いは台湾料理食堂が集まり、50年以上の歴史がある排骨湯(Pai-kut-thng/パイクットゥン)が自慢のレストランもここにある。

バンカ([舟孟][舟甲])地区の北が西門町(Se-mng-teng/セームン
ティェン)と呼ばれる地区で、かつての西門町、寿町、築地町、若竹町などの日本人街だったところ。現在は、成都路、長沙街、昆明街、峨眉街、貴陽街など、四川省や湖南省、雲南省など中国の地名がつけられている。南北に走る中華路の地下に捷運板南線・小南門線の西門駅がある。中華路にはかつて中華商場や台鉄の線路があったが、中華商場は取り壊され、台鉄は地下化されて道路が拡張された。西門駅西側にある紅楼(Ang-lau/アンラウ)は日本時代の1908年に進藤十郎によって設計された八角形の建物で、市場として使われていた。1997年に台北市の三級古跡に指定された。

西門町の成都街北一帯は若者エリアになっていて、映画館や喫茶店、CD、衣服、雑貨を売る店のほかアイドルグッズを扱うお店もある。萬國百貨や西門新宿ビルは日本のキャラクターグッズなどが集まり、若者に人気だ。

萬華駅より南の萬大路(Ban-tai-lou/バンタイロオ)周辺は、清の時代までカララー(加[虫内]仔)と呼ばれていたところで、日本時代は西園町、東園町だった。この地名はいまも西園路と東園街という形で残っている。西園路の先、日本時代の昭和橋は、戦後は光復橋という名前に変えられた。和平西路から萬華区役所を結んでいる道は西蔵(チベット)路という台湾と全く関係ない名前がついている。その先の板橋市へ抜ける橋も西蔵大橋と名づけられたが、後に萬板大橋と改められた。

萬大路の東側は外省人(華人)が住む軍系アパートが多く、松柏新村、中正新村、梅園二村、空南二村、空南三村などがある。萬華区と中和市を結ぶ華中大橋の手前には魚や野菜の卸売り市場がある。

新店渓(Sin-tiam-khe/シンテャムケー)沿いを走る水源路の北側は運動場、ステージ、テニスコート、プール、野球場などが整備された青年公園(Chheng-lian-kong-hng/チェンレンコンフン)がある。このあたりは日本時代に騎馬場があったことから馬場町と呼ばれていて、馬場町は1950~60年代の戒厳令下で白色テロが続いた時代に、国民党政府に反対する政治犯の処刑が行なわれた場所だった。水源路南の河川敷には馬場町紀念公園がある。

 また、青年公園の東側の中華路二段のあたりは日本時代に軍用飛行場があり、戦後は南機場(Lam-ki-tiuN/ラムキーティウ)と呼ばれていた。その跡地に中正国宅や国光国宅などのアパートが建てられ人口が増え、南海路(Lam-hai-lou/ラムハイロオ)のあたりに南機場夜市ができた。


訂正:5/20に配信された「【台湾の旅】(3)台北市その2」の記事で、
「台鉄・台北駅は1980年に地下化された。」
という文がありましたが、正しくは
「台鉄・台北駅は1989年に地下化された。」     
でした。謹んで訂正させていただきます。


『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html『台湾の声』バックナンバー http://taj.taiwan.ne.jp/koe/『日本之声』http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe

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華人華人(かじん)とは、移住先の国籍を取得した中国系住民をさす。国籍を取得していない華僑と区別される。上記は中華人民共和国政府の定義であって、華僑と同一概念として使われることや、国籍に関わらず中国以外に在住する中国系住民全体を指すこともある。.wikilis{fon
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