background movie
HOME ブログ翻訳
powered by 3ET
powered by 電脳PC生活
プロフィール

阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。

Author:阿貴(アークエイ)。かくすればかくなることと知りながら、やむにやまれぬ大和魂。
図4
台湾旗


よろしければクリック!


おすすめ書籍
李登輝 本
お申し込みはhttp://www.ritouki.jp/cgi-bin/enquete/form0028.reg


おすすめ書籍
李登輝先生
HPからお申込み送料無料でお届け
http://www.ritouki.jp/


おすすめ書籍
りん先生
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4890632018.html


おすすめ書籍
永山
http://books.livedoor.com/item_detail/niitaka161208/524b&isbn=9784944235384.html
定価1680円(税込み)。版元の「まどか出版」へ「著者のブログで見た」と書いたメールで送ると、「送料無料+後払い」でお買い求めできます。(住所、名前、電話、書名、冊数もお願いします)(まどか出版)
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/この本の著者のブログ



メルマガ「台湾の声」の購読を!
台湾・日台関係情報のほか、日本における台湾独立建国運動や台湾防衛運動の情報を毎日配信。
http://www.emaga.com/info/3407.html

最近の記事 最近のコメント 最近のトラックバック 月別アーカイブ カテゴリー
ブロとも申請フォーム HS月別アーカイブ

青森李登輝友の会ブログ

日本李登輝友の会の青森県支部です。略して「青森李登輝友の会」です。 皆様宜しくお願い申しあげます。
林建良氏論説 02.(日文) カテゴリーの記事

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

辛亥革命は孫文とは全く関係がない 2002-10-11

文章声明 2002-10-11
年列 | 作者


--------------------------------------------------------------------------------

辛亥革命は孫文とは全く関係がない
在日台湾同郷会 会長 林建良

 
 中華民国を樹立したのは孫文ではなかった。辛亥革命は孫文とは全く関係がない。一九一一年十月十一日の武昌起義は中国同盟会の内紛に嫌気をさして独立した文学社などの人々が清朝の軍隊を使って行ったものである。当時孫文はアメリカにいて起義のことはまったく知らなかった。その後十二月末になって帰国した孫文は、翌十二年一月一日、たまたま他に著名な人がいないという理由だけで中華民国臨時政府の臨時大総統に就任した。しかも臨時大総統というのは名前だけで、制定された憲法も彼の革命理念とは相反するものであり、それから二ヵ月と経たないうちに、自らの無力さを悟り、進んで袁世凱に総統の椅子を譲り渡している。
 袁世凱の臨時大総統就任によって中国は初めて統一され、やがて正式な中華民国政府が成立した。それ以来孫文は死ぬまで中華民国政府のトップにはなっていない。これは台湾以外の中国史の学者の間では誰もが認める事実である。建国の功労者でもなんでもない人物を「中国」の「国父」に祭り上げるのは、あくまで蒋介石の政治的意図にもとづいたものであり、台湾の国民は、そのような、国外に出ればすぐわかるような虚構を信じ込まされているということである。「国父」の虚構性は虚構国家中華民国の象徴である。台湾人はこの中華民国という虚構を打ち破り、台湾が台湾人の国であるべきことを一刻も早く知るべきだ。


--------------------------------------------------------------------------------



BACK


スポンサーサイト

友よ、さよなら 2002-06-03

文章声明 2002-06-03
年列 | 作者


--------------------------------------------------------------------------------

日光市長斉藤隆男氏辞世
友よ、さよなら
在日台湾同郷会 会長 林建良

 
 日光市長斉藤隆男氏が移転性のガンで六月二日午後一時五十二分に自治医科大学で亡くなりました。
 九年前に大学病院をやめ、無医地域であった塩野室地域で仕事したい私が、外国人であるため、法務省にビザの発給を拒否されました。こんな理不尽のことはないと憤慨して、面識もない私を助け、以来無二の親友となったのが隆男さんでした。

 自腹で何回も日光へ観光客を誘致するため、台湾で政府関係者、旅行団体と交渉しました。行くたびに台湾のことを好きになり、古い日本の良さが台湾にいっぱい残っているねと、よく言っていました。今年のお正月、病魔と戦いながらも、台湾の李登輝前総統を訪ね、日光に招きたい意思を伝えました。それは、日本の為のも、日光の為にもなる彼は強く信じていました。

 彼は、政治の世界で長年仕事をしながら、権謀術策に染まっていない数少ない異色の存在でした。票と利権しか考えていない大多数の政治家とは違い、常に市民と同じ目線で市政を考え、利権屋の圧力に耐えながら、負けることなく、淡々と長年の懸案をクリアしてきたのは、頑固さと本物のクリーンさがあったゆえです。大きな体に似合わず、気配りの利く繊細なこころの持ち主でもありましたが、ここ一番の時に、ガンと動かない気迫で人を魅了させていました。

 自己アピールやパフォーマンスのできない不器用な男で、政治の世界では損する性格ですが、志をもった正義感のある最高の友でした。

 隆男さん、さよなら。


--------------------------------------------------------------------------------

関連(CONJUNCTION)


--------------------------------------------------------------------------------



BACK


戦後世代台湾人の日本観 2002-05-16

文章声明 2002-05-16
年列 | 作者


--------------------------------------------------------------------------------

戦後世代台湾人の日本観
在日台湾同郷会 会長 林建良

 
 日台関係は今まで、国交のないわりに円滑にやってきた。その大きな要素は、台湾民間の親日感情であった。しかし、台湾人の日本観は世代によって、かなり違っている。戦後世代の台灣人は親の世代と違って、日本人と接触する経験はほとんどなく、学校教育と書物、テレビなどの媒体を通じて日本を知るのだ。戦後世代の台湾人は、国民党による中国と同様な観点の反日教育を受けた世代でもあるし、その影響で若い世代の台湾人の多くは、中国と同じ目線で日本を見ている。この反日教育は、若い台湾人の日本に対する理解の妨げになっている。台湾の十代、二十代の女性を中心とした、日本のファッション、アイドル、アニメなどに熱狂的な「哈日族」(日本マニア族)は存在しているが、却って「日本文化は軽薄だ」との誤解を台湾の戦後世代の知識人に与えてしまっている。そのため、「親日国家」とされている現在の台湾で、親日感情は薄れる一方だ。これを単に時代の変化だと片付けるのはたやすいが、日本の冷淡な態度もその一因であることを理解しなければならない。
 戦後の日本政府は、台湾は忌まわしい私生児かのように扱ってきた。台湾がおとなしく静かにして自己を主張せず自滅するのが都合がいいかのように。だから、国際舞台で日本は台湾のために発言することはほとんどなかった。三十年前の日中国交樹立以来、日本は台湾の立場を無視して中国におもねってきた。田中前外相の「中国のルールで統一したほうがよい」との発言はその一つの例にすぎない。僅か五十数年前まで台灣を自国の一部として統治していたことは、日本人の記憶から完全に消え去っているようだ。このような態度は、事大主義そのものだ。だから日本に親近感を持つ戦後世代の台灣人は極めて少なくなったのである。

 もちろん、一部の台湾人は日本の留学経験を持っている。しかし、果たして戦後世代の台湾人留学生は、日本に親しみを感じたであろうか。留学生を比較的寛容に受け入れる欧米諸国ではなく、日本を留学先に選んだ台湾の留学生達は、日本に対する特別な思いを持っていたに違いない。その場合は大概、日本びいきの親の影響が大きな原因になっている。しかし、台湾人留学生が日本で一番最初に経験するのは、残念ながら日本人の外国人に対する拒絶反応なのだ。部屋探しから学校生活、アルバイトの場まで、留学生は冷たい目で見られ、差別されている。こうした外国人不信の日本社会は、皮肉にも留学生に、一つの意外な収穫を与えることにもなる。一般的に言えば、留学しようとする人はそれなりの向上心を持ち、優秀な人も大勢いる。日本に留学した台湾人の多くは、将来台湾社会の中堅となるに違いない。彼らにとって、弱者の立場、差別される身分、いろいろ台湾ではできない経験が、日本でなら、山ほどできる。その経験のお陰で、弱者へのいたわりの心が生まれ、もっと冷静に真実の日本をみつめることもできる。

弱者に威張り、強者に媚びる日本

 留学生は自分の目で、日本社会は如何に弱者に威張り、如何に強者に媚びるかを確認できる。日本の政府とマスコミは、北朝鮮のことに言及する時、「北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国」と表記したり、アナウンスしている。日本の領海を繰り返し侵犯し、日本人を拉致したり麻薬を持ち込んだりしている北朝鮮に対しては、きめ細やかに配慮する一方、同じく旧植民地で国交のない台湾に対しては、そんな悪事を働かないせいか、日本政府の態度もマスコミの扱いもゾンザイそのものだ。日本政府が発行している白書等の正式文書は、台湾政府に関する記載に必ずカッコを付けて表現している。例えば、陳水扁「総統」のように。それは陳水扁「いわゆる総統」の意味で、台湾への軽蔑としか解釈できない表現である。一番よく台湾を理解している産経新聞さえ、中国情報欄に台湾情報を含め、その欄に付された中国の地図に台湾も入ってい
る。このような扱いに台湾人が抗議しても、日本の政府とマスコミの反応は極めて冷たく傲慢であり、「これは我々の一貫した方針だ」と冷たく突き放す。戦後の日本は、平和と自由と人権を最高の価値観とすることを、教育、政治の場で吹聴している。しかし日本は、中国の人権抑圧と台湾に対する横暴な態度には、一度も異議を唱えたことがない。戦後世代の台灣人には、日本はただの偽善者にしか見えない。

 バブルがはじけてからの日本は、自信喪失に陥っている。しかし、バブル以前の日本は、傲慢ではあっても、尊敬に値する気概は持っていなかった。その最大の原因は、日本社会に正義感と冒険心が欠如していることであろう。日本社会全体が軟骨動物のようになり、正義感と冒険心は死語になってしまっている。バブルの時は傲慢さと享楽主義が充満し、不況になると一転して自信喪失症に陥る日本は、もはや台湾人が師として尊敬していた日本ではなくなった。

親日国家ではなくなる台湾

 四月下旬、駐日代表の羅福全氏は、日本と自由貿易地域(FTA)協定を結んで協力関係をさらに強化し、ブラックホールのような中国経済に対抗する構想を、台湾の国会で報告した。しかし、本土派を含めた台灣のマスコミの反応は至って冷ややかだった。中国に卑屈な態度を取っている日本には期待できない、との論説がほとんどだった。戦後五十数年間、日本に片思いを持ち続けた台灣は、日本に見切りをつけようとしている。親日的で本土派の代表紙である自由時報は、羅福全氏を批判こそしていないが、この構想に対する風刺絵を掲載した。獲物を飲み込もうとしている巨大な龍、中国の前に立ちすくんでいる羅氏と、大きな岩の後ろに隠れてしっぽだけ出している猫、日本の漫画だった。日本を皮肉った痛烈な風刺絵ではあるが、戦後世代台湾人の日本観を表していると言えよう。

 台湾がこれまでのような親日国家であり続けることはあり得ない。李登輝氏のような日本語を自在に操り、日本の心を持つ台湾の日本語世代は消えつつある。若い世代の台湾人が、親の世代と同じように日本にほれ込むことはあり得ない。冷めた目で日本を見つめている戦後世代の台湾人が、対日関係の責任者になっている。日本はどう対応するのか分からないが、お互いに難しい時代に突入していることは間違いないであろう。


--------------------------------------------------------------------------------



BACK


プラグインの説明
このテンプレートは、プラグイン1・2・3に対応しています。

最上部のメニューバーがプラグイン1です。マウスオーバーで展開するメニューになっていますので、お好みでプラグインを設定してください。「HOME」のような普通のリンクも置けます。

←のエリアがプラグイン2です。有効範囲幅は180pxです。

このエリアがプラグイン3です。有効範囲幅は540pxです。
サイズの大きなプラグインに適しています。

★テンプレート名で検索すると、作者のブログにより詳しい説明があるかも知れませんし、無いかも知れません。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。